これは演技ではございませんね?
本日は、王立魔法学園の卒業パーティー。
私、サンチェス公爵が長女クリスティーナと申します。
この一年いろいろあって、学園生活が苦痛でしたの。
だから、卒業を心待ちにしてたのです!
やっと茶番から解放だわ!
そう思って晴々とした気分だったのに。
「クリスティーナ!貴様との婚約は破棄する!そして、マリアン男爵令嬢との婚約をここに宣言する!」
私の婚約者、第三王子のオリバー殿下が高らかに宣言をされた。
ちょっと待って欲しい。
こんなの指示されてないし!
サッと会場を見渡し、事情を知ってそうな人物に視線を向けるが、一様に首を横に振られる。
え?マジ?誰も聞いてないの?
これどうすればいい?ノッとくべき?
何人かが会場から慌てて出て行った。
きっと指示を確認に向かったのだろう。
内心は困惑混乱だが、顔には出さずに、殿下に質問で返す。
「まあ、オリバー殿下、それは勅令でいらっしゃいますか?」
よし、これでわかるだろう。
「ああ、これは勅令だ!貴様はマリアンを陰で虐めていたな!貴様は未来の国母に相応しくない!」
え?待って?勅令なの?コレ。
虐め?声もかけたことないのに?無理じゃない?
てゆーか、我が家に婿入り予定の殿下の伴侶は【国母】じゃなくない?
え?ツッコミ待ち?ナニコレ?
流石の私も、ちょっとアドリブに困るのですが。
「クリスティーナ公爵令嬢と取り巻きの罪は、既に調べがついています!」
宰相子息のカール侯爵令息が、会場を見渡しながら言う。
「身分を笠に着て酷いことをする。見損なったぞ!」
騎士団長子息のロビン伯爵令息が、自らの婚約者に向かって言う。
「本当に女の嫉妬はみっともないね」
魔術師団長子息のハロルド公爵令息が、自らの婚約者に向かって言う。
えええええ〜
なにこの茶番…大根役者かよ…
これ本当に勅令?
各婚約者の令嬢達に目を向けるが、一様に困惑顔。
流石にもうポーカーフェイスとか無理よね!
良かった!私だけじゃない!
「「「貴女との婚約は破棄する!」」」
ファ!?お前らも言うの?!
これ本当なんなの?ちょっと誰か、偉い人来て!
慌てた様子の殿下の護衛騎士が、私のもとへ走ってきた。
その様子を見た婚約者の令嬢達が、私のもとへ集まる。
殿下たちが何か叫んでるが今は無視だ。
流石に状況判断が出来ん。
「申し訳ございません。確認したところ、殿下方にはあの女について何も伝えてないようでして…現在の状況は、彼らの独断のようです…」
眉をハの字に下げた護衛騎士が、小さな声で報告した内容は、私達にとっては寝耳に水。
え?あれって演技じゃないの?
他の令嬢達もスンッと表情が消えた。
「おい!お前ら!聞いてるのか!そこの騎士!そいつらを捕らえろ!」
いやいやいやいや!
マジか。それは想定外だわ。
一年前に、ランドン男爵の庶子が学園に編入してきて、婚約者の有無など関係なく、高位貴族の令息に声をかけまくった。
私達の婚約者も漏れずに声をかけられており、あまりにはしたない行為に皆さん眉をひそめ、ほとんどの生徒から遠巻きにされていた。
お粗末なハニートラップかしら?と話していたら、勅令で彼女に接触するなと指示されたので、彼女の取り巻きのように過ごしてる婚約者と距離を置くことにした。
あれは任務での演技なのだと思って。
これは無能と婚約破棄するチャンスなのでは?
殿下に向き直る。
「殿下。確認しますが、これは演技ではございませんね?」
存外、低い声が出た。
「はあ?!演技のわけないだろう!現実逃避もいい加減にしろ!」
怒り心頭、真っ赤な顔した殿下が、凄く滑稽に見えた。
うわ〜
なんでこんな馬鹿に今まで気づかなかったの!私!
「殿下。婚約破棄、謹んでお受けします」
「「「私も、婚約破棄、謹んでお受けします」」」
お?皆様もこのチャンスにノッちゃう?
いいよね?私達、騙されてたみたいだし。
さて、どうするかな〜この無能たち。
卒業パーティーにこいつら放置するのも可哀想だし。
ちょっと遠い目してたら、騎士達が会場に突入してきた。
「ランドン男爵の息女、マリアン男爵令嬢。間諜の疑いで拘束する。既にランドン男爵は拘束し、自白している。殿下方も参考人としてご同行願います」
うんうん。そうよね。
この一年、その為に茶番に付き合ったんだもの。
おっマリアンさん、顔面蒼白じゃないですか。
「ふざけるな!マリアンが間諜だと!?」
「お前らの差し金か!」
「罪人は貴様らだろう!」
「姑息な手を!」
4馬鹿はまだ現実逃避してるらしい。
うん、マリアンさん拘束されたし、バラそう。
「殿下。この一年、私達は勅令にて指示を受けておりました。マリアン嬢及び、ランドン男爵に間諜の疑いがある為、殿下達にマリアン嬢が接触しても放置するようにと。ですので、この一年、私達婚約者はあなた達との接触をしておりません」
他の婚約者の令嬢達も肯く。
「皆様、そろそろ現実逃避はお止めください。婚約者のいる高位貴族、しかも複数に、こんなあからさまに近づく女性なんて、なにかしらあるに決まってますでしょう」
流石に呆れた声が出てしまった。
あら。他のご令嬢たちも呆れた顔してるわ。
やっと現状を理解し、青褪めた4馬鹿。
「そんなの!私は聞いてない!」
殿下達が叫んでるが、なんて滑稽。
「ええ。私達も先程、皆様が演技ではないと聞きました。吃驚しましたわ。あんな分かりやすいハニートラップにのらなければいけないのかと、可哀想に思っておりましたから。卒業して任務から解放されたら、労おうと話しておりましたのに。まさか!演技じゃないなんて!知っていたら、もっと早くにこちらから婚約破棄しましたのに!」
ハァっと大きなため息が出てしまいましたわ。
「後は陛下たちに聞いてくださいますか?どんな意図で隠されていたのか、私達は伺っておりませんので。まあ、きっと、ハニートラップの実地訓練のつもりだったんでしょうけど。全員が見事に引っかかってるなんて予想してなかったのではないですかね」
会場内の冷めた視線に気づいた4馬鹿は、俯いたまま騎士達に連れていかれました。
ああ、会場で一番の高位貴族が私になってしまった。
この空気を変えなくては。
「皆様!長かった茶番は終わりましたわ!一年お疲れさまでした!卒業パーティー楽しみましょう!」
後日、婚約は無事に白紙となりました。
4馬鹿は、オリバー殿下が臣籍降下して、新たに与えられた領地にまとめて送られました。
彼らは嫡男でもないですし、大した情報も漏らしてなかったようなので、処罰は軽めでした。
女にうつつを抜かす暇がないように、しばらく鍛えられるようです。
ええ、やはり、彼らは試されていたのです。
なんの功績もない下位貴族の女性に、高位貴族の婚約者持ちの令息4人が揃って愛を囁くのが演技じゃないなんて、誰も思いませんわ。
きっと、陛下たちは情報を持ってくると信じて待っていたんでしょう。
はぁ。一年も待たなくて良かったでしょうに。
マリアン嬢は、確かに可愛らしい見た目はしてましたけど、マナーや常識が足りない方で、普通の貴族ならヤバイ人認定されるような方でした。
ハッキリ言えば、間諜としてもっと勉強してから出直したら?と皆様と話すくらいお粗末だったのです。
そんな女性でしたので、自分達の婚約者が引っかかってるなんて夢にも思わなかったんですの。
ランドン男爵は敵国との繋がりを自白し、男爵家は取り潰し、マリアン嬢と共に処刑されましたわ。
「ねえ、殿下達が演技じゃないって気づいてた?」
私の新しい婚約者、年下の彼に聞きます。
「いや?あんな堂々とした不貞行為ある?しかも殿下は婿入り予定。結婚前にありえないでしょ」
うん。そうだよね。
「しかもさ、婚約者が君だよ?あの女に劣ってるところなんて、一つもないじゃない。そもそもさ、いろんな男に声かける女なんか、本気にならないよ。理解不能過ぎ」
…ちょっと恥ずかしいわ。
10年来の婚約が白紙になって、新たな婚約者を探すのが少し怖かった。
でも、素敵な人っているものね!