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底の見えない赤い闇

時間は少し巻き戻り、ウィラード視点のお話です。

 時はウィラードがりんねのいる部屋に入る、少し前に遡る。


 ウィラードとレオナードは城の医務室で傷の手当てを受けていた。若い看護の女たちが二人の騎士を見て色めきたっている。

 しかし二人の手当てをしていたのは年配の女だった。


 といってもレオナードはかすり傷程度だったため、すぐに処置が終わった。苦戦していたのはウィラードで、右腕がダークウルフの咬み傷で腫れ上がっていたのだ。


「全く、酷い目に遭ったなあ、ウィル」

「大したことねえ」


 強がるウィラードをレオナードは横目で笑う。彼の視線の意味は、「強がりめ」と言ったところだろうか、とウィラードは思った。


 いつもなら、ダークウルフ相手に苦戦するなんて考えられない。


 しかし今日は何もかも普通ではなかった。

 奇襲に反応が遅れ、圧倒的な数の前に劣勢であった。


 聖女の力がなければ、今ここに生きていなかったかもしれない。後で、礼を言いに行くべきか。


 しかし、ウィラードには腑に落ちないことがあった。


「レオ。お前、どう思う」


 疑問を親友に尋ねる。看護の若い女を口説いていたレオナードはこちらを向いた。


「どうって?」

「魔物の襲撃、それに、聖女の力だ」


 レオナードは考え込んだようだった。

 普通では考えられない事が起こっている。安全な場所に突如現れた魔物、何より聖女の圧倒的な力……。


 そう、聖女の出現は、彼らにとっても驚愕すべき事だった。


 聖女が現れて世界を救ったなんて話はあくまで千年前の伝説で、現代においてはおとぎ話だ。教会の神官の()()()()()()()()では、よく聖女の奇跡が語られるが、信じているのは熱心な信者か幼い子供だけだ。


 昨日までは、魔法使いたちが謀り、聖女を出現させ、騎士団のウィラードをその証人にさせた、と考えていた。

 

 しかし、今日見たもの、一瞬で魔物を消した彼女の力を目の当たりにしては、考えを改めざるを得なかった。


「現実に起こったこと、実の目で見たものは信じるしかないだろ。魔物の狙いは聖女で、聖女の力は本物だ」


 レオナードは慎重にそう言う。その答えにウィラードが考えを巡らそうとした時、


「ウィラード、レオナード。ここにいたか」


 低い男の声がした。


 二人は弓に弾かれたように立ち上がり、礼をする。

 ウィラードの腕に包帯を巻いていた女が新たに現れた人物に非難の視線を送り、その瞬間に固まった。


「マールにいらっしゃっていたとは。バルト将軍」


 ウィラードのあいさつに、男はあいまいに返事をする。


「うーむ」


 背が高く、甲冑に身を包んだ彼は、赤毛の髪と豊かな髭、太い眉が一目見ただけで豪胆な男であると分かる。歳は四十七とウィラードは聞いている。


 この男こそ、ウィラードとレオナードに儀式への同席を命じたバルト将軍であり、軍人でありながらエルドールにおいては、王の次に権力を握っている者だ。

 ウィラード率いる騎士団を創設した人物でもあり、実質、彼の命令で、騎士団は動いていた。


「戦の合間のしばしの休息であったが、聖女が現れたとお前たちの早馬を聞いたのでな。やれ、じっとしていられず王都に参ったのだ」


 この人らしい、とウィラードは思った。

 自分達の主は何もかも、自分の目で見ないと気が済まない性分の人間なのだ。


「それで、何があったのだ?」


 医務室にいた看護の女たちを追い出し、占領した後でバルトは聞いた。


 聖女の出現、魔物の襲撃、そして聖女の力について、ウィラードは語る。全てを聞いた後、バルト将軍は沈黙した。

 ウィラードとレオナードは彼の言葉を待つ。


「うーむ。なるほどな」


 長い沈黙の後、バルト将軍は唸る。


「聖女様が現れた、と言う話は既に他の諸侯の耳にも入っている。もう既に、王宮に入っている者すらいる」

「へえ。流石に、早いですね」


 レオナードが感心したように言った。


「どこにも鼠というものはいるものだ」


 バルトは自分の腹心二人を交互に見て笑った。


 鼠、というのは言うまでもなく、貴族の息のかかった者のことだろう。そのへんの農夫が実は密偵であった、なんてことは、この国では度々起こる。


 バルトは真剣な顔になると、二人に問うた。


「魔物襲撃について、王への報告は?」


 代表して、ウィラードが答える。


「おそらく耳には入っているかと。

 しかし詳細はこれからです。聖女のあいさつと共に行います」

「なるほど……では、聖女が魔物を退けたことは黙っていなさい。

 二人で全て倒したことにしておきなさいね」

「な、なぜです!?」


 ウィラードが驚いて聞く。


(バルト将軍は王を欺けと言っているのか?)


 いくらバルトが権力を握っていようとも、王には全て報告する義務があると、実直なウィラードは考えていた。


 何より、自分の力だけではダークウルフたちを倒せなかった。聖女に助けられたのだ。

 その事実を捻じ曲げるほど、腐った性根は持ち合わせていない。


 そんなウィラードの気持ちを悟ったのか、片眉を上げ、バルトは諭すように言った。


「ウィラード、聖女の力は得体が知れないよ。

 もし、魔物だけでなく、人を消し去る力があったら? 戦は有利などというものではなくなる。妄言でなく、世界が変わるだろう。その力は誰もが欲しがる」


 バルトの話にウィラードは黙る。

 あの少女が争いに巻き込まれる姿など見たくはない。翻弄され、ボロボロになるのがオチだ。


「そうなれば、諸侯どもの聖女の奪い合いになる。戦場はエルドールだけではなくなるだろう。

 人が大勢死ぬぞ。それも、多くは罪のない市民だ。お前の故郷のようにな。忘れたわけではあるまい?」


 ウィラードの脳裏に燃え盛る町が蘇る。

 昨日のことのように思い出せる。幼い弟の悲鳴が、今でも聞こえる。


 ギリリ、と歯をくいしばる。


(……忘れるものか!)

 

 そんなウィラードの姿を、バルトは満足そうに見た。


「ならば、黙っていなさい。聖女様を守るためだと思えば、お前たちならできるね? ひいては王のため、国のため」


 そう言ってガハハハと豪快に笑った。


「もうしばらくは、聖女様をお守りしていなさい。彼女もご不安だろうから。

 ……だが、くれぐれも気をつけろ。くだらん争いに巻き込まれないようにしなさいな」


 バルトはいつも余裕だ。


 王に完全な忠誠を誓い、王からも絶大な信頼を得ているこの男は、この先何があっても……例え、聖女が現れようとも、揺るがぬ地位と権力を持っている、という自信があるのだ。


「「はっ」」


 二人の声が重なる。了解したのだった。


「特にウィル、お前は入れ込み過ぎるなよ」

「な、なぜ俺だけ……」


 おちゃらけたようなバルトの言葉に、不意打ちを喰らったウィラードがたじろぐ。


 昔から、ウィラードをからかう時は「ウィル」と呼ぶのがこの将軍の癖だった。意図的にか、無意識にかは、判断に迷うところだが。


「僕は女の子のあしらい方を知ってるからさ」


 レオナードが笑うのをウィラードは睨みつける。この親友の女に対する軽さだけはいつになっても好きになれなかった。


 二人の会話を聞いた後、では、とバルトは言った。


「私は領地に戻る」

「「はっ?」」


 またしても、二人の言葉が重なった。

 それを見てバルトは愉快そう笑う。レオナードは目を丸くして聞く。


「聖女様に会っていかれないのですか?」

「言っただろう? 私は休暇中なのだ。

 今日ここへは、お前たち二人をねぎらいに来ただけだ。聖女様には、またゆっくりお会いするとしよう。その機会はいずれくるだろうしな」


 一方的にそう告げ、ガハハハと笑いながら、バルトは医務室を去って行く。その背中にレオナードは言う。


「……相変わらず、恐ろしい人だ」


 その言葉だけで、ウィラードにはレオナードが自分と同じ考えを持っていることが分かった。


 バルトの下について久しい。

 彼がお飾りの将軍ではなく、実力のある男だということは知っている。だからこそ、その下につく価値があるのだ。


 周囲がバルトを評する時、豪胆、大胆などという修飾をつけるが、実のところ抜け目のなさも持っている、というのがウィラードの見解だった。

 

 もちろんそれは、国政に携わる者であれば持ち合わせている狡猾さで、何もバルトだけの特有のものではなかったが、豪快さの裏に、緻密な計算深さがあることが、ときに不穏さまで感じさせる。


 聖女を守るため、彼女の力を王に隠せ、諸侯に隠せ、というのは聞こえがいいが、実際のところバルトは自身の部下、他でもないウィラードとレオナードに聖女を見張らせている。

 

 聖女が自分にとって「益」か「不益」か判断する気だろう。


 ウィラードがバルトを時折恐ろしく思うのは、ウィラードがそれに気づいている事に気づいていることだ。その上で、彼を裏切らないと確信している。


(だが……)


 一方で、ウィラードは思う。


(世界が滅亡に瀕している今、覇権争いに囚われるべきなのか……?)


 そんな違和感を覚えずにはいられなかった。

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