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聖女は不安よな。神さま 動きます。

視点は変わりますが、時間軸に沿っています。




 ……また夢を見た。




「お姉ちゃん……」目の前の人影に言う。


「かわいそうなりんねちゃん。怖かったでしょう?」 


 わざとらしく心配そうな声を出す幼い姿のお姉ちゃんだが、その表情は、以前よりもずっと生き生きとしている。


「また神威が落ちるのね?」


 この夢はそういうことだろう。私が聞くと、お姉ちゃんはふふ、と笑った。


「性急ね。私はもっとゆっくり話したいのに」

「お姉ちゃんが何を考えてるか分からないよ」

「私はりんねちゃんに楽しんでもらいたいだけよ」


 ……楽しくなんて、全然ない。


「気にすることなんてないわ。所詮、チテンは聖人たちの手駒よ。ガイアスへの劣等感で頭がおかしくなっているんだわ。……そしたら、ねえ。チテンを殺しちゃいましょうか?」


 お姉ちゃんは囁く。


「チテンだけじゃない。この世界なんて、くだらない人間ばかりよ。皆、欲望に支配されてる。壊しちゃいましょう? そして、また新しく理想の世界を作り直せばいいのよ。もう少しでそれが叶うわ」


 でも、私は首を振る。


「ウィルとレオは違うわ。くだらなくなんてない」

「そうかしら? 皆同じよ。あの二人だって、一皮むけばドロドロしたドス黒いものを持っているもの」


 お姉ちゃんは断定する。


「……そんなことない」

「見解の相違ね。そんなりんねちゃんには、次に神威が落ちる場所、教えてあーげないっ」


 そう言って、ぷくっと頬を膨らませる。


「でも、もっと楽しいことしてあげる」


 それから、いたずらっ子のように笑った。


「サプライズよ、りんねちゃん。明日の朝に、空を見てね」









 目覚めたのは、まだ夜で、ベッドの横にレオがいた。私が起きたのに気がつくと彼は微笑んだ。


「すっごい大きな、いびき、かいてたぜ」

「うっそ!?」

「嘘だよ」


 そう言って、私の頭をくしゃりとなでる。ふてくされながらも、私も笑った。少し寝て、元気になった。


 お姉ちゃんの夢の話をしたかったけれど、イグリスさんや他のバルト兵がいてできない。

 

「レオナード、聖女は目覚めた。もういいだろう? 行くぞ。そろそろだ」


 立ったままのイグリスさんが言う。


「どこ行くの?」

「二人でちょっとね。野暮なこと聞くんじゃない」


 レオがウインクをしておちゃらける。

 こういう言い方をする時は、何かを隠している時だ。この人は、何でも一人で背負いがちだから。


「私も行く!」

「聖女様は勝手に動かないでいただきたい」


 イグリスさんが私とレオの間に入って冷たく言う。結局、私は一人……といっても見張りの兵と一緒に部屋に残された。


 不安しかない。神威はどこに落ちるのか、見当もつかないままだったから。




 ◆




 レオナードと連れ立って部屋を出たイグリスは思った。

 これから先に起こること。それできっと、自分の迷いにも決着がつくと。


 向かう途中、レオナードが腹が減ったと言うので誰もいない食堂へ行った。

 これからなにをしようか分かっているのに、ひどくのんきな男だ。




 ◆




 月のでかい深夜だった。


 移動魔法により、静かにガンディア帝国の王都“オールデリー”に入る。

 碁盤目城に走る道路に白い家々が整然と立ち並ぶ。計画的に作られた都市の基礎は数百年前にできたそうだ。ガンディア帝国がいかに歴史と力のある国だとわかる。


 人々は寝ているのか、町は静かだ。


「二人は王宮に捕らえられている」ガイアスが静かに告げる。


 ウィラードはカインと共にガイアスの後を行く。ライラは置いてきた。流石に危険の最中、連れてくるわけにもいかない。


 ガイアスが理由なく嘘をつくとも思えない。ウィラードが疑っていることをガイアスは気づいている。暗黙の了解のように互いに気づきつつも表面上で演技するのは奇妙ではあった。

 それでも、ガイアスには自分との友情を失ってまで守らねばならぬものがあるのだ。それが何か、ウィラードは見当もつかない。


 りんねとレオナードの名前を出したということは、二人と自分が未だ分断されていることを知っている。それを知っているのは、自分たち以外には――バルトだ。やはり、待ち構えているのは、あの将軍か。


(バルトとも決着をつける時が近いのかもしれないな)


 ならば、進んで罠にかかろうじゃないか。最も、負ける気はない。


「いざとなったら、オレが助けてやろう」


 ガイアスに聞かれぬようにカインが囁く。自分で先導して戦う気は、さらさらないようだ。





 王宮とひとことに言っても、その中にいくつも建物があるらしい。抜け道を通り、ガイアスは、建物に囲まれた広場に向かう。


 ウィラードは剣を握りしめる。


(どこからでもかかってきやがれ……!)


 そう思う刹那であった。鋭い矢が、飛んでくるのを視界の隅で見た。

 素早くたたき折る。反動で、剣が震える。


 どこだ、相手の姿は見えない。


 これほどまでに力強い矢を正確に放てる人物を、ウィラードは一人しか知らない。


(だが、まさか、あり得ない!)


 予想外の出来事に、決めていたはずの覚悟がわずかに揺れる。


 弓を構えた人物は、苦笑いをしながらすぐに現れた。


「一発で仕留めるつもりだったけど、やっぱりウィルはさすがだよ」


(ああ、なぜ……)

 

 数週間ぶりに会う友人、そして会いたいと探し続けた友人。


 レオナード、その人だった。


「レオ! 何をしている!」


 ウィラードは叫ぶ。レオナードは黙ったまま、第二矢を放つ。

 それをまた、斬った。




 ◆




「全く、いい趣味をしてる」


 カインが加勢しようと剣を抜いた瞬間、別方向から彼に飛んできた陰がった。


「貴様ああああ! 裏切り者め!!」


 ――キイン、と剣がぶつかり合う。鬼の形相で現れたのはイグリスだった。


「イグリス! 相変わらずいい女だな」


 カインは剣も剣幕も余裕で受け流す。次々と兵士たちが姿を現す。

 しかし、手は出さないようだ。


「ウィラードとレオナードを戦わせるのが目的か? なぜ、それほどまでに回りくどいことを」


 カインがイグリスに問う。


「黙れ! 貴様、なぜ裏切った!? 貴様も聖女に感化されたのか!?」

「裏切るも何も、初めから味方ではない」


 怒りに身を任せたイグリスが放つ渾身の剣を、カインは片手で受け止めつつ、もう片方の手で、バルト兵らに氷のつぶてを放った。


 思わぬ攻撃に兵らは不意打ちを食らった形になる。反撃の間もなく、ばたばたと倒れていく。


「オレが分からんのは、お前のような分別のあるいい女が、なぜ未だバルトに従っているのかということだ。……聖女に迷いを指摘され、揺れていたじゃないか?」

「貴様のような冷酷な人間には分かるまい! 人には心があるということが!」


 イグリスは、バルトを信じたいのだ。カインはそれが馬鹿馬鹿しくてたまらない。


「ははっ。お前をすぐ殺してもいいがな。それじゃ、つまらないだろう?」


 ……カインが笑って言うのを、イグリスは初めて恐ろしいと思った。




 ◆




「カインがあれほどの魔法を使えるとは、知っておったか?」

「いや……」


 ルーメンスが隣で言うのをバルトは否定した。カインが魔法を使うのを、今まで見たこともなかった。てっきり自分と同様、使えないものと思っていたが、隠していたらしい。


「あの男は、何者なんじゃ?」

「さあなあ。有用な奴だと思っていたが、腹のうちで何を考えていたかはついにわからなんだ」

「しょうがないのう。わしも兵らを助けに行くぞ。全滅しかねん」

「ああ、好きにしろ」


 建物の中から、バルトは広場を見つめていた。

 ウィラードとレオナードが戦っている。

 ついでに、カインとイグリスも戦っているが、メインはこの二人ではない。


 バルトは己の中に未だ残っていた弱さに気がついていた。


 ――襲われかけていた聖女を助けたのは、なぜだ?

 弱い、あまりにも、自分という人間は、弱い。


 強くなければ、なにも成し遂げられない。理想の世界を作るためには、一切の弱さを断ち切らなければならない。人間性など不要だ。

 そのためには、己の未練を断ち切らなければならない。

 

 まだ光にすがりつこうとする自分の魂に刻み込まなければならない。人は自分の領域を守るためならばどこまでも残酷になれ、期待すべきものではないということを。


「我ながら、女々しいな」


 自嘲気味に、そう笑う。

 ルーメンスは去る間際、一度だけ振り返って言った。


「おぬしの酔狂に付き合わされる若者たちに、今少しだけ、同情しておるぞ」

タイトル元ネタは……。すでにちょっと古いかもしれませんね。


ガンディア帝国の雑駁なモデルはインドです。

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