ありがとう人魚さん、助かったよ!
人魚の子は律儀に洞窟の前で待っていて、私を見ると抱きついてきた。頭をこすりつけてきてかわいい。その頭を撫でるとレオが言った。
「僕に抱きついてもいいんだよ」
「内蔵吸われるよ?」
レオの女の子への愛は種族を超えるようだ。もしかしたらここに世界平和の鍵があるかもしれない。
浜辺に戻ると船乗りたちが喜んでいた。見ると一艘の船がある。
「わあ! どうしたの?」
私が言うと、テッツォさんが機嫌よさげに答えてくれた。
「すげえよ、人魚たちがオレの船を見つけ出してくれたみたいだ! 修理すれば、まだまだ使える! なんでえ、気のいい連中じゃねえか! ありがとなあ!」
言われた人魚たちは、銘々に口をにかっと開けて小さな歯を見せつけた。
ずっとここで暮らすかと思われた島だったが、終わりが見えてきそうだ。
「したことに対する、大きすぎるほどの見返りだ。本当にありがとう」
レオが、私たちのとなりにいる人魚の子に言うと、その子はレオに頭をぐりぐりとこすりつけた。
この船は予定通りであれば、「ガンディア帝国」という国に向かうらしい。大陸の玄関口の国で、砂漠の中のオアシスに築かれているとのことだ。
「ガンディアといえば、美女が多いんだ」
レオはいつも通りに戻って軽口を飛ばす。そして、「そういえば」と付け足した。
「『あの人』がいるかもしれないね」
「誰だって?」
「ユートレートで会っただろ? ほら、あの人の出身国さ」
◆
ウィラード一行が向かったのは、ポートヘブンから南下した先の大きな港町だ。
この町は漁船が中心のポートヘブンよりも大きな港町で、毎日大量の貿易船が発着する。これだけ船が多くあれば、バルトとてどこに二人が乗ったかは分かるまい。
町に着きすぐにカインが船を見つけてきた。
彼にどういうツテがあるのか、あるいは大量の金を支払ったのか知らないが、いつの間にか二人分の席を確保してきたのだ。二人分、というのはもちろんウィラードとカインの分で、勝手についてきた少女ライラの席はない。
それが少女は不満のようで、むくれた顔をしている。
ウィラードたちが潜り込むのは向こうの大陸にある国「ガンディア帝国」に着く貿易船だ。
ガンディアといえば領地があちこちにある大国で、国土は広大だ。褐色の肌の人たちが多く住んでいる。
またユートレートで短い再会を果たした旧友のガイアスの出身国でもある。根無し草のようにさまよう彼は国に戻っているだろうか。
ウィラードを手こずらせたのはライラだった。本当に置いていかれると思うと、幼子のようにだだをこね、頬を膨らませて言った。
「アタシも行きたい! 連れてってよ、じゃなきゃ誘拐されたって、ここで大声で叫ぶよ!!」
「いいかライラ。これは遊びじゃないんだ。命の危険がある、俺の友人も死んだ。必ずお前を守り切れるとは約束できない」
「別に平気だよ! 自分のことは自分でやるから!」
ライラも強情だ。りんねより頑固かもしれない。
こんなとき口から生まれたようなレオがいたらなんとか言いくるめられたかもしれないと思いつつウィラードが黙っていると、ライラは息を大きく吸い込み
「誘拐され……もご!」
叫び出そうとする口を慌てて塞ぐ。
なぜ少女という生き物は考えるより前に行動するのか、ウィラードには不可解極まり無い。
と、やりとりを横で見ていたカインがライラの頭に触れた。途端少女は目を閉じ気を失う。ウィラードはそんな少女の体を受け止めた。
カインが何かしらの魔法を使ったのだ。
「おいなにを!」
「気を失っているだけだ。その辺に置いていけ、バルト兵がいなくなってから帰るだけの脳みそはあるだろう」
冷たく言うカインに、またもやウィラードは警戒を強める。かなりの魔法の使い手だ、まだ敵か味方か分からないこの男を信用しきったわけではなかった。
「うわー! すごい! こんな大きな船初めて乗ったよ!」
船の上でライラは目を輝かせて喜んでいる。
「なんで連れてきた?」
カインはライラを連れてきたのがウィラードだと決めかかり、煩わしそうに言う。しかしウィラードとて本望ではない。
「勝手に食料室に忍び込んでいたんだ。海に捨てるわけにもいかないだろう」
「騎士団長殿はお優しいな」
嫌みともつかない言葉を吐き捨てカインは煙草に火をつけた。まるで自分なら海に放り出すとでも言いたげだ。
航路は穏やかだ。嵐が来るとの予想もあるが、魔法により整備されたこの道には関係が無い。ここは大陸間を結ぶ巨大な海上の道で先人たちがまさしく血と涙で築き上げた安全な道だ。予定通りであれば三週間かからずに陸地に着くはずだった。
カインとまともな会話をしたのは昨日今日が初めてかもしれない。歳は三十代初めと記憶しているが、正確にはわからない。戦場でバルトが見いだし、連れてきた男だ。
陰のように目立たぬ存在であった。あえて目立たないように行動していたともとれるが。
隣に立つカインに改めて尋ねる。
「スザクの民と言ったな? それはどういう存在なんだ」
この男の目的を知っておきたかった。聖女の味方と言っていたが、得体の知れないことは変わりない。
「五百年続く民族だ。開祖のスザクという男の教えに従って生きている。ある目的だけのために……」
「ある目的?」
「詳細はりんねと会ってから話す。世界平和についてだとでも言えば、満足だろう?」
カインはりんねと会ったことはないはずだが、呼び捨てにしており、ウィラードはどこか反感を抱く。いけ好かないとはこういう男を言うのだろうと思った。
そしてカインは煙草を海へと投げ捨てた。
「聖女とはぐれたって、間抜けな話だぜ。まったく、なんのためにお守りをしてたんだか。これではオレが初めから側にいた方がましだったな。……大切なことを教えてやろう」
そして、馬鹿にしたように笑って言った。
「ウィラード坊ちゃん。大事なものからは、手を離しちゃだめだぜ」
その言葉に、はっとしてカインを見る。カインの黒い目はウィラードを無感情にただ見ている。ウィラードの胸はひどくざわついた。
「カイン、貴様」
「おおーい! そこの二人! 手が空いてるなら手伝ってくれ!」
言いかけたとき、船員に呼ばれた。カインはなにも言わずにそちらへ向かっていく。
動けずにいるウィラードにライラが心配そうに声をかけた。
「……ウィル、船酔い? 顔が、真っ青だよ」
カインが言ったセリフはウィラードの過去の話にも出てきましたね。偶然か、それとも?
これで第4章はおしまいです。サブタイトルはディズニーシ―のアトラクションのセリフからお借りしました。
ところでこの物語の人魚はネコをモデルにしました。引き続き、第5章もお楽しみください!




