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くちとおでことほっぺにちゅー!

 レオが操舵室の扉を開ける。しかし、そこももぬけの殻だ。


「ドレッドはどこに消えたんだ!」


 ライラは焦ったように言う。もうここには誰もいない。ということは既に人魚は運び出されたに違いない。


「追いかけよう」


 言ったときには、レオはすでに船から飛び出していた。




 ◆


 


 暗い森の中を荷を積んだ馬車が走っている。手綱を握るのはドレッド。積んでいるのは捕まえた人魚だ。


 ドレッドはほくそ笑む。これこそ金のなる木に違いない。

 昼間船の周りをライラがうろついていて邪魔だった。だから人気がなくなったのを見計らって、人魚を持ち出した。

 

 売り先は既に決まっていた。隣町の果樹園で一儲けしたとか言う成金の家だった。


 人魚がどこまで人間の行動を理解しているのかは分からないが、荷台の水槽の中で暴れずにおとなしくしていた。最初は抵抗していたが数回殴ると自分の立場をわきまえたらしい。人食いの魔物も、人間の世界では弱い生き物だ。


 人魚の目は自分の運命を知っているかのように哀しげだ。案外犬くらいの知能はあるのかもしれない。


(人魚が弱まる前に売らねえと)


 ドレッドは馬を走らせる。

 前を見ていたから、追っ手には気がつかなかった。



 突然、前触れもなく馬が暴れ出し、倒れた。馬車は横転する。水槽が割れ、人魚が外に出た。


「な、なんだあ!?」


 驚いて見ると、馬の足に矢が突き刺さっているのが分かった。何者かが狙ったのだ。目的は、言うまでもなく人魚に違いない。


 不届き者が、獲物を横取りしに来た。


 すかさず剣を抜き、暗闇に向ける。しかし、殴られたのは後ろからだった。ドレッドは意識を失って倒れた。




 ◆




「僕一人でも良かったね」


 ドレッドをあっという間に昏倒させたレオがかっこつけながら言う。

 確かに鮮やかな手際の良さで、ライラと私は見ていただけだ。


 ライラは急いで水槽の外に出た人魚に駆け寄る。私は人魚を見て目を見張ってしまった。


 肌は青く、目は大きく猫のようにつり上がり黄色に光っている。手には水かきがあり、尾は魚のようだが、水が乾くにつれ二つに割れ、人間の足のようになった。陸の上でも生活できるようだ。

 大きさはゴールデンレトリーバーくらいだろうか。人間より、小さい。これがこの世界の人魚らしい。


「よかった……! 怪我はない?」


 ライラの言葉に人魚は立ち上がり、嬉しそうに笑った。小さくてギザギザの歯が口から見えた。

 そのあどけない笑顔から、まだ幼い子供なのではないかと思えた。


「行こうドレッドが起き上がる前に」


 レオが急かす。そのドレッドは「うう……」とうめき声を上げた。

 人魚がドレッドに気がつき、ライラの制止も聞かずに側に寄っていった。


 ドレッドが目を開け人魚を見る。


「お、お前……!」


 瞬間、人魚はドレッドに口づけをした。見ていた私たち三人は急な出来事に硬直する。


 キスされているドレッドの目はますます大きくなり、赤く血走る。額には脂汗が浮かぶ。体はビクビクと痙攣する。


「食ってるんだ……」


 レオが呟く。その目は人魚に釘付けだ。

 やがて人魚はドレッドから口を離した。そしてこちらに向きなおると笑った。その口はドレッドの血で赤い。

 人魚はライラに近づくと、服の袖をつまんでドレッドを指差した。残りを食べてとでも言うようだ。


「い、いや、アタシは人間を食べないからさ」


 ライラが言うと、人魚は不思議そうに首をかしげた。


 




 暗い海岸に、私たちは立っていた。


「じゃあ、元気でね」


 ライラは人魚を抱きしめた。人魚も抱きしめ返した。

 ライラは人魚のおでこにキスをした。人魚は驚いたような顔をしたが、これが人間の儀式だと思ったのかキスをやり返した。


 そして今度は私に寄ると同じように額にキスをしてくれた。遠慮がちなその仕草がとてもかわいい。私もその青いぬめりのある額にキスをしてあげる。


 最後はレオだったが、「額から内臓吸ったりしないよな」と拒否しようとした。それを人魚は怪力で引っ張り無理矢理キスをした。レオはキスの代わりに人魚の頭を優しく撫でた。


「もう悪い人間に捕まったりするなよ。あとできれば海で会ったとき食べないでくれよ」


 レオが言うと人魚は小さな歯を見せて笑った。


 人魚は海に入る。その足は尾に変化し、力強く波を蹴っていく。


「さよなら! いつまでも元気でね!」


 ライラが手を振る姿を人魚は海の中から何度も振り返った。別れを惜しむように。ライラと人魚の間にどんな物語があったのか詳しいところは知らないけど確かな絆があるみたいだ。

 そして最後に振り返った後、二度と海面に姿を見せなかった。


 これが、二人のお別れだった。


 人魚を見送った後で、ライラは私たちに向き直ると頭を下げた。


「ありがとう、りんね。レオ。二人が現れなかったら、アタシはあの子を守れなかったと思うから」


 真摯にお礼を言うライラの気持ちが嬉しかった。正しいことをしたのだと心から思えたから。


「ライラの勇気があったからだよ。それにしても、僕の周りの女の子は無茶ばかりするから放っておけないな」


 レオの言葉にライラはいたずらっぽくにやりと笑った。レオに一歩近づくとその襟をつかみぐいっと引き寄せる。そしてそのまま頬にキスをした。


「ありがとう、優しい騎士さん」


 不意打ちだったのか、レオの目は驚いたようにライラを見た。


 ライラははにかんで「じゃあね!」と言って走って宿屋に帰って行った。


「してやられたね」


 少女の後ろ姿を見ながらレオに言うと、キスされた頬を触っていた。気のせいか顔が赤い気がする。


「僕はひねくれてるから、ああいうまっすぐなのに弱いんだ」


 照れたように言う友達の意外な一面に、私は笑った。




 そして、この人魚との出会いが、もう少し後で私たちの命を救うことになるのだ。




 ◆




 ウィラードがりんねとレオナードの行き先を知ったのは小さな集落に寄った時だ。無精髭を生やした長髪の男が静かに教えてくれた。

 

 礼を言うと、複雑そうな顔をして言った。


「あの二人に伝えてくれ。いつか、傷が癒え許せるときがくる。その時、改めて謝りたいと」


 なにがあったかは知らないが、頷いた。この世界では、誰しもが何かを抱えているのだから。

 

 ポートヘブンへ行ったら、船を用立てていよいよ西の大陸へ進もう。そして、千年前の伝説と同じく神威を起こしたという悪魔を倒そう。


 それが自分の役割だ。本来の聖女もくそもあるか。ウィラードはまっすぐに進む。


 しかし、ポートへブンで彼を待ち受けていたのは二人ではなかった。




「やあ、ウィル。取り残されてかわいそうに」




 そう笑うのは赤毛の裏切り者、バルトの姿だった。

 

なぜポートヘブンにバルトがいて、りんねとレオがどこに行ってしまったのかは次のお話になります。

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