聖女の力は絶大でした
「ご安心を、聖女様」
私の絶望を受け取ったのか、レオナードの声が聞こえた。ハッとして彼を見ると、力強い表情を浮かべている。
「あいつは、結構強いですよ」
その言葉に、ウィラードを振り返る。
――ジャキン。
獣たちの群れの中まで下がった彼が長い剣を抜くのが見えた。
獣の一匹がウィラードに向かって飛びかかる。
やばい! 襲われる!
「ウィラードさん! 気をつけて!」
叫んだ時にはもう決着がついていた。
獣の体は真っ二つになり、裂けた体から出た返り血を浴びたウィラードが不敵に笑った。
「なめんじゃねえ!」
別の獣が飛びかかる。
ウィラードが斬る。
また別の獣。ウィラードが斬る。
長剣は彼の手のように滑らかに動き、次々と獣たちの命を終わらせていく。
繰り広げられるのはウィラードが優位な一方的な光景だった。しかし、隣を走るリリーナは不安そうな顔をしていた。レオナードの厳しい声も聞こえる。
「おかしい……。数が多い」
確かにウィラードは強く、次々と獣を倒している。しかし、倒すそばからどんどん出てくるのだ。一体何十匹いるのだろうか。
「リリーナ、ウィラードは嫌がるだろうが僕は加勢に行く! いいかい?」
レオナードがリリーナに声をかける。リリーナも頷き、両手を手綱から離すとこちらに伸ばした。
「聖女様、少し乱暴ですがお許しを!」
何を!? と、聞く間も無く、レオナードは私の体を抱えると、リリーナに向かって放り投げた。
「きゃあ!?」
私はなんとかリリーナの乗る馬にしがみつく。リリーナが私を引っ張り、体制を整えてくれる。
「しかと受け止めました!」
私が無事にリリーナの馬に乗ったのを確認すると、レオナードも後方に下がりウィラードの加勢に向かったのだった。
◆
「俺一人で十分だッ!」
レオナードが加勢に向かった時、ウィラードの反応があまりにも予想通りだったため、思わず笑ってしまった。強がりな親友に向かって言い返す。
「素直になれよ! そろそろ飛び道具が必要かと思ってさ!」
素早く背負っていた弓を手に取り、魔物に向かって矢を放つ。悲鳴を上げて、魔物は倒れた。
「くそっ、それにしても数が多すぎる! どうなってんだ!」
魔物を倒しながらウィラードが言う。
彼の言葉も最もで、この魔物……ダークウルフは通常少数の群れで生活するため、このように数十頭で結託し獲物を襲うことは考えられない。
ましてや攻撃を受けながら、戦意を喪失しないなどとは、より考えにくかった。
(考えられるとしたら、それだけ執着する獲物があるか、あるいは魔物に命令するより上の主がいるのか……?)
ふと浮かぶ恐ろしい予感を打ち消すようにレオナードは言った。
「昨日からおかしな事ばかりだ! ともかく、今は聖女様を守ることだけを考えよう!」
「わかってる!」
ダークウルフの体にまた剣を突き刺しながら、ウィラードも答えた。
しかし、一匹、二匹と前方へ向かって行く獣が増えて行く。
「こいつら、何か目的を持ってやがる!」
ウィラードもレオナードと同じ考えに至ったようだ。
狙いは明らかに前方の聖女だ。
顔を見合わせ、頷き合う。
二人は聖女を守るべく、再び彼女がいる前方へ進んで行った。
◆
「ガアアアアアア!!」
今にも噛み付いてきそうなほど、獣が近い。牙が、血走った目が見える。
リリーナと私の悲鳴が重なる。この世界の住人とはいえ、彼女も魔物は怖いみたいだ。
いつの間にか近くに戻って来ていた騎士たちが次々と獣たちを倒して行くが、なにしろ数が多かった。
遂に一匹の獣が私に向かって飛びかかってきた。
「きゃああああ!」
「くそっ!」
ウィラードの声がする。
死んだ、今度こそ。
私はぎゅっと目を閉じる。人生最後に聞く声が、この男の声なんて。
しかし、待てども一向に獣はやってこない。恐る恐る目を開けると、横を走るウィラードの顔が見えた。真剣な目で、逸らせなかった。
彼が私に向かって叫ぶ。
「ケガは!」
「え!?」
思いがけず私を思いやる声に、反応が遅れる。
「ケガはしていないかと聞いている!」
「え、あ、だ、大丈夫! 無事です!」
そうか、と答えるウィラードだが、様子がおかしい。
「ウィラードさん、腕が!」
彼の片腕からは血がダラダラと流れ出ていたのだ。その傷は深く、魔物が残した牙が深々と刺さっている。
まさか、私を庇って?
傷を凝視する私にウィラードはぶっきらぼうに言った。
「大したことない」
口ではそう言うが、もはや剣を振り上げる事が出来ないようだ。刺さっていた牙を、痛そうに引き抜く。
ウィラードが戦えない分、レオナードが矢を放ち獣を殺していく。
しかしそれにも限界があった。
「矢が尽きた」
諦めなのか、報告なのかわからない声色でレオナードが言い、同時に剣を引き抜いた。
「やれやれ、剣は弓ほど得意じゃないんだけど」
有利さを感じ取ったのか勢いを増す獣達。
私は青ざめる。
これって、結構絶体絶命だ。このままじゃ皆、死んでしまう。
獣が再び私たちに襲いかかる。ウィラードがなんとか剣を振り上げる。だけど、遅い。もうすぐ鋭い爪が、牙が彼に届く。
このままじゃ、ウィラードが私を庇ったせいで死んでしまう。
嫌な奴だけどそんなのダメだ!
魔物だかなんだか知らないけど、消えてしまえばいい!
そう思った時、ふと、懐かしい声が聞こえた気がした。
……できるわ、りんねちゃん。
「だめえええ!」
そう叫んだ時だった。パァっと周りが光った気がした。
一瞬の事だった。
あれだけいた獣達は、初めからいなかったかのように跡形もなく姿を消してしまったのだ。
しん、と辺りは静まる。
獣達がいた場所には、燃えかすのような黒い埃が舞っていた。
「なんだって……」
レオナードの驚いた声が聞こえる。
「すごい……、どうやって……」
リリーナの尊敬と驚嘆が入り混じった声が聞こえる。ウィラードは信じられないものを見るかのように私を見ている。
周りの反応から察するに、
「今の、私が……?」
恐る恐る尋ねると、リリーナが頷くのが気配で分かった。
「神の加護か……。これが、聖女の力なのか」
ぽつりとレオナードが言うのが聞こえた。
「なんだか分からねぇけど」
ウィラードが呆れたようにふぅとため息をついた。右手が痛むのか、反対の手で傷をおさえている。
「……そんな力があるならもっと早く使ってくれ」