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解き明かされる、魔物の秘密

 神官たちの言い争いの中に恐る恐る割り入る。


「あの~。他にも気になることがあるのですけど」


 私の声に彼らはハッとした様子で一瞬のうちに静まり、こちらを見た。


「実は、私も指摘されて気がついたんですけど、その、力を使うとよく倒れちゃうんです。

 聖女の力だけを使ったときに倒れるのか、他の魔法も関係しているのかは分らないんですけど。レオナードなんて、私の力は体に負担がかかるから、あんまり使わないように、なんて言ってくるし」


 最後はやや、愚痴のようになってしまった。


 私を案内してくれた若い神官が、おずおずと遠慮した様子で「あくまで、わたくしの仮説ですが」と言って、


「聖女りんね様は聖女イブキ様に外見がとてもよく似ております。それはなぜでしょうか?」


 姉妹、ということは伏せていたため、よく似ている私たちの姿を彼は疑問に思ったのだろうか。

 しかし、彼が言ったのは別のことだった。


「白銀の髪色、金色の瞳。それは、聖女イブキ様が、この世界に来た折に患ったは()()()()()のためでございますでしょう」


 その言葉に、周囲の神官たちも深く頷く。


「え? そうなの!?」


 初めて聞く話に驚く。どこに行っても私の外見は聖女イブキ様と同じとして受け入れられ、聖女とはそういう見た目なのだと疑問にも思わなかった。


「この話は、シューナ神殿の外の者はほとんど知り得ません。

 聖女イブキ様の我々とは異なる見た目がもはや聖女様のお姿として信仰されているからです。それをただの病だと言ってしまうわけには……」


 神官は言葉を濁す。つまり、特異な外見は唯一無二であった方が、信者を集める彼らにとって都合がいいのだろう。


 その神官は「どうかご内密に」と気まずそうに言った。


 そのはやり病は、千年前に一部地域で流行し、魔力を吸い取られ、最悪は死に至るというものだったそうだ。回復しても、魔力を奪われ弱った体は、色素が薄くなり、二度と戻らなかったという。


「髪が灰色になったり、金色になったり、瞳が白くなったり、赤くなったり、その外見は人によりさまざまであったと言います。

 ここで、話は元に戻るのですが、人によって違うその症状のあったイブキ様の外見に、なぜりんね様は似ているのでしょうか?

 そして、りんね様の出現とともに、イブキ様がいなくなってしまったのはなぜでしょうか?」


 お姉ちゃんにしか現れないはずの身体的特徴が、この世界に来た私にも現れた。もちろん、私は病気になった覚えはない。


 

 この神官は何を言おうとしているのか。

 そして、その答えは、私の問に答えるものなのだろうか。



 彼は、一瞬のためらいの後、一気に最後まで言った。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 この世界に召喚される際、りんね様の体は来られず、魂のみやってきたのではないでしょうか?


 そして、もっとも性質の近い物質であるイブキ様の体を再構築する形で、今のりんね様になったのではないのでしょうか?」



 その神官の仮説は、部屋にいる者たちにも少なくない衝撃を与えたようだった。



「あり得なくもないかもしれぬ。いや、そう思わねば辻褄が合わない」


 最年長の神官が言う。



 ――私の体が、お姉ちゃんのものだって!?



 自分の手を見ると、微かに震えているのが分かった。この手も、この目も、私のものではないというのか。

 震える声を絞り出す。


「もともとの、私の体は、どうなっちゃったの?」

「りんね様がいらした世界で、体に何か起こったりはしませんでしたか? 生死にかかわるほどの傷を負ったとか」


 確かに、私は突っ込んできた車に跳ね飛ばされた。


 自分の死。それを感じたのだ。

 じゃあ、私は、本当に死んじゃったってこと……?


「りんね様が元の世界で受けたその死の負エネルギーと、エルドールで行われた聖女召喚の儀式の正のエネルギー、それが世界の空間の壁をまたいで繋がったのではないでしょうか」


 ああ、辻褄はぴったりと合う。

 なんて、納得する説明なんだろう。

 

 日本で、私は死んで、その衝撃でこの世界に来たんだ。だけど、肉体は死んでしまって、この体はお姉ちゃんのものなんだ。


 この世界に来てから、お姉ちゃんを身近に感じたのは、私の中にいたからなんだ。



 しかし、神官の顔は暗い。



「りんね様のお力はまだ不十分だと思われます。しかし、それはまだ未発達だからです。これから先、その力は増していくでしょう。

 しかし、ご自覚の通り、聖女の力を使う度にその体は消耗していくのであれば……。貴女様の体は言わば、限りある消耗品なのです。

 言葉を選ばずに言ってしまえば、本来の体でない、死人の体を使っている訳ですから。

 いずれ、貴女様の体は力に耐えきれずに、その命は尽きるでしょう」




 ◆




 聖女神殿の外、入り口の前で騎士二人は律儀に聖女の帰りを待っていた。


 取り上げられてしまった剣や弓の手入れをすることができない二人は、暇を持て余す。だからか、レオナードは、ウィラードに唐突に問うた。


「ウィル、お前さ。りんねに()()()()のか」

「は?」


 突然の質問に、ウィラードの表情は一瞬、固まる。からかってやがるなと思い、それには答えずにすぐに元の不愛想に戻ると、逆にレオナードに問う。


「そういうお前はどうなんだ」

「僕? 僕は好きだよ。当然だろ」


 あまりにもあっさりとした答えにウィラードは面食らってしまう。親友の顔を見るが、いつものように涼しげだった。

 平常軽いレオナードだけに、真意が読み取れない。


 

 ――本気か、冗談か?



 レオナードはりんねが女として好きなのか? 友人としてか?

 いやいや、その前にりんねは聖女だ。恋心など……


 思考を駆け巡らせるウィラードを満足そうに見つめた後で、レオナードは「ところでさ」と話題を変えた。


「あれだけしつこく追ってきたダークウルフは最近めっきり姿を見せなくなったな。

 最後に遭遇したのはサウザンに抜ける洞窟だっけ? りんねが聖女の力で跡形もなく消して以来だ」

「サウザンからはかなり離れたからな。距離もあるし、諦めたのかもしれん」


 そういう話題であれば、ウィラードは即座に反応する。レオナードが言う。


「やっぱり、何者かに操られていたのかなあ、ダークウルフは」

「ダークウルフだと!?」


 突如として会話に、第三者が加わるの分かった。


 そちらに目を向けると、先ほどドランンの子を預けてくると言ったセリムと、彼の横に、猫背気味の痩せた男がいた。

 その目はぎらりと光っている。

 

 声を発したのは、この男のようだった。

 神官の姿をしているが、どこか学者のような印象を受ける。


 あわててセリムが二人にその神官を紹介する。

 

「こちらのお方は、シューナ教の魔物研究機関のカリバンさんです。ドラゴンの子の世話を頼んだ方で、ちょうど皆さまにご紹介しようと思っていまして」

「天才研究者カリバンだ! シューナ教などは信じていないが、研究費がもらえるので神官をしている」


 ずばりと言いきるその態度に、「また濃い奴がでてきたな」とウィラードはレオナードと顔を見合わせる。


「カリバンさん! そういうことは大声で言わないでください!!」


 セリムがさらに慌てて言う。


「いやいや。本当の事だ。

 いや、それよりも、そこの君たち。ドラゴンの子を助けた奴らだな? 礼を言おう。ドラゴンは、他の魔物よりもはるかに知能が高い。殺してしまうなど愚かなことだ」


 主にとめたのはりんねで、ウィラードはそれに従ったに過ぎない。レオナードに至っては、シャフィムへのあてつけで殺すのをやめたのだ。

 

 礼を言われる筋合いはないが、その理由を説明してもややこしくなるだけだと思ったウィラードは、黙っておくことにした。


 カリバンは話し出したら止まらないたちのようで、まだ一人でしゃべっている。


「ドラゴンは美しい。あの子どもも、人を襲わせないように育てるぞ。

 ドラゴンは他の魔物と違い、もともと、この世界にいた者だからな。必ず分かりあえるはずだ。人間よりもよほど賢い奴らだからな!」


 その言葉に、ウィラードは驚く。そしてそれを代弁するかのように、レオナードがカリバンに尋ねた。


「もともとこの世界にいた魔物だって? そしたら、魔物って言うのは、別の世界からやってきたのか?」

「そうとも! 君らも神威を見たそうじゃないか! だったら、その後に魔物が現れたのも知っているであろう! 神威により別世界の扉が開いたのだ! 魔物はそうやって、千年前この世界にやってきた」


 「あくまで、カリバンさんの考えですよ!」セリムが必死に付け足す。


 カリバンはそれを気にかける様子もなく、あるいは夢中で聞こえていないのか、話を続ける。


「そして、君らは先ほどダークウルフといったな! それもドラゴン同様特別な魔物なのだ! もともとこの世界にいた魔物だ!

 いや、その表現は正しくないな。もともといた動物を、より戦い向けに改良したものが、ダークウルフなのだ! 品種改良というやつだな!

 そして、ダークウルフを調べると、それはどうやら千年も昔に改良されているんだ! それができる人物は、おそらく一人しかいない!!


 聖女イブキの従者、獣使い・バレンシャンだ!! そいつがダークウルフを操っているに違いない!!」



 カリバンは大興奮している。

 セリムが真っ青な顔をして、騎士二人に言う。



「あくまで、カリバンさんの考えによると、ですからね!」



 それから、話が止まらない様子の変わり者の研究者に向かって言った。


「カリバンさん、それに、バレンシャン様は従者ではなく、仲間、です!」

「どちらもよいではないか!」

「よくありません。少なくとも、今のあなたは神官なのですから、わきまえて頂かないと! もうよろしいでしょう? これ以上は、ここは神聖な場所ですので」

「神聖な場所であろうが、事実は事実でないか」


 カリバンがつまらなそうにそう言う。



 ――獣使い、バレンシャン。



 それは、聖女イブキの勇敢な仲間だ。獣と心が通じ合い、それを戦いや旅の中で役立てていた。



 そのバレンシャンが、ダークウルフを操り、りんねを狙っているのか?

 聖人たちは、今なお生きていて、なぜか敵対しているのか?



 二人の言い合いのすきを見て、ウィラードは尋ねた。


「サイフリートと名乗る人物が、度々りんねの前に姿を現しているようだ。彼らは、千年前の人物だが、何かしらの力によって、生きながらえている可能性はあるのか?」


 その問いに、セリムは顔を曇らせた。


「サイフリート様の人生については、神威を止めた以後、分かっていないのです。

 他の聖人たちについては、建国したり、もとの暮らしに戻ったりなどと、少なからず書物に記録があるのですが……。

 ……実を言いますと、学者たちの間では、サイフリート様は神威を止める直前で仲間たちを裏切り、姿をくらませたのではないか、という説もささやかれているのです。

 現に、とある書物では、ゾイド様、バレンシャン様、レオナード様については、後に精霊になったと記載されているのですが、サイフリート様については、一切触れられていないのです」


 セリムがそう言った時、本殿の方から一人の神官が慌てた様子で走ってくるのが見えた。

 視線は、ウィラードとレオナードに向けられている。


「お逃げください!!」


 その神官は二人に向かって叫んだ。


「神殿入口に、エルドール王国のバルト将軍が現れました……!!

 兵を大勢連れています!! どうか、逃げてください!!」

りんねの外見の謎が解けました。


天才カリバンですが、もう出てきません。

こういう「自分の得意分野だけ、すごく楽しそうに話す人」が好みなので名前までつけてしまいましたが、読者の皆様、覚えなくて大丈夫です。

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