解き明かされる、私の秘密
神殿本殿のちょうど後ろに隠れるようにして、聖女イブキを祭った神殿があった。
本殿よりも小ぶりで質素だったが、扉の彫刻は丁寧に施されている。派手さはないが、どこか人を惹きつけるその神殿に、私はお姉ちゃんの姿を重ねる。
聖女イブキについて知りたい、と大神官に告げると、この聖女神殿に案内されたのだ。ここでは、世界を救った聖女イブキを祭っていると同時に、彼女の研究を行っているという。
お姉ちゃんについて知りたい、という私にはうってつけの場所だった。
神官に案内され、私は神殿の中に入る。続いて入ろうとするウィルとレオが入り口で止められた。
「ここは、限られた者しか入ることが許されておりません」
まだ若そうな神官はそう言った。
「俺たちはシューナ教の信者だが」
ウィルが言うが、神官は首を横に振る。仕方なく、彼ら二人は入り口で待つことにした。
二人を置いて、私は神殿の中に入る。
その内部も、決して華美ではない。壁に聖女イブキとその仲間たちが描かれた絵画が飾られており、正面の天井には、シューナ神が浮かんでいる。
シューナ神の前に、どこの教会でも見かけたように、説教を聞くベンチがある。今は誰も座っておらず、ただ、魔法によってだと思われるが、窓のないこの神殿内を照らす光がいくつか浮かんでいた。
「大神官様より、聖女様にここの地下をご覧になられるよう、仰せつかりました」
案内人の神官はそう言うと、神殿内を進み、右手がわの扉を開いた。その先には、地下へ進む階段が見える。
そこを下りながら、神官は話す。
「わたくしどもは、高位試験を通った神官でございまして、ここで聖女イブキ様や神威について研究を行っているのでございます」
「つまり、エリートってことね」
「ははあ」
私の確認に、あいまいに返事をする彼の背中を追う。ほどなくして、地下空間へ出ることができた。
地下、と聞くと、あのバルト城での一件を思い出し、後ろ暗い気持ちになるが、ここはあそこまで広くはなかった。
廊下と言うほどの長さはなく、左右に扉の無い部屋が一つずつある。そのどちらにも人がいるようだ。
「聖女様、こちらへ」
私がきょろきょろしていると、神官は、短い廊下を進み、あるものの前で立ち止まった。
廊下の先には、棺のような、黒く立派な装飾を施された長方形の木箱がある。しかし、中は空っぽだった。
「これは?」
尋ねる。
「ここには、聖女イブキ様の御遺体が安置されていました」
「ええ!?」
平然と答えるので、一瞬冗談かと思った。神官を見つめるが、嘘をついている雰囲気はない。
「せ、聖女イブキの体がここにあったってこと!?」
誰もいないその棺の中を見つめる。白い布が中に敷いてあり、ベッドのようにも見えた。
以前、ウィルに聞いた話だと、聖女イブキは「いずこかへ去った」と伝えられている。聖典にも、確かにそう書いてあるそうだ。
だから、もしかしたら、この不思議な世界でお姉ちゃんにまた会えるかもしれない。そんな希望を抱いていた。
しかし、この棺の中に、聖女イブキの体があったとするなら、お姉ちゃんは既に、この世界で死んだということだ。
突然、突き付けられたその事実に、気持ちが追い付かない。
「それに」と私はまた神官に言う。
「この箱の中には、何も入っていないじゃない!
もしここに誰かの体があったとしても、千年も前でしょう? それが、お姉ちゃ……聖女イブキのものとは限らないじゃない」
棺、と言わなかったのは、そう言ってしまうと、それが自分の中の事実になりそうだったからだ。
私は自分の主張をしながら、確かにその通りという気になってくる。
千年も前の遺体なら、白骨化か、運がよくてもミイラだろう。それがお姉ちゃんだと誰が確認できるのか。
ここはシューナ教の神殿。聖女についても神格化したい人たちの集まりなのだ。どこの誰ともわからない遺体を聖女としてあがめることで、信心を深めるなんて、十分に考えられるのでなないのか。
しかし、私の考えを否定するかのように神官は首を横に振る。
「確かに、ここにいらしたのです。
千年の間、そのお体は腐ることもなく、生前のお姿のまま。本当に美しく、まるで眠るようでした。
彼女の存在を公にしなかったのは、分かるでしょう? 我々神官は、彼女を何者にも穢されたくなかったからです。しかし……」
彼は厳しい目で、主のいないその木箱を見つめる。そう、ここに聖女イブキの遺体があったとしても、今は誰もいないのだ。
「忽然と、姿を消してしまったのです。それは、新たな聖女、つまりりんね様が、エルドールに現れたという話を聞いた、ちょうど同じ頃に、です」
「どういう……」
私が現れた時に消えてしまったって、それって、どういうことになるんだろう。
今ここに、ウィルとレオがいれば、彼らの意見を聞けるのに。あいにく彼らは何も知らず、神殿入り口で待っている。
何も言えずにいると、その神官はまた言った。
「大神官様が貴方様をここへ導かれた、ということは、すべてお話しせよという命に存じます。
こちらへいらしていただけますか」
そういって、廊下に左右に向かい合う部屋の一つに入るように私を促す。
そこには、また別の神官たちが五、六人で大きな机を囲んでいた。机の上にはシューナ教のいわゆる聖書と、いつかレオに見せてもらったような世界地図が置かれている。
私が部屋に入ると、神官たちは一斉にこちらを振り向いた。驚いている顔がいないのは、私がここへ来ることを既に知っていたからだろう。
「よくぞ、いらっしゃいました。聖女様」
一番年上だと思われる神官の一人が代表して言った。彼は私を案内した神官と見つめ合うと、微かに頷き合う。代表した神官は続ける。
「聖女様。貴女様の中には疑問がたくさんあることでしょう。わたくしどもで力になれることがあるでしょうか」
疑問は本当にたくさんあった。
だけど、今思い出すのは、サイフリートの言葉だった。聖女として、多くを救うためには、私はまだ力が足りない。彼の言葉は、小さな棘のように私の心に刺さっていた。
「聖女イブキ様は、それは本当に偉大な力をお持ちでした。世界を一つにまとめ上げるほどの強大な力でした」
それは嫌というほど聞かされてきた話だった。お姉ちゃんの力が恐ろしく強かった、そのことは、もはや私の中では常識化しつつある。
私は神官たちに言う。
「私の力が彼女に遠く及んでいないことは承知しています。
それでも、神威を止めたいのです。少なくとも、人々を避難させられれば、被害は少なくて済みます。だけど、神威が起きるのを知っても、私にはそれを人々に警告する手段がないのです」
また別の神官が答える。
「ご無礼を承知でお話しします。りんね様のお力は、まだ未成熟なものとお見受けいたします。
イブキ様のお力は、文献に残っているものですが、各地で起きる神威を警告し、救いました。
そして、それを初めて行ったのはここ、シューナ神殿の地だと思われております」
セリムも確かにそのようなことを言っていた。
彼の声が蘇る。
――奇跡というのは、世界中の人々にこの地からシューナ神の代弁者として聖女様の声を届けたことだと言われています。四聖人と共にこの山の頂に立ち、神威が起こる場所を正確に予言し、人々を逃がしたのです。
「聖女イブキ様の声を届けたというのは、聖典の一文にございますが、最も信憑性のある学説としては、移動魔法を応用し、彼女自身の声を神威が聴かせたというものです」
「そんなこと、できるの?」
考えもしなかった。
というかそもそも、移動魔法は利用させてもらっているけど、自分の力を使ったことはない。
だけど、もしかしたら、同じようにできるかも。神威から町を救えるかもしれない。
一筋の光が見える。
「理論上は、可能かと。しかし、今まで成功者はいません。なにしろと町の間はかなり離れており、その距離に声を届けるなど、生半可な魔法の力では到底無理です」
そうなんだ、と思うけど、私の魔力は怪物なみと言われたことがある。
試してみる価値はあるんじゃないか。
「聖女イブキは本当にすごかったのね」
私が言うと、すぐさま答えが返って来た。
「現在の世界の原型を作ったのは聖女イブキ様であると言われています。
かつての世界では人々は争いを繰り返していました。領土を奪い合い、人が何人も犠牲になっていました。
それを止めさせ、平和をもたらしたのが、イブキ様です」
「しかし、今再び、世界はその均衡を失いつつある。神威はおろかな人類に対するシューナ神の裁きなのだ!」
別の神官が鼻息荒くそう言う。初めて聞いた話に興味を持った。
「神の裁き?」
「そうです聖女様。千年前、人類が争いを始めるとともに神威は現れた。
そして、現代、再び我々は戦争を各地で始めている。どちらも同じ状況で神威が出現いたしました。
これは人類滅びよ、という神の御意思なのです」
「馬鹿な!」
また、別の神官が声を荒げる。
「神の御意思なわけがない!
神の御意思であれば、世界を救う聖女様が現れる訳がない! 聖女様こそ、神の御加護を受け、我々を救わんと遣わされた天使なのだ!!」
「ならば、それも神の御意思だ!
人類の愚かさと、神への信仰心を天秤にかけられておるのだ。聖女様をより多くの人間が信仰すれば、神威は収まるに違いない!!」
「いや違う!」
「違うものか!」
神官たちの議論は、私を置いてヒートアップし始める。まずい、まだ、聞きたいことはあるのに。




