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母上様のトラの御子

ユートレートのお話は、これでラストです。

 私の判断が正解かはわからない。でも、決意は固かった。



「この子は殺しません。人も襲わせません」



 私の言葉を待っていたウィルが、剣を収めた。


「馬鹿な……!」と、シャフィム殿下が衝撃を受けている。


 私は倒されたドラゴンの側に行き、体に触れた。鱗はまだ温かく、そっと彼女に囁いた。


「ごめんね、私たちは、自分たちが生きるために貴女を殺した。でも、貴女の子供は死なせない」


 そう言って、子を抱きかかえる。

 ピイピイとか弱く抵抗し、爪が当たった私の腕にいくつか赤い線を作った。


「理想論に過ぎない! ドラゴンの子など!」


 シャフィム殿下が顔をゆがませるが、


「わたくしに、一つだけ心当たりがございます! そこでならきっと、その子を育てられると思います!」


 明るい声に掻き消される。その声の主にシャフィム殿下は悔しそうに言った。


「セリム! また貴様か!」





 すっかり夜が明けたころ、私たちはお城へ帰った。

 待っていたトレド王がこれ以上ないほどの笑顔で迎え入れてくれる。


「聖女様! そしてお二人! なんと感謝してよいやら……! 夜中、王妃が目を覚まし、脅威が去ったことを知りました! ああ、皆の者、皆無事で、本当によかった」


 どうやら、ドラゴンを倒した時に呪いも一緒に消えたらしい。


 そして、隣にはまぶしいほどの美しい女性が立っていた。


 彼女の青白かった肌は血色を帯び、髪はきれいに結い上げられ、ブルーのドレスを着ている。


 王妃様だった。

 透き通る、優しい声で私に語り掛ける。


「聖女様。心からの感謝を申し上げます」


 そして彼女は微笑み、信じられないことを言った。


「聖女様、私は臥せっている間中、ずっと不思議な夢を見ていました。 

 私は母でたった一人で子供を産み、育てておりました。食べ物を探すのには苦労しましたが、水が豊かで、環境もよく、よい家に住んでいました。心細くはありましたが、我が子の温かさが、私に生きる意味をもたらしました。

 けれど、今日、敵がやって来て、私はとても恐ろしかったのですが、子を守ろうと戦いました。そして、結局、敗れてしまいました。

 一人残す我が子を思うととても悲しく、つらい気持ちでした」


「お、お前、何を言い出すんだ……」

 

 トレド王が動揺した様子だ。

 私は、驚いて王妃様を見つめる。

 


 それって、あのドラゴン?



 あのドラゴンの中に王妃様はいたんだろうか、全部、見ていたのだろうか。そんな不思議なことあるのだろうか。

 だとしたら、殺した私たちをどう思ったんだろうか。


 王妃様は私に近づいて、手を取って言った。


「抱きしめても、いいかしら?」


 返事をする前に、私は王妃様の腕の中にいた。温かい。王妃様は私にそっと囁いた。


「だけど、同時に、自分の命の最後を感じました。仕方のないこと、と。

 諦めとも違う、命の循環を知りました。命を天に返すのだと。そして、絶命の瞬間に、貴女の声を確かに聞きました。その温かさに包まれて、私は安らかに旅立つことができました。

 聖女様、貴女は正しいことをしたのです」


「わ、私は……! 正しさんて……」


 何とか声を出そうとするが、嗚咽が混じり、言葉にならない。



 正しさは、どこにあるの?

 自分を信じて本当によかったの?



 私は全然立派じゃない。戦いの中で感じた憎しみ、悲しさ、恐怖。自分勝手な優しさ。頭の中をぐるぐると思いが巡る。そんな私の頭を王妃様は優しくなでる。


「大丈夫、貴女の真心は、彼女に確かに届きましたよ」


 涙があふれて止められなかった。王妃様が見たのは、ただの夢かもしれない。けれど、王妃様の心が何よりも温かく、大切なものに感じられた。


 私が落ち着くのを待って、王妃様は離れた。ドレスが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているのに気が付いてしまった。


「申し訳ありません! ああ! せっかくの綺麗なドレスが!」


 私の悲鳴に王妃様はおかしそうに笑った。


「いいえ、こんなことお気になさらないで! かえって聖なるドレスになりましたわ。それに、謝るのは聖女様ではないでしょ?」


 そして、先ほどまでとはまるで違ったドスの聞いた声で、彼女の息子に語り掛ける。


「ねぇ? シャフィム? ええ。すべて見ていましたとも、その振る舞いもね!」


 側にいたシャフィム殿下は硬直し「ピイ」と鳴いた。


「シャフィム!! あなたという子は、本当にどこで教育を間違ったのかしら!! ありえないわ!! もういちどお勉強が必要なようね!? 反省をし!!」


 そう言って、シャフィム殿下の耳をつかむとずんずんと廊下の奥に去っていったのであった。



「あれが、ユートレート名物、“王妃の雷”です」



 セリムが律儀にもいらない解説をしてくれた。王妃の雷って食べ物じゃなかったのね……。


 残されたトレド王は、冷汗をだらだらとかきながら、


「お、お恥ずかしい。至らぬ妻と息子で……。しかし二人ともあれでよいところはちゃんとあるのですよ、よくできた妻とかわいい息子なのです、本当に……」


 と気まずそうにそう言う。


「この両親にして、この子あり、か……」例によってレオが呟き、ウィルにたしなめられていた。




 *




 はっと、気がついた。


 夢の中だ、また。


 疲れて休憩したのは覚えている。そのまま寝てしまったみたいだ。


 目の前には、やはり、子供の姿のお姉ちゃんがいた。

 私も子供の姿に戻っている。


「どうして聖女の力をつかわなかったの?」


 少しすねたように口をとがらせている。

 聞きたいことは山ほどあるのに、


「お姉ちゃん、どこにいるの?」


 結局口から出たのはその言葉だった。


 くすくす、とお姉ちゃんは笑う。


「りんねちゃん、おかしいの。いつだって、そばにいるのに」


 側にって? いないじゃない! どんなに探しているか、どんなに会いたいか!


「せっかく教えてあげたのに、アバデ以外は救わなかったのね?」


 お姉ちゃんは首をかしげて言う。


「そんな力、私にはないよ……。サイフリートはやらなきゃダメだっていうけど……」

「大丈夫よ、りんねちゃん。あなたには私と同じ力があるもの。あなたの力はまだ“不完全”なだけ。これなら、どんどん強くなるわ」


 そういわれても、どうしたらいいかわからない。

 それに、そうだ、二人は、止めたんだ。私が力を使おうとするのを。


「二人が嫌がるなら、あんまり使わないよ」


 私の言葉にお姉ちゃんは目を細めた。


「ウィラードとレオナードがどんなに嫌がったって、結局、その力に頼ることになるのよ。でも、楽しむといいわ。“世界の終わり”まで、ね」


 世界の終わり? その言葉に引っ掛かりを覚えた。


 そうか、あの絵は……繰り返し見ていた夢に出てきた光景だ。小さい頃、世界が終わる夢をよく見ていた。

 私はお姉ちゃんに尋ねる。


「ねえ、お姉ちゃんは、この世界が憎らしかったの?」


 私は、お姉ちゃんのこと、大好きだよ。この世界も……。




 *




 本当に行ってしまうのか、礼は本当にいらないのか、散々トレド王と王妃様に尋ねられたが、やはり先に急がなければ。


 またお姉ちゃんの夢を見た。ウィルとレオには次の神威の場所は言っていなかった、とだけ告げた。


「では、参りましょうか! 皆さま!」


 旅支度をしたセリムが元気よく言う。彼の手には、ドラゴンの子が抱きかかえられている。落ち着いているのか、おとなしい。


 そう、次なる目的地は、シューナ神殿。

 セリムの所属であり、ドラゴンの子もそこでなら育てられるのではないか、と彼は考えたのだ。


 私たちにとっても、そこに行けば、わけのわからない聖女の力についても少しは分るのではないかという期待もあったのだ。



 来た時と同じようにたくさんの人に見送られながら、私たちはユートレートを後にする。



「あまり元気がないね」



 レオが私を見て言った。夢で気がついたことがある。でもそれはまだ言えずにいた。


「シャフィム殿下の本性を見破れなかったのが、ショックなの」


 代わりにそう答えた。それを聞いたセリムがひどく恐縮して言った。


「すみません。『第三王子はぼんくらで、政治の勉強もせずに歌い呑んでいる』なんで流行歌になるぐらい有名な話だったのですが。

 わたくしがもっと早く教えて差し上げておりましたら、聖女様の心に一生癒えない傷を負わせることもなかったのに……」


 ちょっ! それはさすがに大げさ。驚いたし、少しは落ち込んだけど、傷ついているわけじゃなかった。


「セリムのせいじゃないだろ。それにそんなこと、鈍感なりんね以外、誰だって気づいたと思うけど」


 レオが茶化してそう言う。


「そーなの!? プロポーズに真剣に悩んだ私がばかみたいじゃない!」

「はは! なあ、ウィル。お前も気づいていたろ?」


 とレオが話をウィルにふると、「ああ」と短く答えた後、少しだけ考え、また言った。



「まあ、そこがりんねのいいところだ」




 ◆




 去りゆくりんねたちの姿を、城の廊下の窓からシャフィムは見つめていた。せいせいするな、そんなことを思いながら。


 そんな彼の隣にそっと母が立った。


「母上……」

「陛下はお見送りに行っていますよ、あなたは行かないのですか」


 シャフィムは母を見る。


 出来の良い兄たちと違って、自分は何をやってもうまくいかなかった。出来の悪いぼんくらだと国民が噂しているのも知っている。


「母上は、行かれないのですか?」

「行っていましたよ。貴方を呼びに来ただけです」

「私は、行きません」


 愚かさも、卑怯な心も、自分が一番よく知っている。それでも、両親に認めてもらいたい一心だった。


「私は確かに間違っていたかもしれませんが、母上を助けたいという気持ちに嘘偽りはございませんでした」


 そういうと、母は微笑んだ。


「分かっていますとも。しかし、貴方はこれからたくさん学ぶことがありますね?」

「私は、兄たちのように勉強も剣術もできません……」

「そうね、試合で相手にお金を渡して勝たせてもらうのが精一杯よね」

「き、気づいておられたのか!」


 そんなシャフィムの頬に彼女は触れた。


「父も母も、末っ子の貴方がかわいくて仕方ないのですよ。兄たちと比べる必要がありますか?

 シャフィムには、シャフィムのよいところがたくさんありますよ」

「た、例えば……?」

「うーん……、顔かしら?」

「は、母上!」

 

 恐る恐る聞いたのだが、母は冗談を言う。


「ふふふ、冗談よ、シャフィム。両親への思いやりは一番よ。それに、これから自分で気がついていけばいいじゃない。聖女様たちはそのきっかけをくださったのだわ」


 シャフィムは窓の外に再び視線を移し、人々に見送られる聖女たちの姿を確認した。



 朗らかで、一点の陰りもない彼女らが、捻くれ者の自分には気に食わなかった。聖女をからかってやろうと思ったが、失敗してしまった。



 彼女の隣を行く、二人のエルドール出身の騎士を見止め、シャフィムはふん、と鼻で笑った。



「よほどの物好きどもめ」

タイトル補足

虎の子というのは、大切にして手放さないという意味があるようです。ドラゴンの子供のことでもあるし、両親から見たシャフィム王子のことでもある、という思いを込めてこのタイトルにしました。

ちょっと放っておけないくらいの方が、かわいいのかもしれません。

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