塔の中には、何がある?
私が異変を感じてその塔に向かうと、すでに数人の人が出入りしていた。
白衣やローブを着た人たちで、兵士って雰囲気じゃない。見た目的に医者や魔法使いだろうか?
その人たちについて中へ入ろうとすると、
「りんね!」
呼び止められて、振り向く。ウィルとレオの姿があった。二人も様子を見に来たのだろうか。もう何かしらの事情を知っているみたいでひどく険しい顔をしている。
「りんねには言わない方がいい」
二人の方に向かいながら、ウィルがレオにそう言うのが聞こえた。思わずむっとしてしまう。蚊帳の外なんて嫌だ。私だって役に立つってことを、いい加減にわかってほしい。
「なによそれ!」
「ウィル、アバデを思い出せ。勝手についてくるに決まってる。後で話がこじれるなら、初めから全部話した方がいい」
言い方はやや癪に障るけど、レオは一応私の味方みたいだ。
何があったの? と改めて問うと、
「聖女様!!」
焦燥した様子の声が上から聞こえてきた。
見上げると、塔の窓からトレド王が顔を出している。
顔面蒼白で、しかし目は充血しているのが見えた。ただならぬ雰囲気に思わず私の顔も真剣になる。
「王様! 何かあったんですか!?」
「聖女様!! どうか、どうかお救いください!!」
その声を合図として、私は塔の中に迎え入れられた。
塔の一室では、ひどくやつれた女性がベッドに横たわっていた。血の気はなく、微かに動く胸元で、かろうじて息をしているのが分かる。長い髪はそのままに、白い寝間着を身にまとっている。
「聖女様、どうか、王妃を救ってください……!」
トレド王が憔悴した顔で言う。女性の正体に驚く。
「王妃って、この方が……?」
確か、昼間は公務が多忙でって言ってなかったっけ?
この人は見たところかなり具合が悪そうだ。公務なんてできなさそうに。
部屋を見回してみる。
小さいながらも、高価そうな家具が置かれた部屋だ。確かに高貴な方なのは間違いないのだろう。飾られた花々は、庭に咲いていたものと同じだ。
「実は、公務というのは嘘でございます……。ああ、聖女様に嘘を申し上げました。お許しください……!
本当は、しばらく前から臥せっておりました。先ほど、一度呼吸が止まって、今はなんとか息を吹き返しましたが……。
貴女様ならあるいは王妃を救えるかもしれません……!」
「救うって、でも、どうすれば?」
「祈ってください。彼女のために。かつて、聖女イブキ様は祈りによって病人を治したと言われています」
私は促されるまま、横たわっている女性に近づく。
ベッドの脇にいた医者と思われる数人がどいた。
女性に触れる。氷のように冷たい。
目を閉じて念じてみる。
この人の病気が治りますように……!
強く思って目を開ける。だけど、目の前の女性は相変わらず青白い顔のまま、何も起こらない。
「ダメか……」
落胆するトレド王の声が聞こえた。そして、決意を固めたかのように言った。
「やはり、あの魔物を倒すしかないのか……!!」
場所を移し、私と二人の騎士は王様の話を詳しく聞くことになった。通されたのは小さな部屋で、人に聞かれる心配はないという。
トレド王の話はこうだった。
ふた月ほど前から、山の水源にドラゴンが棲みつき、水を枯らし始めた。
生活水はダム湖で何とか持っているが、なくなるのも時間の問題だ。異変を察知したのか山の動物も減り、ドラゴンの餌がなく、度々里までやってきては人を襲っているというのだ。
「ひどい……」
「討伐隊を組み向かったのですが、返り討ちで……。生き残ったのは私一人でした。いや、生き残ったというよりも、見せしめにわざと生かされたのです」
トレド王は悔しそうに言う。
「ドラゴンは、私の一番大切なものに呪いをかけたと言いました。続けて討伐隊をよこすようであれば、国中を呪うと告げて。
そして都に戻ってみたら、王妃が倒れて、以来、あのような状態です。今は命はあるものの、いずれは尽きるでしょう……」
「再び討伐隊を組まれるのですか?」
ウィルの問いに、トレド王は力なく頷いた。
「そのつもりです。しかし、精鋭たちは前回で全滅してしまったため、どうなるか……。何としても魔物を倒さなければならないというのに……」
「ねえ、そしたら私たちが……」
「りんね、少し黙って」
言いかけた言葉をレオが遮る。でも私は負けない。サイフリートが言ったように、より多くの人を救うために、私の力を貸せるなら、貸したい。
負けじと言い切る。
「私も行きます。こう見えて、聖女なので、それなりの力はあるんです!」
「なんと! あなた方がいてくださるならば、百人力です!」
トレド王の顔がぱっと輝くのが分かった。反対に、ウィルとレオの顔が曇るのも。
「……ウィル、僕らの目的には関係のないことだ」
小声でレオが言う。だけど、ウィルも覚悟を決めたように言った。
「だが、聞いた以上放ってはおけない。俺もりんねに賛成だ」
「ああまったく」悲嘆とも諦めともとれるレオの声か漏れた。
「討伐隊って、これだけ?」
謁見の間に集まった人を見て、レオが驚いた声を出した。
討伐隊はその夜のうちに素早く集められたものの、この場にいるのは私たち三人の他に、十人にも満たない人たちだった。
「いや、むしろこの方がいい。大人数で向かえば、ドラゴンに気づかれる可能性がある。少人数で素早く近づき、仕留める。当然危険は伴うが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ」
ウィルが言う。そういう諺、こっちの世界にもあるんだ、と変なところで感心してしまう。
「だけど、この人選はどうなっているんだ? 神官と神官見習い、まともな兵は数人しかいないじゃないか」
レオの言うことも最もで、集められたのは兵数人と、神官たちだった。その中には、神官見習いのセリムの姿もある。
「王妃のことは、城内でも限られた者しか知らない。信頼できる者で、すぐにでも動ける者を集めたのですが……。
本来であれば、私も共に行くところですが、今ここを離れるわけには行きません。指揮はウィラード殿、貴方にお任せします。
どうぞ、この者たちをお好きなようにお使いください」
トレド王が申し訳なさそうにそう言った時、バーンと謁見の間の扉が開かれた。
「それには及ばない! 私が指揮を取ろう!」
月明かりの浴びて、現れたのはユートレートの第三王子、シャフィム殿下その人だった。
白っぽい騎士服を身にまとい、剣を腰に携えている。真剣な顔つきの彼。
昼間のプロポーズを思い出し、私の心臓は早くなる。騎士服があまりにも似合っていて、本当に王子様に見えた。
トレド王はシャフィム殿下の姿を確認すると、驚いたようだった。
「シャフィム! なぜここに」
「父上! 立ち聞きするつもりはなかったのですが……。どうか一緒に行かせてください」
「しかし、お前」
「ご心配なさらず。私の剣の腕前は父上もご承知でしょう。私はただ、母上を救いたい一心なのです」
トレド王は少しの間考えたようだった。大切な我が子を魔物に傷つけられたくないんだ。王妃様が倒れて、子供まで失ってしまったら、きっとそう考えているのだろう。
少しの沈黙の後、王はついに頷いた。
「分かった。そこまで言うのであれば、許そう。だが、くれぐれも」
「くれぐれも、無事で帰ってまいります」
「くれぐれも、聖女様のお邪魔にならないようにするのだぞ」
二人の間で話がまとまったみたいだ。
シャフィム殿下も来てくれるなら心強い。といっても、と私は思う。
正直、私の力を使えば、またすぐ終わるんじゃないかな?
そんな私の思いを聞いていたかのように、小声でウィルが言った。
「りんね、お前の力は使うな」
「え!? なんで?」
びっくりしてウィルを見ると、意外にも深刻そうな顔をしている。何か理由があるのだろうか?
だけど、ウィルはそれきり黙ってしまう。見かねたようにレオが言った。
「僕らもたまには見せ場が欲しいのさ、そういうことだろ、ウィル?」
「ああ」
そういうこと?
腑に落ちない気もするけど、なら、言われたとおりにしてあげよう。私が分かった、というと、「いい子だ」といってレオが頭を撫でてきた。それを振り払う。
「ま、本当にピンチだったらりんねに頼るかもしれないけどね」
冗談とも本気ともわからないことを、レオは爽やかな笑顔とともに言った。
という訳で、私たちは、こんな真夜中に、来たばかりの国で、王国と王妃を救うため、ドラゴン退治に向かったのだった。
次回、ドラゴン退治回です。




