マッドマックス-怒りのレオナード-
「おかしくないか!!??」
珍しく声を荒げるレオナードをなだめながら、ウィラードは昼間の顛末を聞くことになった。
夕食中、しきりにりんねに話しかける第三王子シャフィムと、苛立つ親友を不思議に思っていたため、ウィラードに与えられた部屋で話を聞くことにしたのだ。
昼間に何かあったとは思っていたが、まさかりんねがプロポーズされていたとは考えもしなかった。
もう深夜とも呼べる時間帯。りんねはとうに、自分の部屋で眠りについているはずだ。
「受けたのか?」
「はあ!?」
「りんねは、その求婚を」
ウィラードはりんねの反応が気になり、尋ねる。
「受ける訳ないだろ! その場で断ってたよ。『今は考えられません、今日会ったばかりだし』ってさ。
そしたらシャフィムは『なら、時間をかけて私のことを知ってください。諦めません』だとよ! りんねもまんざらじゃなさそうだったぜ」
裏声まで駆使して再現をする。
傍から見るとかなりシュールな光景だが、それは怒りのボルテージが上がっているためだろう。突っ込むと、今度は自分に返ってきそうだと思ったため黙っている。
しかし、りんねが断ったと聞き、ホッとした。
なぜ、そこまで安心したのか自分でもわからなかったが、旅を無事続けることができることをうれしく思ったのだと納得させる。
そして、親友をたしなめた。
「レオ、王子を呼び捨てにするなよ。ユートレートが友好的とは言え、どこで誰が聞いているか分からん」
「……わかったよ。だけどさ、僕が気に入らないのは、あのシャフィム……殿下がずっと僕を無視するような態度を取っていたことだ。りんねにばかり話しかけてさ。あれは、きっと裏があるぜ」
ふん、と鼻を鳴らしレオナードは続ける。
「大体、ああいう甘い顔の造りをしている奴の腹の中は真っ黒なんだ」
レオナードの甘い顔を見つめながら、ウィラードは同意せざるを得ない。
「まあ、いい。どうせ明日にはお別れだ。それよりも、僕はりんねのことを考えたんだ。彼女の力について」
「ああ」
この間から、レオナードはりんねの力について考察を深めているようだった。
ウィラードも思わず前のめりになる。
わからないことが多い聖女の力について、推論を立て検証することは二人にとって大切なことだった。
それに頼らざるを得ない状況がまた来るかもしれないが、あまりりんねに負担をかけるのも気が進まない。
レオナードはそれについて、ウィラードよりもずっと真剣に考えているようだった。
「りんねは最近よく倒れるだろう。疲れているせいかと思っていたが、倒れるのはいつも力を使った後じゃないか?
あの力がどういう性質のものかはまだ分からないけど、確実にりんねの体に負担をかけているんじゃないかと思うんだ」
「それは、確かにあり得る話だな。あれだけの力が体に何の負担もかけないとは思えない」
大量の魔物を一瞬で消し去るほどの力を思い出し、ウィラードも同意する。レオナードは「思い返してみよう」と話を続ける。
「最初にりんねが倒れたのは、僕が千年前の聖女の話をした時だ。
聖女イブキが姉って分かったからショックで倒れたんだろうと思っていたけど、その時にイブキからマール滅亡のお告げを聞いたというじゃないか。
お告げも聖女の力の一つかもしれない」
「次にりんねが力を使ったのは、バルトの城から逃げる時だ。リリーナを殺した兵を消すために。だがその時は何ともなかったな」
「それほど人数が多くなかったからかもしれない。
あるいは、一番初めにマールに向かう際にダークウルフを消した時、何ともなかったのを考えると、力を繰り返し使うことで徐々に負担が蓄積されていったのかもしれない。
特に、近頃休みなく動いていたし」
「洞窟でダークウルフを消した時は、鼻血を出して、その後に倒れた」
「そう、その時にもイブキの声を聴いたと言っていた。そして次はアバデで兵士たちを消して、神威の後の魔物を消した後に倒れている」
「連続して力を使い、疲弊していたからか」
「ああ。そうだ。出血して、倒れて」
レオナードは話しながら、少しずつ暗い顔つきになる。
「なんだか、りんねの使う力は嫌な感じがするんだよ。まるで……」
――一体、いつからりんねは、あんなに冷静に人の命を奪えるようになったんだ?
ウィラードの頭の中に、レオナードの言葉が蘇る。確かに初めて会った時からすると、りんねは変わった。
強く、冷静に。力を使う度に、変わっていく。
レオナードが続けることのできなかったことを代わりに口に出す。
「まるで力を使う度に、何かがりんねを蝕んでいるように思える、か。体も、心も、その命も」
レオナードの強張った表情で、同じことを考えているのだと分かった。
そしてレオナードは、言いにくいことを、それでも言わずにはいられないように、
「……そうだとすると、りんねの夢の中に出てくるイブキも、味方かわからない。りんねに、力を使わせようとしているみたいじゃないか?」
ウィラードは目を閉じる。
深く、暗い闇がすぐそこにあるかのようだった。
自分たちは、一体、何に対峙しようとしているのか。これからもりんねは、変化を続けるのだろうか。
「ウィル、これからはなるべく、りんねに力を使わせないようにしよう。例え彼女が望んだとしても」
「ああ」
目を開けて、頷き合う。彼女を守ろう、何があっても。
そう決意しあった時、向かいの塔に明かりが灯ったのが見えた。
急に城内が騒がしくなる。
「こんな夜中に、なにかあったかな」
レオナードが窓際に様子を見に行った。
◆
その時、私は、というと、まだ眠れずいた。昼間のプロポーズにまだ胸がどきどきとしている。
「妻になってくださいだって! きゃー!」
ベッドに横になり枕に顔をうずめてじたばたする。それでも気持ちは収まらない。ウィルとレオにおやすみを言ってもまだ寝付けない。
もちろん、結婚するつもりはない。今日会った人だし、何より旅をつづけなきゃ!
でも、シャフィム殿下はかっこよかったなぁ……。それに、
「私のこと諦めないって、どうしよう! きゃー!」
「平和なものですねぇ」
「ぎゃあああ!!!!」
急に聞こえてきた声に、今度は恐怖の悲鳴を上げる。
誰!? 敵!? 味方!? 幽霊!?
パニックになりながらベッドから飛び上がると、いたのは
「サ、サイフリート!?」
水色の長髪の髪、神父のような恰好をした相変わらず綺麗な顔の男の人がいた。
サイフリートは、両手を組み、少し呆れたような顔をして私を見下ろしていた。
神出鬼没の人。そして、もしかすると、お姉ちゃんの恋人だった人……。
「アバデを救えて、得意げですか? プロポーズもされて、有頂天ですか?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
ぐっ、図星だった。
でも、実際にアバデの人々救えたのは事実だし、プロポーズされたのだって本当だし!
しかし、サイフリートは馬鹿にしたかのように笑う。
「いいですか? 確かに貴女はアバデの人々を救いました。けれど、他の都市は?
リージュ、クルスル、ドルファ、そこにも神威は落ちました。そして、滅びました。聖女の救いはそこの人々には訪れなかった」
サイフリートが空中に手をかざすと、そこには三つの都市の映像が映し出される。
皆、活気があり、それぞれ美しい。人々が笑い、生活している。しかし、そこに神威が落ちる。
一瞬にして灰になる。マールのように。
それはまさしく、リージュ、クルスル、ドルファの三都市が滅ぶ姿だった。
「やめて!」私は思わず叫ぶ。
見たくない。サイフリートを睨みつけて言い返す。
「だって、私はアバデにいたのよ! そんな場所も知らない都市を救えるはずないじゃない! 確かに心は痛む、そばにいたら、救えてたから。でもいなかったんだもの。手の届く範囲で助けるしかないじゃない!」
「救えてたとは、とんだ思い上がりですね。自分の力が及ばない言い訳ですか?」
サイフリートはぴしゃりという。まるでどんな反論も受け付けないかのようだ。
「聖女は、そうではないのですよ、りんね。
一つの都市を救うためにいるのではないのです。より多くの人々を救うために、より大きな存在にならなくてはなりません。
聖女として、人々の信仰を得て、世界を『救う』ためには」
「私には、そんなに大きな力はないもの!」
「いいえ、あるはずです。イブキはあった」
私は彼の言葉に引っかかりを感じる。いぶきってことは、やっぱりこの人はお姉ちゃんを知っているんだ。
「サイフリート、あなたは何者なの? どうして私の前に現れるの? ……あなたは、お姉ちゃんが愛した人なの?」
そう言ったとき、サイフリートの瞳が悲しそうに揺れた。
「イブキは……」
サイフリートが言いかけたとき、はっと彼は窓の外を見た。つられてそっちを見ると、先ほどまで真っ暗だった塔に明かりが灯っているのに気が付いた。
「いずれ、りんね、貴女の疑問がすべて解ける時がくるでしょう。その時こそ、きっとイブキも救われる、そして、私も……。
今はあがき、迷ってください。いつでも、貴女を見守っています」
そう声が聞こえて、塔から視線を戻すと、すでにサイフリートの姿はなく、ただ夜の暗がりが残るだけだった。
「まるで、亡霊のよう……」
いつか、疑問は解けると言っていた。お姉ちゃんのことも、見つけることができるだろうか。
次回、物語が動きます。




