わんちゃん? くまちゃん? いえいえ魔物です
この世界で一晩を過ごし、私はこれからエルドールの王様に会いに行くことになった。元の世界に帰る方法を聞くために。
そして、騎士が一人増えていた。名前をレオナードというらしい。金髪碧眼で、控えめに言ってかなりのイケメンだ。思わず見とれていると、「一緒に王都までお供いたします」と言って私にウインクを投げてきた。
ウィラードの屋敷は王様のいる王都とは少し離れた場所にあるらしく、馬で行くと一時間程かかるそうだ。
「う、馬って!」
衝撃を受けていると、「おいお前乗れるのか」というウィラードの不機嫌そうな声が聞こえた。ブンブンと首を横に振る。
はぁーとため息をつかれ「聖女様は馬にも乗れないらしい」と嫌味を言われた。
「聞こえてますけど」
「聞こえるように言ったんだ」
こ、こいつ……!
険悪な雰囲気の中、まあまあ、とレオナードが割って入った。
「ウィル、聖女様にその口の利き方はいけないよ。王都はすぐだ。聖女様、私と一緒に乗っていきましょう。そこまで必ずお護りいたします」
そう言ってレオナードは私の前に跪くと、さっと手を取って、その手にキスをした。
「ひゃあ!」
突然のことに驚いて、思わず手を引っ込める。当のレオナードは全く動じない様子で、ウインクついでに微笑んだ。
やれやれ、とでも言いたげな視線をウィラードはレオナードに送っていた。
「リリーナ! お前も行くぞ。この聖女様の支度を手伝ってやれ」
「はい!」
ウィラードが美少女に命令すると、彼女は嬉しそうにと返事をした。(昨日からずっと一緒にいてくれたウィラードの使用人の女の子で、リリーナという名前だと教えてくれた)
◇
「わ、わ、わーー!!」
「しっかりと手綱を握っていてください!」
喚く私に、レオナードが後ろから声をかける。
草原を駆け抜ける三頭の馬。
そのうちの先頭の馬に私とレオナードは乗っていた。真ん中にリリーナ。そして一番後ろにウィラードがいる。
男二人はともかく、リリーナが馬に乗れるのは驚いた。この世界でほ普通なのかもしれないけど。
私に限って言えば、乗っているというよりは、振り落とされないようにしがみついている、と言った方が正しい。
「落ちるー! 落ちちゃうー!!」
もはや半泣きの私に、レオナードが優しく言う。
「顔を上げてみてください。体を起こして。怖がらなくて大丈夫ですよ、私がいますから」
その言葉に少しだけ落ち着きを取り戻し、言われたとおりに体を起こす。さっきよりは安定する。
小高い丘の上でレオナードは馬を止めると、「ご覧ください。」と、ある方向を指差した。
そこには、
「うわぁ!」
目前に広がった景色に思わず、感動の声を上げる。
見えたのは、青空、そして草原。先に海があり、水面がキラキラと光っている。
「あれが、王都です」
レオナードが言う先に、海に面した形で町があった。周りを城壁で囲まれているが、こちらの方が高い場所にいるからか、その町がよく見える。茶色の石壁に、赤い屋根が立ち並ぶ。所々に鐘楼があり、そして、何よりも存在感を放っているのはお城だった。
塔がいくつも立っており、遠目からでも細かい装飾が施されているのが見えた。
「すごい、リアルシンデレラ城だ……」
「シン……?」
レオナードは私の言葉が分からないのか、後ろで困惑する気配を感じた。
「エルドール王国の王都マールだ。この地に遷都して以来、何者にも破られていない強固な都だ」
いつのまにか側にいたウィラードが言う。その顔はどこか誇らしげだ。ふっと微笑んでレオナードが言う。
「さあ聖女様、参りましょう。あと半時間ほどで、王都ですよ。もしお時間があれば私とウィラードで町をご案内しましょう」
「なんで俺が!」
「私もお供いたします!」
ウィラードとリリーナの声が重なった時だった。さっとレオナードの顔色が変わったのが分かった。それに気がついたウィラードもくるりと後ろを振り返る。
そんなに変なことは誰も言っていないのに、と不思議に思った瞬間、耳をつんざくような獣の叫び声が聞こえた。
ぞわり、と私の体に鳥肌が立つ。
そして、瞬く間に後方の森から、大きな犬のような黒い獣たちが姿を現わした。
「魔物だ!!」
それが誰の声だったのかはわからない。気にする間も無く、馬が急発進したからだ。
獣たちは一目散にこちらに向かってくる。数十頭はいるように見えた。
「な、な、何アレ!?」
恐ろしい獣たちを見て、私は叫ぶ。
「僕は聖女を! ウィル、頼む!」
「わかってる! リリーナ、レオと並んで走れ!」
「は、はい!」
私の疑問には誰も答えないまま、三人は会話し、馬たちは走る。とにかく、とてつもなくやばい状況だということは理解した。
私とレオナードの乗る馬の横にリリーナが並び、ウィラードは少し下がった。
「ギャオオオ!」
「ガアアアアアア!」
後ろからおぞましい獣の咆哮が近づいてくる。馬は早く走るけど、獣達との距離はどんどん縮まっているようだ。
思わず後ろを振り返り、獣の達の姿をまともに見てしまった。ヨダレはダラダラ、歯はギラギラ、目は尖っている。大きさは熊くらいだった。
見なければよかったと後悔した。犬なんて生易しいものじゃない。
「こんなところに魔物が出るなんて!」
リリーナの悲鳴が聞こえる。その声に私をパニックが襲う。
魔物って、なに!?
……ああ、ここで死ぬのかも。交通事故から生き延びたというのに、もう命の危機なんて!
全く非現実的なことが続けて起こるこの世界。まるで、誰かの質の悪い悪夢の中に入り込んでしまったかのようだった。
だれの悪夢なのでしょう。
 




