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まるでそれは毒のように体を蝕む

「よかった……」


 魔物を消し去ったりんねは、そう呟くと、その場に倒れそうになる。


「りんね!」


 ウィラードはその体を受け止める。りんねは顔面蒼白で、かすかに呼吸を続けている。酷く具合が悪そうだ。


「まさか、毒が!?」


 レオナードが焦ったようにそう言う。ウィラードも、レオナードの考えが分かった。クシューがりんねに盛った毒、一日後に効力が出ると言っていたが、それが早く回ったのではないか。


(くそっ!)


 ウィラードは心の中で悪態を吐く。クシューは解毒剤を持っていただろうか。


「バジ! クシューはどこだ!」


 先ほど、クシューの遺体を抱えていたバジに叫ぶ。クシューの遺体は今近くにはない。どこかへ運んだのか。遺体を調べるのは気が引けるが、言っている場合ではない。


 しかし、バジは動かない。


「もし、りんねが死んだら貴様も殺す! さっさと解毒剤を出せ!」


 バジはウィラードの剣幕に押されたようだが、答えた。


「ま、待て。いや、そもそも毒じゃない! クシューはその聖女様に毒なんか盛ってないんだ!」

「はっ?」


 誰かが驚きの声を上げる。もしかしたらウィラード自身だったかもしれない。


「あんた達を焚きつけるため、あいつが吐いた咄嗟の嘘だ! 聖女様が水を飲んだ時に思いついたと言っていた! 大体、一日きっかりに効果が出る都合の良い毒なんて、あるわきゃねぇだろう!」


 バジがそう言った時だ、


「ううん……」


 りんねが声を発した。


「うるさいなぁ、朱雀……。もうちょっと静かにしてよ……」


 まごう事なき、寝言であった。




 夜。一行はサウザン軍の施設に身を寄せていた。


 サニギ、そしてゲランの民、アバデにいたサウザン国の幹部が今後に向けて集まっていた。

 ウィラードも誘われたが、そんな気分にはなれなかった。代わりにレオナードが聞いてくる、と言って加わっていた。


 今ウィラードは、まだ呑気に寝息を立てているりんねの隣に座っていた。


 軍の施設と言っても、それなりの町の体を取っていて、非常用のテントや食料、毛布が相当数あるようだ。元々、アバデに何かあった時のために近くに建設されていたためだ。


 民衆は家を失った悲嘆に暮れつつも、家族の無事を喜びあっている。不安はあるが、絶望はしていない。


 クシューの遺体は、ゲランの地に眠るようだ。彼女は争いのない永遠の世界から、これからのサウザンを見守る。


 ウィラードはクシューを思い、空を仰いだ。夜空は雲が覆い、星も見えない。


 覚悟と決意、そして誇りを持った人間だった。もし違う場所で出会えていたら、仲良く酒でも飲めたかもしれない。


 クシューは、王の側にいたカイに気がついていた。王の注意を自分に向けさせれば、カイが隙を作り、そしてウィラードが王を殺すと信じたのだ。

 サニギのために自分を投げ打ったその姿は、美しく、愛おしく、そしてとても哀しかった。


 ウィラードは、彼女に生きていて欲しかった。民をまとめ上げ、思いやれるだけの人間が、この世界にどれだけいるというのだろうか。得がたい人間だった。


(生きるべき人間が死に、俺のような奴が屍のように生きている。俺はなんだ? 彼女の覚悟に報いるだけのことをなせるだろうか)


 心の中の問いには誰も答えなかった。




「サニギ姫は、アバデを神威から救うために少々過激な手段に出た。どうやらそういう事になったようだ」


 戻ってきたレオナードがため息混じりにそう言った。


「全く、上手くやるよな。途中で抜けたよ。サウザンがこれからどんな国になるかは、僕の興味のあるところではないみたいだ」


 故郷であるはずだが、吐き捨てるようにそう言った。


「それよりも、僕が驚いたのはりんねの力だ」


 ウィラードは傍で眠るりんねを見る。規則正しい寝息を立てて、戦いなどなかったかのように穏やかな表情を浮かべている。


「力って、魔法だけじゃないぜ。その精神もだ。一体、いつからりんねは、あんなに冷静に人の命を奪えるようになったんだ?」


 それは、りんねがアバデで兵を次々と消し去っていたことを言っているのだろう。ついこの間まで、戦いを恐れていた少女とは思えなかった。


「それに、状況の判断も的確だった。町の連中なんて、聖女様なんて言って有難がってたぜ? だけど確かに、時々りんねは、ハッとする程神々しく見える時がある」


 兵を説得し、動かした彼女。怯える人々を、安心させた彼女。簡単に、人を消し去った彼女。


 ふと、自分が彼女に言った言葉が蘇る。


 ――お前が『聖女』であり、世界を救うという『正義』がある限り、その動機の下に行われた行為は、決して間違ってはいない。正義があれば、強くいられる。


 りんねは、力が増していると言っていた。冷静だったのは、誰よりも超越した力を持っていると分かっていたからかもしれない。そして、彼女に人殺しを正当化させたのは、他ならぬ自分だ。


「気になるのは、他にもある。りんねの出す光と、神威。どちらも近くで見たから思ったんだ。あの二つは、あまりにも似すぎていないか? 神聖とも思える眩いほどの光で、ものを消し去るんだぜ? 規模は全然違うが……。なあ、ウィル。僕らは何と直面しているんだろうな」


 親友の言葉を聞きながら、そっとりんねの髪を撫でる。くすぐったいのか、彼女は微かに声を発した。それを見て、少しだけ微笑んだ。

 そして、レオナードに向かって言った。


「俺のやる事は変わらない。あの時誓ったように、ただ、りんねを守る。最後まで。それだけだ」

彼らはもう後戻りできません。世界を救うために、ひたすら突っ走っていくのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 姉イブキさんのセリフと照らし合わせると…これはしんどくなりそうだな
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