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喜んでいる暇はない!

ついに神威が落ちる時。

 私は混乱していた。


 どうしてウィルが、タルール王の首を持っているの?


 周りにいるゲランのみんな、そして奴隷の人たちはただ、タルール王の死を喜んでいた。一方、アバデの兵士たちは、呆然と立ち尽くししていた。


 みんなに共通して言えることは、タルール王を討ち取った彼らが次に何を言うかということだった。

 サニギさんが声高く宣言する。


「アバデの兵らよ! これ以上の争いは無駄だ! 王は私たちゲランが討ち取った! 今よりこの町は、我がゲランの配下となる! 直ちに投降せよ!」


 それが合図だったかのように、アバデの兵たちは武器を下ろした。


 私とレオはウィルに駆け寄る。ウィルはタルール王の首をドッヂボールのボールのようにレオに放る。レオはうわっといって、それを地面にたたき落とした。

 ウィルが私に言う。


「なぜ来た、りんね」

「ウィル! 一体なにがあったんだ!? いや、それよりも聞いてくれ!」


 ウィルに間髪入れずにレオが、この町にもうすぐ神威が落ちることを説明する。

 ウィルは驚き、疑問はありそうだったが、今は避難を優先させようと納得したようだった。


 サニギさんも一転、険しい顔になる。


「街中にはまだ市民がいるわ。どうやって全員を避難させればいいの……!」


 そんなの不可能じゃないのか、そう言いたげだ。実際、戦いを終えた兵たちを即座に動かすことだって難しい。


「従わない奴は置いていけばいい」


 側で聞いていたらしい、ゲランの男の人が言った。しかし、サニギさんは首を横に振る。心なしか悲しげだった。


「……いいえ、バジ。それではダメよ! 人を切り捨ててはタルールと同じだもの。そんなことをしては、クシューに顔向けできないわ……!」

「しかし、ではどうするのです! この町の住民全てを動かす力が、たった今、王を殺したオレたちにあるわけがない! それに、タルールに従った者たちが何人死のうが知ったことか。姫様が新たな王になるのになんら障壁にはならない!」

「違うわ!」


 サニギさんが物凄い剣幕で言う。ウィルもレオも、二人の話をただ聞いていた。


「私たちは、確かにタルールが憎かった! いいえ、私は本当に憎かった。だけど、クシューが私についてきてくれたのは、憎しみからじゃない! このままでは、故郷が、大切な人たちの未来が失われてしまうと思ったからよ! なら、同じ思いを、他の人たちにさせては、同じことの繰り返しになる! クシューは、クシューは、そんなこと望んでいない!」


 バジさんは、やや困惑気味に言った。


「確かにクシュー、あいつは望んじゃいないでしょうが。……ところで、そのクシューは今どこに?」


 私は周りを見てみる。先ほどから、クシューさんの話をしているけど、確かに彼女の姿はどこにもない。


 泣きそうな顔になるサニギさんを見たバジさんの表情は、はっとして固まった。

 一瞬の静寂が流れる。



「ひとつ、方法があるならば」



 それは、ウィルの声だった。

 沈黙を破ったウィルに、皆が注目する。


「タルール王も、サニギ姫も超越する存在が、皆に向け命令すればいい」

「そんな人どこに……あ!」


 サニギさんが、ハッと私を見る。それに続くように、みんなも……。


「ふぇ?」


 それって、私!?





「聞け! 今からここに、神威が落ちる!」


 まだ騒然とする広場にバジさんの声が響く。


 先ほどとは別種の騒ぎが始まる。驚愕、混乱、絶望。ざわざわとする人々。悲鳴も聞こえる。


「静まれ! まだ時間はある! それにここには、この町を救わんといらっしゃった、聖女様もおられる!」


 人々の視線が私に注目する。アバデの兵も、ゲランの人も、奴隷として捕まっていた人たちも。


 心臓がばくばくしている。隣にいるウィルとレオを見ると、二人とも力強く頷いた。もう、やるしかない。


「み、みんな、聞いてください! 正午には、この町に神威が落ちます! だけど大丈夫。今から避難すれば、間に合います! なるべく落ち着いて、町の外へ脱出してください! 争いで亡くなってしまった人たちは可哀想だけど、自分たちを優先して! さっきまでは敵同士だったけど、憎しみも今は捨ててください! 生き残る事だけを考えて、逃げてください!」


 一気にそう言ったところで、広場の人たちが真剣に私を見ていることに気がついた。動悸がさらに加速する。つぎに、何を言えばいいの?


「王でない、ゲラン人でも、サウザン人でもないりんねだから、皆、真剣に聞く。しがらみのない、純粋な言葉だからだ」


 ウィルが私にだけ聞こえるようにそう言った。強く、温かみのある声に、勇気付けられた。

 私は続ける。


「町に残っている人にも声をかけて! 家族や友人に! 多くの人が逃げられるように! アバデの兵隊さんで、町に詳しい人はいますか!? 町中を回って、住民に声をかけてください!」


 幾人かが、手を挙げる。そして、我も我もと次々に手が挙がる。


「聖女様の言うとおりだ! 争いは終わった! 今は一人でも多く、いや、老人も子どもも全員が避難することを考えるのだ!」


 兵の一人がそう言った。彼に呼応する声も聞こえる。


「ありがとうございます……! だけど、私が空に赤い光を放ったら、それがタイムリミットだと思ってください……! それが神威が近い合図です」


 サニギさんが、続いて言う。


「ゲランの戦士、そして奴隷となっていた者たちよ! 誇り高きサウザン人! 今こそその勇敢さと慈愛を見せる時です! あなたたちは負傷者を運んで! 同胞だけじゃなくて動けないアバデの兵も同様によ! 敵はもはや町中にはいない! いるのは同じ国の民です! 息のある者は、誰一人として取り残さないで!」


 おう! と返事をする人たち。皆めいめいに動き始めた。後は、全員が避難できるように待つだけだ。


 私はサニギさんに言った。


「神威が落ちるのは、正午。あと、一時間と少しほどしかないから、私はギリギリまでここに残る」

「ゲランの民で手が空いてるのは誘導に回すわ。私も残ります。責任がありますもの。バジ、あなたは」

「オレも、残ります」

「いいえ、あなたはクシューをお願い」


 バジさんは短く同意の返事をした。先ほどから感じる違和感を口に出した。


「ねえ、クシューさんはどうしたの?」


 レオも辺りを見回すが、彼女の姿は見つけられない。バジさんは、黒い物体の前でしゃがみ込んでいるカイの側に行く。カイは、泣いていた。


 嘘。


「クシューは死んだ。あれほど勇敢な死を、俺は知らない」


 ウィルが言った。

 バジさんが、カイに何か声をかけていた。そして、その黒い遺体に、上着をかぶせ包み込むと抱え上げた。

 私は衝撃を受けている。これは戦いで、だから人が死ぬ。当たり前だけど、信じたくはない。私も人を殺した。それに心は痛まない。クシューさんに抱くこの悲しみは、あるいは身勝手なエゴなのだろうか。



 町の人々は、それほどの混乱もなく、落ち着いて避難して行く。神威が来るとは知らされずに、反乱を制圧したものの念のため、という嘘をついた。


「こうも素直にりんねに従うところを見ると、アバデの兵たちも町の奴らもタルール王にさほどの未練はないようだね」

「タルール王がどのような人物か俺も聞いている。皆、思うところがあったのだろう」


 こんな時でも二人は冷静に会話をしている。

 私は人々が避難し終わるのを待っていた。


 そして、その瞬間がやってきた。


「聖女様! 住民は皆、町の外へ避難しました! 順に近くの軍の拠点に避難させているところです」

「わかりました。ありがとう、あなたも外へ」


 みんな、少なくとも町の外へ出たのだ。一時間ほどの、素早い行動だった。まだ神威までには時間がある。赤い光すら、空に放つ必要はない。それでも私はそれを放った。


 この戦いに、終わりを告げたかったのだ。


「僕らも出よう」


 レオの一言で、私たちも町から脱出することにした。




「神威から逃れたとして、その後はどうする」


 閑散とした町中を馬で駆けながらウィルが聞いてきた。私はその背中に掴まりながら乗っている。


 ウィルが言おうとしていることは分かる。神威の後、大量の魔物が現れることだ。マールの町では間一髪、イグリスさんがきてくれたから助かったけど、ここでは期待できそうにない。


「俺とレオ、それに兵士達もそれなりに戦えるだろうが、限度がある。魔物が襲って来る前に全員なるべく遠くに行かせるしかないか」


 最後は独り言のようになる。だけど私はある確信があった。


「大丈夫。私、前よりも力が強くなっているの。だから、神威から逃れられたら、私の力で魔物を全て消す」


 そう伝えると、ウィルは黙った。後ろだから、どんな顔をしているのかは分からない。


「りんねもアバデの兵を倒したそうだな。お前がそんな……」


 その声音は少し悲しそうだ。しかし、「いや」と言うと、別のことを言った。


「お前が来てくれて助かった。頼んだぞ、りんね」


 ウィルにそう言われると、なんだか落ち着かない。心臓がどきどきするのは、まだ先ほどの興奮が残っているからだろうか。それとも……


 町を出て、草原にたどり着いたところで、私たちは立ち止まった。ウィル、レオ、サニギさんにバジさんとカイが合流する。


 人々の列の最後尾が見える。アバデの城壁とは十分な距離がある。大丈夫、みんな無事だ。


 そこで、声が聞こえた。


「見届けようと思います」


 サニギさんが力強い表情で立っていた。


「アバデの最後を、見届けます」


 太陽が、空の真上に昇る。


「来る」


 私は呟く。


 そして、



 ――ピリ



 空気が揺れる。一瞬のことだった。





 ドゴオォォオオオオオオオオ




 大地を揺るがす轟音。眩しいほどの巨大な光の柱。

 それはやはり、圧倒的な光景だった。誰かが息を飲む気配がした。



 人々の悲鳴が聞こえる。恐怖、恐怖、恐怖……。



 私は後ろを振り返り、みんなに聞こえるくらいの大声を出した。


「みんな、怖がらないで。大丈夫、絶対に私が守るから! みんなの命も、大切な人の命も! だから、安心して。心配することなんて、一つもないから!」


 不思議とみんな聞いてくれる。


「聖女様だ……! あのお姿は、聖女様だ!!」


 群衆の誰かがそう言う。それがきっかけかのように、次々と声が聞こえた。


「ああ、聖女様が助けてくださる!」

「我々は助かるんだ!」

「聖女様! ああ、なんと神々しい……!」



「りんね……! 来るぞ!」


 ウィルの声。

 

 アバデの町は跡形もなく消えさり、ぽっかりと真っ黒な穴が空いている。そしてそこから、黒々した者たちが這い上がって来る。魔物達だ。


「ひっ……!」


 サニギさんが、悲鳴にならない声を上げる。

 私は魔物達に向かって両手をかざして目を閉じた。


 ――闇。


 

 大丈夫、私はやれる。

 みんなを、救うんだ。



 お姉ちゃん、力を貸して。



 

 ……いいわよ、りんねちゃん。




 私は目を開ける。それが空耳でも構わない。お姉ちゃんの存在を感じられれば、私は力が湧いて来る。


 こちらに続々と向かって来る魔物。ウィルとレオが気遣わしげに私を見るのがわかった。でも、大丈夫。



「魔物よ」


 私は両手に魔法を込める。


「元の闇に消え去るがいいッ!!」


 そう言って、両手から今までの魔法とは比べ物にならないくらいの光を放った。



 ――消え去れ!!



 光は草原を駆け抜け、魔物達を、そしてアバデを包み込んで……。


 やがて光が消えた時、魔物もまた、跡形もなく全て消えていた。



 私は安堵し、そして、ふっと視界が暗くなった。

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