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勇敢なるゲランの戦士へ

前のお話の少しだけ前の時間のお話です。

 王宮に既にタルールの姿がないと知ったウィラードとクシューの動きは速かった。

 即座に悲鳴の聞こえる広場に向かう。地獄のような絶叫に、そこにタルールがいると確信する。


「タルールの性格なら、自分の手で反乱を起こしたやつを葬り去りに行くはずだ! くそ、ゲランの皆が危ない!」


 クシューの焦った声を、ウィラードは隣で走りながら聞いていた。彼女は本当に民を心配しているようだ。


 広場にはやはりタルールがいた。最も王宮から出てすぐに火柱は確認できたため、そこに王がいるのは分かってはいた。


 二人が出たのは、タルールの後方だ。皮肉なことに王自身が火柱により人を殲滅させたため、彼へと続く道はできていた。

 そして、タルールは前方にある何かを凝視し動きを止めていた。後方にいる二人には気がつかない。


(なにを見ている?)


 そのときタルールが見ていたのはりんねの姿だったのだが、ウィラードからはその視線の先に何があるのか確認できない。


 しかし、向かってくる一騎には気がついた。乗っているのは知っている女で、やっと得られた復讐の機会にギラギラと瞳を輝かせていた。

 それに気づいた隣のクシューが悲鳴をあげる。


「サニギ様! どうして!」


 サニギは剣を抜き、まっすぐにタルールに向かっていく。一方のタルールは、不適な笑みを崩さない。

 二人の距離は縮まっていく。


 クシューが後方から走り出る。


(まずい、サニギは死ぬぞ!)


 ウィラードとて、黙って見ていたわけではない。迅速にタルールに向かっていく。

 しかし、クシューも彼も、サニギがタルールの前にたどり着くよりも遅いだろう。そしてサニギは死ぬ。タルールの炎によって。



 ◇



 愚かな女だと、タルールは思った。

 サニギを領民の前でなぶり殺してやろう。二度と刃向かう気力も失せるほどに。



 ◇



 今こそ仇を、とサニギは思った。

 ようやく、父の無念を晴らせることができる。その後の国のことなんて、考える余裕はなかった。



 ◇



 その時、クシューの瞳にある一人のゲランの戦士の姿が見えた。そして、すぐ側の異国の騎士団長の存在を感じる。


(上手くいく! 姫様が助かる!)


 瞬時にそう判断し、絶叫した。


「タルール! お前の相手はこっちだああああ!」


 復讐劇など、もうどうでもよい。あの人をここで死なせてはいけない。ただ、その一心だった。


 タルールは振り返る。そして、クシューめがけて炎を放った。彼女はそれを真正面から食らった。

 巨大な炎が彼女の体を飲み込んだ。そして一帯が恐ろしい熱さになる。クシューは、自分の死を感じた。しかし、心は満足だった。



 ◇



「クシュー!」

 

 ウィラードは叫んだ。

 炎の後には煙が立つ。



 ◇



 その時、皆がそれぞれの方向を見ていた。

 

 ウィラードはクシューを、クシューはサニギを、サニギはタルールを、そしてタルールはウィラードを。


 ――だから、足下の小さなほころびに気がつかなかった。


 タルールが素早く向きを変え、サニギに向かって炎を放つその間際、密かに忍び寄っていた小さなゲランの戦士が彼の足に剣を突き刺したのだ。


「くそおおおおお!」


 小さな戦士、カイは泣いていた。クシューとカイは目が合っていた。クシューはカイを信じることにしたのだ。自分の命を投げ出して。


 瞬間、タルールは驚き動きを止めた。そしてウィラードはその隙を見逃さなかった。


 その背に追いつくと、剣を突き刺した。タルールの口から血が噴き出す。自分を刺す覆面の男を睨み付ける。

 自分を殺す者が何者かと考えているようだが、彼が知るはずもない。会ったことすらないのだから。


 サニギはようやくタルールに追いつくと言った。


「ここまでよ、愚かな王」


 そして、その剣でタルールの首を跳ね飛ばした。タルールは最後まで抵抗を見せるが如く目を見開いていた。しかし、体から首が切り離されると、遂にその力を失ったようである。


 血しぶきが舞い、体が崩れ落ちた。


 ――ついに、復讐はなったのだ。

 しかし、失ったものはあまりにも大きい。


 煙が辺りを包み込み、周囲から見ればタルールの勝利のように見えただろう。アバデの兵らの歓声が聞こえる。



 黙ってカイが、空に向かって赤い光を放った。

 それはレオナードと約束した合図だった。戦いには勝った。

 今、助けはいらない。でも、カイは助けて欲しかった。


 大好きな人が、死んでしまったからだ。


 クシューはいつも強かった。カイにとっては目標だった。クシューはいつも優しかった。カイはいつか、彼女を守りたいと思うようになっていた。


 でも、カイは守れなかった。クシューの命よりも、ゲランの復讐を優先した。その事実は、カイの心に永遠に残り続けるだろう。


 黒くなった、大好きな人に近寄る。もう既に、息はなかった。




 

 ウィラードは、転がったタルールの首を拾う。王の体は力なくその場に転がっており、赤い水たまりを作っている。もはや栄光はどこにもない。


 煙が晴れ、全てが露わになったとき、王を討ったと知ったゲランの民、そして虐げられてきた奴隷たちが歓声をあげるのが分かった。


 しかし、歓声の中心の自分たちに喜んでいる者はいなかった。ウィラードはやりきれない思いを抱えていた。


 視線の先に、ふとレオナードと一緒にいるりんねの姿が見えた。

 りんねは、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

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