反逆者たち
この場に野営して、そう時間は経ってないらしく、テントの下敷きの草が真新しかった。
女が入ったのは一番大きなテントの中だ。二人も続いて中に入る。既に、十人程度の男達がいて、二人をギロッと睨んだ。
女に促されるままに座り、座るなりウィラードが先手を打った。
「俺たちに何の用だ」
「洞窟を出て、あんた達の顔を見たら見覚えがあった。
三年前、国境が変わった時のあの戦争にいただろう。バルトの軍で、えらい強かったからよく覚えているよ。アタシもあの戦争にいたんだ。仲間が何人も殺されたからな」
「だからなんだ? 今、エルドール対サウザンの延長戦でもやるか? もっとも、あの時と同様負ける気はせんが」
ウィラードが放った言葉は、彼らを怒らせるに効果的だったようだ。怒号が飛び交い、何人かは立ち上がった。
「やめろお前たち!」
女がドスのきいた声で諌める。本当にこの女がリーダーのようだ。
「お前も、そんなに喧嘩腰では困るなぁ。お前達二人は、これからアタシの協力者になるというのに」
「ああ? なんのだ」
ウィラードは分からない様子だったが、レオナードは思い至る。先ほどのこの女の言葉、少年が言った「ゲランの子」という意味。
「まさか、タルール王を討つつもりか」
レオナードが呟くと、女はハッと驚いた顔になった後に苦笑いのような表情になった。
「金髪の方は理解が早くて助かるよ。黒髪の馬鹿と違ってな」
理解不能、という顔をしているウィラードを置いて、レオナードは女に話しかける。
「先ほど、あなたはガン・ダーバがタルール王に殺されたとおっしゃいましたね。ガン・ダーバの領地、ゲランの民のあなた方はその復讐をしようとしているのですか?」
「そうだ」
瞬間、ウィラードの顔は酷く険しくなる。
「失敗すればゲランの領民は全員粛清されるぞ」
「失敗はしない。お前達が協力すればな」
「俺たちはそんな事はせん」
「するさ」
女はそう言って笑った。
「聖女様の命は、アタシが握っているからな。」
ぴん、と空気が張り詰めた。
レオナードの背にも冷たい汗が伝う。
(聖女という言葉は、今まで使っていない。なら、なぜこの女が知り得るんだ?)
「一週間と少し前に、妙な噂が流れてな? エルドールの魔法使いどもが、聖女を召喚した。立ち会ったのは、バルトの手の者だと」
「なんの話だ。聖女など、カビの生えた伝説をまさか信じているのか?」
ウィラードが即座に否定する。しかし、
「信じるとも。アタシはこの目で聖女の力を見たんだ、それにあのお嬢ちゃんの姿」
女が言っているのはりんねの見た目に違いない。白銀の髪、金色の目。だが、なぜ聖女だと断言できる?
話を聞きながら、レオナードは考えていた。こんな場所に野営をしているのはなぜか。あの洞窟をなぜ使う。
「まさか」
そうか、いや、だが。
「エルドールに支援者がいるのですね?」
「へえ」
女の目がぎらりと光った。
間違いない。にっくきサウザンの王が亡くなれば、得をするのはエルドールだ。エルドールに近いこの地に拠点を築いているということは、武器や金を支援する者エルドール側にいるのだ。
「バルト将軍、でしょうか」
周囲の男達が騒ついた。
(ああ、図星か)
だからこんな国境付近に潜伏しているのだ。バルトの城に近い。バルトから逃げたと思ったのに、再びその陰に怯えることになるとは。
「はん。鋭いね」
女は素直に認める。
「あんた達はバルトと訳ありか?
バルトの腹心、栄光の騎士二人があんな場所を、少女を連れて密入国しようとしてるなんてな。あの道は、確かにアタシ達がエルドールに抜ける道として見つけたんだ。だが安心しな、バルトにはまだバレちゃいない」
リーダーだけあって、この女も中々少し察しが早い。ウィラードが女に言う。
「バルトに利用されているだけだ。お前達が失敗しても成功してもあの男の得になる」
「そんな事は分かっている! だが、もう後には引けないんだ!」
ウィラードの言葉に女が初めて声を荒げた。
レオナードは思う。
(もうゲランの民には余裕がないんだ。仇敵であるバルトの支援にすがるほど、突然現れた僕たちに頼るほどに。切羽詰まった奴らは恐ろしい)
手段を選ばない奴等ほど、厄介な者はいない。
ウィラードは続ける。
「いいや、お前達はもう一度考え直すべきだ。タルール王を殺すのに失敗すれば、ゲランの民は滅びる。王に殺されるだろう。しかし、例え成功したとしても、王亡き後、国は崩壊するぞ」
その通りだとレオナードも頷く。
サウザンは、元々六つあった国が一人の王によってまとめ上げられた地だ。
以来、王の指名により、次の実力者が王となっている。だがその実、地方により制度も人種も異なっている。地方の境では、今も争いがある。
もし、まとめる王がいなくなれば、国は再び六つに割れさらなる戦火が襲うだろう。
出身であるレオナードにはそれが痛いほどよくわかっていた。
「それでも構わない! 我々の誇りを踏みにじられて、黙っていられるか!」
女が叫ぶ。周囲もそうだそうだと同調する。しかし、ウィラードもまた頑なだった。
「国も民も顧みない、己の我が儘だけに従い滅ぼそうとするなど愚かなことだ。そんなものに俺たちは協力しない。何が誇りだ。ただの癇癪だろうが」
「いや、させてやる! 協力すればお前達をバルトから隠してやるよ。しなければ、その逆だ。バルトにお前たちのことを話す」
弱いな、とレオナードは思った。そんなもので、この堅物は靡かない。
しかし、女は顔を歪めて笑った。
「それに、言っただろ? 聖女の命はアタシが握っているって」
その手には、液体の入った小瓶が握られている。
(何の液体だ……?)
嫌な予感がした。
「聖女に毒を飲ませた。
一定期間に解毒剤を飲ませなきゃ死ぬ。そして解毒剤の隠し場所を知っているのは、このアタシだけだ」
またしても、バルトの存在がちらつきます。




