しつこいぞ! ダークウルフめ!
私たちは山の中を歩いていた。
川に流されたのはダークウルフの追跡からも逃れることが出来たらしく、町から出ても襲われることはなかった。
それにしても……山の中を歩き続けるのは、かなり疲れる。
町を出て今日で二日目だったけど、足はもうパンパンだ。地元の山を小学校の時の遠足でしか登ったことのない私には、本格的な山登りはかなりしんどい。あの時は、朱雀が助けてくれたっけ。
二人の方はというと、どちらも涼しい顔してすいすい登って行くのだ。足に電動モーターでも付いているんじゃなかろうか。
ああ、お風呂に入りたい。ふかふかのベッドで寝たい。願わくば、そのまま昼過ぎまで寝ていたい。
今日もまた、土の上に適当に毛布を敷いての野宿。疲れなんて取れるわけない。
それはそれは見事な星空の下、私たちは火を囲んでいた。レオは地図を広げウィルとあーだこーだ話している。
チラッと見るとこのあたり一帯の地図のようで、山の名前や大まかな地形が描かれている。
そう言えば前にマールのお城でレオが世界地図を見せてくれたっけ。かなり正確な地図だったと思う。
今更ながら、この世界の文明ってどのくらい発達しているんだろうか。
日本で初めてほぼ正確な地図が作られたのは江戸時代だっけ? なら、この世界もそのくらい? 携帯もないし、パソコンもテレビもない。移動手段は徒歩か馬。移動の魔法の技術は隠されていて限られた人しか恩恵を受けていない。
お姉ちゃんの日記を読む限りでは、千年前もあまり文明に差はないみたいだ。魔法があるんだから、地球よりももっと発達した世界になりそうだけど、現実はそうもいかないらしい。
そんな事を考えながらうつらうつらし始めた私だったが、二人の声にハッとした。
「やっぱり、洞窟を通ったほうがいい」
「いや、危険だ。何が起こるか分からん。お前がそこを通ったのは何年前だ? 今も安全かは分からないだろう。地形も変わっている可能性がある。地図に載っていない道だろう」
「馬鹿を言え。地図に載ってる道を通るんじゃ意味がないだろ。あそこは天然の洞窟で知ってる奴はまずいないと断言するね。それに、思ったより時間を食っちまってる。このままだとバルト兵か犬どもに気づかれるぜ」
二人はヒートアップしているようだ。
「洞窟?」
私が顔を上げたのに気がついてか、レオが言う。
「それに、洞窟を抜ければすぐサウザンだ。一日もあれば抜けられるし、抜けた先に、小さな町がある。宿屋があるから、風呂もベッドも美味しいご飯も食べられるさ」
お風呂! ベッド! 美味しいご飯!
「行く! 洞窟、通ろう!」
私は強く同意する。「決まりだね」レオが勝利宣言をした。ウィルはため息をつく。
「レオ、お前は悪い奴だ」
こうして、明日の行程が決まったのだった。
「ほら、こうやって、こう」
「こうやって、こう?」
ポゥッと私の手のひらからゴルフボールほどの光の玉が現れた。レオはそれをランプに押し込める。
「中々上手じゃないか。才能のある子に教えるのは楽しいよ」
私は時々、こうやって魔法を教わる。やり方もそうだし、それをどうやって生活に役立てるかについても、レオはいい先生だった。
ランプを持つレオが、洞窟内部を照らす。入り口は人ひとりがようやく通れるくらい小さかったが、中はそれなりの広さを持っている。
「レオは通ったことあるのよね?」
昨晩の会話を思い出しながら、私は尋ねる。
「子供の頃、ここを抜けてエルドールに来たんだ」
「レオは元々、サウザンの人間なんだ」
へえ! ウィルの言葉に私は素直に驚く。
「じゃあレオは、外国人なんだ」
「まあね。リアド王は優秀な人間なら国籍は問わず重用したから。エルドールはだから大国になれたとも言えるけど。昔と変わってなきゃ、道は分かるよ。こっちだ」
子供の頃に、こんな洞窟を抜けてきたなんてすごい。
レオって、実はかなり謎だ。見た目は王子様で、猫を被ってると本当に類稀なる紳士に見える。だけど、実は言葉遣いは悪いし、かなりしたたかだ。
そんな事を考えながらレオの横顔を見ていたら、ガッと躓いてしまった。あわや転倒、と思ったが、倒れる前に隣にいたレオが支えてくれた。
「僕に見惚れるのは仕方ないけど、足元にも注意してね」
言い返そうとした時に、「ほら」と地面を照らされる。確かに足を取られそうなでこぼこした岩面だった。
「注意深く進んで行こう。足元も頭上もそうだが、レオが通った時はいなかったとはいえ、魔物がいるかも分からん」
近頃、魔物の数は格段に増えたからな、とウィルが言った。
しばらく、洞窟の中を進んで行く。狭くなっている場所や、急な段差がある。分かれ道はいくつもあり、蟻の巣のように入り組んでいた。
「泥の跡があるな」
ポツリとウィルが呟いた。
たまにコウモリのような小さな魔物がいたが、私たちを見て逃げて行く。自分たちよりも強い奴は襲わない、とウィルが教えてくれた。
ランプの光は30分ほどで弱まるので、その度に私は新しい光を作った。
レオは流石だった。
分かれ道があったが迷う事なく進んで行く。いざという時の為に、目印をつけておいたんだ、と照れ臭そうに教えてくれた。
見ると確かに、赤いインクでばつ印が付いていた。頭が回るのは昔からだったみたいだ。
しかし、とある分かれ道に差し掛かったところで、急に立ち止まった。
「どうした?」
「参ったな。印を付け忘れたみたいだ」
道は二つに分かれていて、どちらに進めばいいか分からない。
「先に片方へ行って、ダメだったら戻ってきたら?」
私の提案にウィルが渋い顔をしてみせた。
「進んだ先に更に道があるかもしれない。迷ったらそれこそ出られんぞ」
「まあ、そうだけど。他にいい方法ある?」
と、這いつくばってなにかを調べていたレオが驚いた声を出した。
「おい二人とも! 見てみろよ!」
道の片方の下方を照らす。そこには、白い字で小さい模様が描かれていた。「○」と。
その模様を確認した後、ウィルの顔がいつにも増して険しくなった。
「まだ新しいな。他にもここを使ってる奴らがいるらしい」
「奴ら?」
言い方が気になって、尋ねる。
「通り道に、泥の跡が付いていたからな。複数の人間が通った形跡がある」
害をなす奴らでないと良いが、とウィルは付け足す。
「気を引き締めて行こう」
ウィルがそう言った瞬間だった。
――ヴヴゥー
低い犬の唸り声がした。
「まさか! 早すぎる!」
レオが弓を構えたので、ランプが床に落ちる。光が消え、辺りは闇に包まれた。
暗闇からギラギラと光る眼がいくつも現れる。
私は光を洞窟の天井に向けて放った。内部が眩く照らされる。黒い塊が蠢いているのがはっきりと見えた。
「ダークウルフ!」
「しつこい奴らだ!」
ウィルが剣を抜く。レオは弓を。二人が私を守ろうと私の前に立つ。でも私は、
「二人とも、下がって!」
できる気がする。両手を前にかざす。ダークウルフ達が飛びかかる。
今だ! 敵を滅ぼす、あの光を!
だけど、
「あれ?」
前と同じようにしたつもりだったけど、光は放たれない。
「出ないじゃないか!」
レオが矢を食らわせる。「ギャン!」と魔物が叫び、倒れた。
「りんね! 下がれ!」
ウィルが私の体を後方に引っ張る。また守られるだけなんて嫌だ!
なら、代わりに、
「炎よ!」
私の手から炎が放たれ、ダークウルフ達の足元に広がる。やや怯んだようだ。
「逃げるぞ!」
「くそ、またこれか!」
どちらかが、私の手を掴む。だけど私はそれを振り払った。リリーナの顔が浮かぶ。
もう、逃げたくない。私を守り、誰かが傷つくのはもう嫌だ。
集中する。できるはずだ。二回、成功させているんだもの。
ダークウルフ達が炎から抜け出し、再び飛びかかってくる。
集中、集中……。
瞬間、周りの動きがゆっくりになった。音が遠ざかる。
深い闇。
……りんねちゃん。
お姉ちゃんの声がする。
りんねちゃん。
聖なる光をイメージするの。
聖なる光? それって、どんな?
神威を、思い出して。
神威、マールを焼き尽くしたあの光。
恐ろしく、神々しいあの光。
カッと私は目を開ける。この体験は一瞬の間に起こったことみたいで、ダークウルフ達の爪はまだ届かない。
「消し飛べ!」
瞬間、私の手からまばゆい光が放たれた。それはダークウルフ達を包み込み、そして、灰にした。
できた。私は、自分の意思で、あの光を放つことができたのだ。




