ここはどこ? 私は聖女。
そして来たのは、この異世界。
ああ。死んだ。天国が見える。
初めに見えた青空に、ぼんやりと、そんなことを思った気がする。
空を見ていたので、自分が寝転がっていることに気がついた。周りがざわざわと騒がしかった。
起き上がると、周りを沢山の人が取り囲んでいるのに気づいた。みんな、驚愕したような表情を浮かべて私を見ている。
私がいるのは白い大理石ような円形のちょうど中心で、奇妙な幾何学模様が描かれていた。それを囲むように人々は立っている。
「まさか……!」
「本当に」
「せいじょさま」
車に轢かれた衝撃のせいか言葉が断片的にしか聞こえない。
天国には人が沢山いるんだな。毎日沢山死ぬんだから当然か。ぼんやりとした考えが浮かんでは消えていく。
私を取り囲む人たちの姿は奇妙だった。
ファンタジー映画に出てくる魔法使いの様なローブを着ている人が十人はいるだろうか。その周りには、外国の古い絵で見るような農民の格好をした人々がたっている。
皆に共通して言えることは、驚きの表情で顔を見合わせていることだった。
天国には、てっきり三途の川があると思っていたけど、案外、西洋ファンタジー風なのか。ローブたちは、もしかすると天国の水先案内人かもしれない。これから閻魔様のところに連れて行かれるのだろうか。
とりとめもない思考の中に、ひとつだけ、はっきりと浮かんだことがある。
私、本当に死んだんだ。
そんな私を魔法使いたちはオロオロしながら見ている。
と、
「おい! ジイさんども、くだらねえ儀式は終わったのか!?」
突然、はっきりとした力強い男の声が聞こえた。
驚いて声のした方に目を向けると、そこだけ人々が割れていくのが見えた。
「毎年毎年わざわざ呼び出して、飽きもせず聖女召喚の儀式だなんだとやりやがって。聖女なんて現れたことねぇんだから騎士団はいなくったっていいだろうが!」
大声を出しながら現れたのは、背が高く、短めの黒髪の若い男だった。がたいがよく、騎士の恰好をしてマントを羽織っていた。コスプレのまま死んだ人だろうか?
「い、いや、それがですな」
魔法使いの一人が男に声をかけた時だった。
コスプレ男と私の目が合う。男の切れ長の目が見開かれる。
魔法使いが困ったように男に伝えた。
「現れたのです、ウィラード様」
「ああ!?」
ウィラードと呼ばれた男は、なおも私を凝視する。
そして信じられないような口ぶりで呟いた。
「聖女……!」
聖女!? 何それ!?
一瞬、よく読んでいたWEB小説が頭をよぎる。
もしや、私も異世界で聖女になったのか!? 悪役令嬢ではなく!?
ばかげた考えを慌てて打ち消す。朱雀がいたら笑われそうだ。「そんな非現実的な事あるわけねーだろ!」という風に。
何も言えずにいると、私の前に来てそいつはなんと跪いたのだ。
「ちょ、ちょっ、ちょっ」
驚いていると黒髪が言った。
「ようこそ我が国エルドールへ、聖女様」
「せ、聖女様って……」
やっぱり聞き間違いじゃなさそうだ。確かにこの人は、私を聖女様と呼んでいるし、跪くその姿と表情は真剣そのものだった。
ええーい! こうなったらヤケクソだ!
私は勇気を出して、目の前の男に聞いた。
「あの、ここって天国ですよね? 聖女様ってなんのことだか……」
その言葉にギロリと黒髪が睨みつけてくる。
「あ?」
「ひぇぇ」
威嚇のようなその態度に、なおも尋ねる勇気は出ない。
「おい、偽物じゃねえのか」
「な、なにがでしょうか……?」
それが、私と、この騎士との出会いだった。
*
そして、言われるがままウィラード、と呼ばれていた怖い騎士の屋敷に連れて行かれることになった。「聖女が現れたらそういう手はずになってるんだ」と、嫌そうに彼が呟いたので、私は少しむっとした。
彼のお屋敷は先ほどいた場所からほど近くにあった。私とお母さんが暮らすあのアパートの部屋が、すくなくとも十個は入るのではないだろうか。
しかもここに一人で住んでいるらしい。案内されたのは応接室で、これまた豪華な家具が並んでいた。そこに、ウィラードと向かい合って座る。
こんなでかい男と密室で二人きりなんて緊張するし、横柄な態度が嫌だったが、彼の使用人だという女の子(これがかなりの美少女で思わず凝視してしまった)が紅茶を運びがてら同席してくれたので少しは安心した。
「何から話すか」ウィラードはそういってから尋ねた。
「お前は何故自分がここにいるのか知っているのか」
首を横に振る。知るわけがない。
ウィラードは(偉そうにも)軽く舌打ちをして話し始めた。
「まず……この世界は終焉の危機に瀕している」
「終焉?」
「滅びつつあるんだ。もう、人の手では止めることすらできない」
「滅びつつある? どうして?」
意図をわかりかねて再び質問をする。
「恐ろしい災害がこの世界を襲っている。俺たちはその災害を、大いなる神の一撃として、『神威』と呼んでいるのだが……」
「かむい?」
「ああ。見た目は雷に似ているという。
だが、比べ物にならない。神威は大都市一つ、余裕で覆ってしまえるほど巨大な光の柱だ。
そして、その天からの閃光を食らった町は、ちりひとつ残らないほど燃え尽きる。目撃した者の話だと、一瞬の出来事で、何の前触れもなく、神威は起こったらしい。
今のままだと、この国が滅ぶのも時間の問題だ。放っておけば、神威は必ずエルドールにも落ちる。なぜだか、大都市ばかり狙ったように起こるから。
だが、それを止める手立てはない、その時を待つしかないんだ。少なくとも今の俺たちには」
そういって、私を意味ありげに見る。
説明を聞くと、地震や台風とも違う、全く別の災害のようだった。
「神威っていうのは、天災みたいなものってことですか?」
私の質問に彼は深く頷いた。だけど、疑問はまだある。
それと私に何の関係があるの? ということだ。
嫌な予感に心を落ち着かせようと、差し出された紅茶を一口飲む。そして、そのあまりの美味しさに驚いた。
それを待って、ウィラードは告げた。
「お前はそれを防ぐ力を持っている」
「ブフッ!」
思わず紅茶を吹き出す。使用人の美少女が、黙ってハンカチを差し出してくれた。
ウィラードには軽蔑の視線を向けられたが、構っていられない。
「ど、ど、どうして!?」
もちろん私にそんな力はない。だって平々凡々な女子高生だもの。
「お前が世界を救うために召喚された聖女だからだ」
横柄な騎士は事も無げにいう。
そう言われましても……!
「そんな力、ないよ!」
私の頭はまたひどく混乱した。
ウィラードはまた言う。
「聖典では、千年前にも同じ災害があったと言い伝えられている。その時に現れたのが異世界からの『聖女様』だ。聖女は神威を止め、この世界を救ったと言われている」
「え、そんな昔にも……」
その聖女はどこから来て、どうやってその災害を止めたのだろうか? 想像すらできなかった。
思わず考え込み黙っていると、ウィラードが続けた。
「あくまで伝説だ。誰も信じちゃいなかったが、魔法使いのジイさんどもはそれでも毎年聖女を呼ぶ儀式を続けていたんだ。しかし、まさか本当に……」
ウィラードはじっと私の様子を見た。美少女が気遣わしげな視線を送ってくる。
でも、そんなのって! 私に沸いたのは理不尽なことに対する怒りだった。
冗談じゃない! わけもわからないこんな場所に来て、急に聖女だから災害を止めろだなんて!
「私は知らない! 災害の止め方なんて……! 死んでないなら家に帰りたい!」
立ち上がって、喚く。
私の渾身の叫びに、しかし、二人は顔を見合わせて困ったように答えない。
沈黙を破ったのはウィラードで、それもひどく気まずそうだった。
「それは、できない」
その言葉に、絶望を覚える。
「なんで……」
「国に伝わるのは召喚の儀式だ。帰還の儀式は聞いた事もない」
「そ、そんな……」
絶句してしまう。
「明日、王と会ってみろ。なにか糸口が見つかるかも知れん」
私は、従うほかなかった。