異世界の神様は、やっぱり変だった
目が覚めると、まだ日が昇り始めたばかりだった。
昨日、あまりにも沢山のことが起こりすぎて、整理するのがやっとだ。
気分は最悪だった。
だけどゆっくりしている時間はない。今日、リリーナを埋葬した後、すぐに発つ予定だった。
教会の祭壇のある部屋に行くと、既に二人は起きていたらしく、何やら前方の席で話していたが、私に気づくとレオが手招きした。
促されるまま、二人の側に座る。
「ほら、りんね。天地創造の神シューナだ」
レオが指差す祭壇には、多分この世界の神様が文字通り浮かんでいた。
それは、私の目にはかなり変に見える。普通、神様って人間みたいな形じゃない?
でもそれは、
「この、変な黒い月みたいな丸いのが神様なの?」
そう、そこにあったのは、丸い、黒い球体だった。
これも魔法なのか、空中に浮かんでいる。表面は月のクレーターのようにボコボコとしていた。
私の答えに、レオは吹き出し、ウィルは呆れたように片眉を上げた。
「ははっ、そう、言われてみれば、変なのかも。
だけどこれが、僕らの神様だ。はるか昔、神話の時代、太陽の化身シューナがこの世界を創造したと言われている。もちろん人もそうだ」
言われて、再び球体を見る。
月じゃなくて太陽か、そういえば、昔お姉ちゃんがそんな絵を描いていたっけ。
 
いや、これが神様? やっぱり変なの。
「二人は信じてるの?」
「僕は信じちゃいないよ、ウィルは信じてるけどね」
「子供の頃から教会に通わされていただけだ。信仰は否定しないが、盲目的に信じてるわけじゃない」
まあ、私もいつも神様を信じてる訳じゃないけど、お正月は神社に行くし、困った時の神頼みはする。
教会を見渡す。かなり質素な教会だと思う。白い天井には雨漏りの跡があるが、全体的に清潔な感じがするのは、あの神官のおじいちゃんが丁寧に掃除をしているからだろう。
飾られているいくつかの絵はきっとこの世界の神話を描いたものだろう。
「ほら、あの、窓の近くの絵」
そのうちの一枚の絵を、レオが指差した。
白い服を着た女性と、それを囲む四人の男性が描かれていた。
背景には、太陽の化身シューナがいる。
女性は母性溢れる笑みを浮かべ、男性たちは彼女を守るように、剣や弓、魔法使いだろうか、杖を構えていた。
「聖女イブキと愉快な仲間たちだ」
「え!」
思わずじっとその絵を見る。
絵の女性は、確かに白銀の髪と金色の目をしていた。そして、右上に何かあるかのように見つめ、口元には微笑みを携えている。
モナリザみたい。っていうか、
「お姉ちゃんにはぜんぜん似てないよっ!」
「やっぱりそうなのか。まあ、得てしてそういうものか」
はははっと笑うレオを無視して、ウィルが律儀にも説明してくれた。
聖女イブキもまた、この世界の信仰の対象なのだという。この教会は、太陽の化身シューナを祀ったものだが、聖女を崇める教会もあるらしい。
お姉ちゃん、すごい。
絵の通り、彼女には四人の仲間がいた。
一番強そうな筋肉隆々なのがゾイドという戦士、大鷹を肩に乗せたのがバレンシャンという獣使い、剣を持っているのがレオナードという剣士、
「レオナード? レオと同じ名前ね」
ウィルの説明を中断する。レオはふふ、と笑った。
「同じ、っていうか、あやかったんだ。
エルドール建国の聖人にして、偉大なる剣士の名だ。僕に名前を付けた奴は、そうとうなロマンチストだと見える」
「素敵なご両親ね」
「両親じゃないけどね」
気まずそうに咳払いをしたウィルは、そのまま黙ってしまったので、レオに最後の聖人について教えてもらう。
だけど、次に聞いた名前に更に驚いた。
「杖を持っているのが、大魔法使いサイフリートだ」
「サ、サイフリート?」
それって、あの人と同じ名前だ。初めは図書館で、次は地下で出会った、謎多き男性。あの人も伝説の人物にあやかったのだろうか。
ウィルが私の反応を待っていたかのように口を開いた。
「お前が会ったという人物は、このサイフリートか?」
「ふぇ?」
ウィルってば、何言ってんの?
絵のサイフリートは千年前の人で、私が会ったサイフリートは現代の人だ。一緒な訳がないでしょう……。
そう思いつつも私は絵をより一層見てみる。水色の長い髪、端正に描かれた顔。
似てなくはないけど……。そっくりって訳じゃない。
「なんとも、わかんないよ」
「おや、皆さん、朝が早いのぅ」
神官のおじいちゃんが来たので、話はそこで終わりになった。
リリーナの葬儀は静かに行われた。
彼女の体についた血は綺麗に拭き取られ、傷も衣服で隠されていた。
白いワンピースを身につけ、穏やかな顔は、本当に眠っているかのように見える。
神官のおじいちゃんが、リリーナに言葉をかける。
ウィルとレオは右手を胸にあてて目を閉じた。私も真似して目を閉じる。
リリーナの明るい笑顔を思い出した。
この世界に来て、彼女の存在にどれほど救われたか分からない。
「故人はその生を神の元へお返しし、再びこの地に生まれるまで、魂の修行に励まれることとなる。また巡り会うまでのしばしのお別れですのじゃ」
黒い太陽の神様シューナの下でも、魂は『輪廻』するんだ。ふと、自分の名前に込められた意味を思い出す。
この広い宇宙の中で、いつかもう一度出会えるだろうか。
リリーナの棺を穴の中に入れて、みんなで土をかけた。
夜明けの太陽が少しずつ昇って行く。
かけ終わったところで、神官のおじいちゃんは取りに行くものがある、と言って教会の中に戻っていった。
三人になったところで、ウィルがふいに、私に向き直った。
「りんね、お前がバルトの城で魔法を使い、兵士を倒したことは、間違っていない。お前は正しいことをしたんだ。」
その言葉で、一瞬にして、地下で魔法を使い、人を葬り去ったことを思い出し、心が激しくざわついた。
リリーナはこうして埋葬することができる。でも、あの人達の家族はそれすら叶わない。
「おい、ウィルそれは……!」
「この先、そのことを無視して前に進めはしない。
聖女としてじゃない、この先りんねが自分の国に帰り、元の人生に戻ってもだ」
止めようとするレオを振り切るようにウィルは続ける。
「俺が初めて人を斬ったのは、初陣に出た13歳の時だ。
同じ歳程の敵国の少年だった。理由があったから斬れた。侵略者を許さぬという正義があったからだ。
だから、りんね。お前が『聖女』であり、世界を救うという『正義』がある限り、その動機の下に行われた行為は、決して間違ってはいない。正義があれば、強くいられる。……言いたいこと、分かるか」
何と言っていいか分からず、思わず俯いた。
ウィルの言いたいことは、なんとなく分かる。
だけど……。
「……だけど、一人では、抱えきれない」
なんとか声に出す。
世界、正義、人の命。あまりにも重く感じられる。
「一人で背負わせる気は無い」
力強いウィルの声が聞こえて、顔を上げる。
「レオとずっと話していた。俺たちも、りんねと運命を共にしようと」
「しょうがないさ。頼りないりんね一人に、この世界を任せられないし」
そして、
――ザッ。
私がこの世界に来た時と同じように、ウィルとレオが跪いた。どことなく、懐かしい光景だと思った。
「俺は剣に誓って、必ずお前を守る」
「では僕は弓に誓おう。貴女を守ります」
二人の手を取って、立たせる。
「……私が今、ここにこうして立っているのは、ウィルとレオと、そして、リリーナのおかげだと思ってる」
だからこそ、リリーナのような女の子がなんの憂いもなく、好きな人たちとずっと笑って、幸福でいられる世界でなくてはだめだ、と思った。
「リリーナに、誓う。
私が必ずこの世界を救う。だから、二人にも一緒に来て欲しい」
二人が強く頷いた。
朝日が私たちを照らし出す。
まるで一つの始まりを告げるようだった。
「まぁ、万能の魔法を使えるりんねの方が、僕らよりはるかに強いけどね」
レオの軽口に、ウィルが呆れたような視線を送った。
リリーナの墓の上には、神官のおじいちゃんが教会から持ってきたお花が添えられた。
全てが終わったら、またここに寄ると約束をして出発した。
目指すは、お姉ちゃんも向かったという西の果て、聖女伝説で悪魔がいたという場所だ。
一体、どのくらいの苦労が待ち受けているのか。そもそも、何年で終わるんだろうか。お母さんのところに帰った時に、私がおばさんになってたらシャレにならない。
せめて、もう少し手がかりがあればよかった。
現状は、ウィルとレオの聖女の知識だけだ。せめて、せめて、
「お姉ちゃんの日記くらいは持ってくるべきだったな」
口に出てたらしく、
「あるよ?」
レオがさっと本を差し出した。
「へ? なんで?」
それは紛れもなく、お姉ちゃんの日記だった。
「いや、マールにいた時、あんまりにも熱心にりんねが読んでるもんだからさ。
町を出る前にちょっと拝借したんだ。まあ、読めなかったけどね。帰ったら返すつもりだったよ? もちろん。
でも、マールがあんな事になったからさ。バルトのとこでも、機会がなかったろ」
腑に落ちない気もするけど、ともあれ、日記が再び手元に戻ったことは嬉しい。
「それ、川に落ちても滲まないからさ、破こうとしたり、火にかけてみたりしたんだけど、かなり強固な魔法で護られてるみたいだぜ? 傷一つつかなかったよ」
「何してるんだお前は!」
レオがウィルに怒られるが、爽やかに笑って全く動じていないのは流石だった。
「それより、あの神官も言ってたろ。もう少し行くと町がある。そこで支度を整えよう」
私たちの旅は今、始まったのだ。
第1章、おしまいです。
世界を救うことの意味をりんねは実感していきました。第2章は、この世界を必死に生きるある人たちのお話になります(´∀`*)
引き続きお楽しみください。
ちなみに、「剣に誓う」云々の台詞はロードオブザリングの第1部、旅の仲間が集まるシーンから。




