やっぱりね。あなた、裏切ると思ってたよ
私がウィルに魔法を披露しても元々の無表情も相まってか、思ったような反応はなかった。それが不満だった私は再び一人で城の散策を始めた。
中の部屋数はさほど多くなく、そのほとんどが生活で使うための荷物や魔法使いたちが使うと思われる、用途不明の道具やカラフルな液体が入った瓶が並べられていた。
いきなり爆発したら嫌なので、触らないでおく。
――りんね。
ある廊下に差し掛かったところで、誰かに呼ばれたような気がした。
振り返るが誰もいない。壁があるだけだ。
でも確かに、男の人の声がした。どこかで聞いたことのある声。
「いやだなあ。お化けは嫌いなのに」
思わず壁に手をつくと、
――ギイイ、バタン。
壁は鈍い音を立てて回転し、なんと私はそのまま隠し扉の内側に入り込んでしまった。
「きゃあ!」
回転の勢いでバランスを崩し、尻餅をつく。
暗闇に薄ぼんやりとしたロウソクの火がポッとが浮かんだ。
これも魔法で、人が来たら明かりが灯るようになっているようだった。
心もとないオレンジ色の光の中に、下へと続く階段が見える。
入り口は既に壁の一部になってしまって、どんなに押してももう開かない。進むしかないようだ。
「あのー! 誰か!」
足音と声が虚しく響く。一生ここから出られなかったらどうしよう。
ほどなくして階段が終わると、今度は薄暗い廊下に出た。窓がないことから地下だと思われる。
ゆったりとした通路は左右に分かれて広がっている。
と、廊下に面する扉から明かりが漏れているのが見えた。
――ボソボソ……ボソボソ……。
何を言っているのかは聞き取れないけど、話し合う複数の人がいるようだ。
ほっとして、その扉に近づいていく。
「マールはお前の予想通り滅びたな」
前まで来てノックをしようとしたところで、聞こえた内容に思わず手を止める。
「いやはや、こうも上手く行くとはワシも思わなんだ」
わずかに開いた隙間から部屋の中を覗く。
そこには、バルト将軍と、先ほど会った魔法使いのおじいちゃんがいた。
部屋の中央には地球儀のような丸い球体が浮かんでおり、無数のピンが突き刺さっていた。
マールが滅んだのが、予想通り?
なにか、とてつもなく恐ろしい会話が進んでいるんじゃないだろうか?
素直に扉を叩くのが躊躇われた。中の会話はどんどん進んで行く。
「これでお主がエルドールの王になるのか、宿願叶ったな、バルトよ」
おじいちゃんが言う。バルト将軍はわずかに笑ったようだった。
「ルーメンス。私はリアド王に忠誠を誓った身、滅多なことを言うものではない。だが、諸侯の要請があればその限りではないがな」
「滅多なことを言う口はお主じゃろ。有力者どもに金を渡していたのは誰じゃ」
おじいちゃんが呆れたように言う。
「しかし、ルーメンスの予測があったからだ。この星読みは中々の出来だ。しかし、たまたま聖女とやらがマールに来ていて良かった。聖女を一目見ようと集まったあらかたの有力貴族たちは町と共にくたばったからな」
その会話で、確信する。
――知ってたんだ。
この人たちは、マールに神威が落ちることを知っててなにもしなかったんだ。もしかしたら救えたかもしれないのに。
とにかく、ウィルやレオに知らせないと。
そう思った私は、その場を離れようとした瞬間に、よろめき、ガツンと足音を立ててしまう。
「何者だ!」
バン、と開けられる扉。
それとほぼ同時に、私の口は背後から何者かに塞がれ、ついでに体を腕で包まれた。
「……!?」
パニックで叫びそうになるが、塞ぐ手がそれを許さない。
このままじゃ、部屋から出てきたバルト将軍に見つかってしまう。
その矢先、バルト将軍が部屋から出てくる。
厳しい目をして私を見る。
――ああ、終わった。
しかし、バルト将軍はまるで私が見えていないように今度は反対側を見る。
もう一度、私の方を見る。
鋭い眼差しだ。
だけど、何故だか気づかれていない。見えていないんだ。
やがて彼は部屋に戻って行った。
「誰もおらん。鼠でもいたのやもしれぬ」
そんなことを言った。
ほっとため息をつこうとして、塞がれた手を思い出す。私は口を塞いでいる人物を振り返り、やはり驚いた。
「し、司書さん……!?」
しーっと人差し指を口に当てて、大人しくするようにと伝えてくるその人は王立図書館で出会ったあの美形な神父風の司書だったのだ。
こんな薄暗い地下でも、その水色の長髪は美しい。
彼は私から離れると、ついてこい、とでも言う風に手招きをした。
廊下を抜け、角を曲がる。
それを幾度か繰り返し、あの部屋から大分離れたところで声をかけた。
「あの! 司書さん、無事だったんですね! ……マールに神威が落ちたから、てっきり……」
司書さんは振り返るとにこりと微笑んだ。
「私は司書ではありません」
「え、そうなの!? じゃあどうして図書館に? ……それに、なぜバルト将軍のお城の地下に?」
「たまたまですよ」
柔和な笑みで、答えになってない答えをされてしまった。少なくともこの人から悪意は感じないので、怪しすぎるけど敵ではなさそうだ。
「じゃあ、あなたは、何者なの? どうして助けてくれるの?」
当然の疑問を口にするが、何故だかフッと笑われる。
「そうですねぇ。
……名は、サイフリートといいます。以前は魔法使いだったんですけどね。今はふらふらと根無し草ですよ。
助けるのは……、危なっかしくて放って置けないからですかね?」
そう言って、その人は横の壁を蹴る。
ドコっと音がして壁の一部が倒れると、地上へと続く階段が現れた。階段の先の天井に、光が差す扉が見える。出口だった。
サイフリートは先に外へ出て行く。私も慌てて後を追う。ウィルかレオを見つけて、バルト将軍の話をしなければ。
開けられた出口から夕方の空の色が見える。どうやら城の建物の外の庭に続いているようだった。
ばっと外に飛び出す。そして、
「おや、お散歩ですかな。りんね殿」
そう、声をかけたのは見知らぬ男だった。
――ガシャン。
牢の扉が無情にも閉められる。
外に出た時、サイフリートは消え失せていて、私はいとも簡単にバルト将軍の部下に捕らえられてしまった。今はその部下はいなくなり、代わりにバルト将軍が現れた。
「ご不便かけるがここにおられよ」
「貴方、知っていたのね! マールに神威が落ちることを!」
バルト将軍に向かって叫ぶ。
「知らせていれば、マールの町の人たちは逃げられたのに! 貴方はリアド王、それにウィルやレオも裏切っていたのね!」
「人聞きの悪いことを。神威が落ちることなど分かるわけがなかろう? りんね殿を捕らえたのは、国賊の可能性があるからだ」
「はぁ!?」
国賊って、つまりはエルドール王国に害をなそうとしている人ってことだ。
「それは貴方じゃない!!」
「はっはっはっ」
何がおかしいのかバルト将軍は笑う。
「聖女などとのたまい、ウィラードとレオナードをたらし込むだけでは飽き足らず。王、亡き今、国を動かす実権を握る私を探るなど、いかにもそなたは怪しかろう」
「貴方のことなんて誰も信じないわ!」
「信じるとも。少なくともどこの馬の骨とも知らぬ少女よりは、人望はある」
見張りの兵を一人だけ残して、バルト将軍は去って行った。
ここは先ほどの地下の中にある牢屋の中だった。不安がかすめる。
誰が私がここにいると気がつくんだろう。
残念ながら誰もいない。
どうやってここから脱出するかを考えなきゃいけない。あの魔法使いのおじいちゃんが言っていたじゃない。私には桁外れの魔力があるって。
考えろ考えろ考えろ……。
「はあ」
全然考えが出てこない私は、床に寝転がった。
冷たい石の感触だった。
時間だけがむなしく過ぎる。こうしている間にも、バルト将軍は陰謀を巡らせているというのに。
「りんね様が帰ってこないんです!」
深夜、リリーナは一人、レオの部屋を訪れた。真剣な顔をしている。対するレオはあくびをしながら答える。
「帰って来ないって、お得意の散歩でもしてるんじゃないのか? マールでも一人でふらふらと夜中に歩いてたぜ。ウィルには言った?」
「あの……。実はさっき、イグリス様がウィラード様のお部屋に入って行くのを見て、それで、行けなくて……」
「ははあ、なーる」
レオは感心と呆れが半々に入り混じった声を出した。
「それでリリーナはここへ来た時から元気がなかったのか。ウィルの元カノがいるから、ははは、おっと」
リリーナのパンチがレオの体を掠める。頬を膨らませ涙目のようだ。ちょっとレオはやりすぎだと思う。
リリーナが可哀想になったので、私は二人の間に入ることにした。
「ちょっと、レオ! やめなさいよ! リリーナがかわいそうじゃない!」
そのリリーナは、きゃあああ! と悲鳴を上げて退いた。
レオも、うわっ! と目を丸くして、辺りを見渡す。
「この声……りんねか?」
二人は辺りをキョロキョロとみるが、私の姿は探せないようだ。
それもそのはず、今、私は声だけの存在になっているのだ。
「そう、でも体はないの! 声だけ」
「なっ……!」
「ちょっと緊急事態で! 見張りの兵がいない隙に壁を通じて声を届けてるの」
二人とも信じられない、という顔をしている。
私も信じられないけど、壁を通じて意識と声を届けることができるみたいだった。
どうしてそんなことができたのか、私だってわからない。でも、できちゃったんだからしょうがない。これも、桁外れの魔力のおかげだと思うけど。
何事だ、と城の住人たちが部屋から外に出てくる。
「突然ねずみが出てきたもので、リリーナが騒ぎましてね。なに、すぐに退治しますとも」
取り繕ったレオの言葉で、皆納得したようだった。
人が去り、そそくさと部屋の中に入ったところで、レオが言った。
「りんね、なにがあったんだ?」
私は地下での一件を全て話す。
初めはおちゃらけていたレオだったが、いよいよ大変な事態であると飲み込んだのか真剣な表情になった。
「ちょっとウィルの野郎にも話す必要があるな。待っててくれ」
と、見張りの兵が帰ってくる気配がしたので、私は壁から手を離した。
心配と不安。
そしてウィルとレオならなんとかしてくれる、という頼もしさもどこかで感じていた。




