旅立ちの日は突然に
第1章は異世界に来た戸惑いと旅立ちの物語です。やっぱり異世界に飛ばされるきっかけと言えば、「あれ」でしょうか。
「聖女にはならない」と言ったら、王様は固まってしまった。謁見の間は静寂に包まれる。
手持ち無沙汰になってしまったので、昨日の出来事を思い返してみる。もしかして、そこに帰るヒントがあるかもしれない、と思ったからだ。
私は「神宮 りんね」。こういう話しにありがちな、ごくごく普通の女子高生。ちなみに高校生になってまだ一ヶ月だった。それなりに友達もできたし、頭は良くないけど、生活は楽しかったと言える。
そんな私は、昨日この世界に来てしまった。ああ、いつか読んだ小説のように、「交通事故」に遭ったのだ。
◆
昨日の始まりは、朝、お母さんに叩き起こされた所からだ。朝から会社で会議があるらしく、お母さんはいつも以上にピリピリしていた。
「まったくもう! 高校生なんだから一人で起きれるようにならなくちゃ! お姉ちゃんがあなたくらいの時はね……」ガミガミ。
いつもの小言が始まったので、朝ご飯を食べながら聞き流した。まともに聞いていたらたまんない。
やがてお母さんは先に会社に向かった。帰ってくるのはいつも夜遅くだ。
ぱりっとスーツを着込んだその背中に「いってらっしゃい」と声をかけた。
こんな私とお母さんだけど、別に仲は悪くない。今やたった二人の家族だから。
なんとはなしに、リビングの棚の上に飾られた家族写真を見た。一番左の写真立てで四人が笑っている。
私たちは、もともとお父さん、お母さん、お姉ちゃん、私の家族だった。小さいときはよく家族で出かけたし、冗談を言ってはよく笑いあっていた。
一つ目の不幸は、お父さんがどうにもならない病気で亡くなったこと。私とお姉ちゃんがまだ小学生だった時だ。これで私たちは三人家族になった。
真ん中の写真では、女三人が笑っている。お姉ちゃん最後の誕生日の写真だ。
二つ目の不幸は、お姉ちゃんがいなくなったこと。これは三年前、私が中学入学前だった。突然の失踪で、未だ帰ってこない。これで私たちは二人家族になった。
右の写真は、先月の入学式に撮ったものだ。私とお母さんが笑っている。
もうすぐお姉ちゃんがいなくなった日が近づいてくる。言葉にはしないけど、お母さんはきっとそれが気にかかって落ち着かないのだ。
その気持ちは痛いほどよく分かる。だって私もそうだから。
お父さんとお姉ちゃんは、そんな私たちの気持ちも知らずに、写真の中から変わらぬ笑顔を向けてくる。
二人の笑顔に「行ってきます」と言葉をかけて、学校へ向かった。
アパートを出て、電車に乗り遅れまいと駅まで向かう道を走っていると、突然後ろから声をかけられた。
「よう、りんね! また寝坊か?」
焦る私の神経を逆なでする声だった。
「うるさい朱雀! あんたにかまってるヒマはないの!」
こんなことを言ってくる奴は一人しかいない。私は声の主を振り返ることなく、言い返す。
並走してきたのは、近所に住む幼稚園からの幼馴染の百地 朱雀だ。幼稚園から中学まで恐ろしいことにずっと同じクラスだった、いわゆる腐れ縁というやつだ。
ちなみに、高校まで一緒にならなかったのは私の学力が足りなかったから。別に、同じ高校に行きたかったわけではないけど。
「あんただって遅刻でしょ? 進学校なんだから、うちより厳しんじゃないの?」
「今日うちは創立記念日。俺は朝のランニング中!」
横の彼を見ると上下ジャージで、どうやら嘘じゃないようだ。なら、なおさらかまってる暇はなかった。
私は朱雀に思いっきり舌を出す。
「バカ朱雀! あっち行ってよ!」
「ははは!」
朱雀は笑い飛ばす。中身は幼稚園から変わっていない。子供のまま。
ちょうど交差点に差し掛かったところで、赤信号につかまり、私たちは立ち止まった。
すると、「ああ」と何かを思い出したかのように朱雀が私を見た。
「そういや、さっきお前の家の前でおばさんに会ってさ。という訳で、俺、今日からりんねの家庭教師のバイトすることになったから。放課後、お前ん家、行くから」
「はぁぁぁ!?」
思わず叫んでしまう。信号を待つ人が、幾人か私たちを振り返る。でも、混乱は止められなかった。
「なにそれ、どーゆーこと!?」
勉強しないのは私が悪いけど、お母さん! よりにもよって、朱雀に頼むなんて!
勉強どころか、殺し合いが始まりかねない。
文句を言うため朱雀に掴みかかろうとした時だ。
朱雀の後ろから猛スピードで迫る車が見えた。
あ、朱雀が死んでしまう。
と、思ったより先に、体が動いていた。
死ぬときに、周りの景色がスローモーションになるって言うのは本当らしくて、気づけば朱雀を突き飛ばしていた。
驚いた朱雀の顔。
突っ込んでくる車。
聞こえた誰かの悲鳴。
確かに感じた体の衝撃。
そして死、という実感。
それらがすべてが順を追ってゆっくりと繰り広げられた。
死ぬときに、走馬灯が見えるっていうのは嘘みたいで、私は体中に強い衝撃を受け、なにも見る事がないまま、視界が真っ暗になった。
……ああ、お母さんをたった一人残して死ぬんだ。
そう思った事は覚えている。
それが、私の日本での最後の記憶だ。
交通事故には気をつけて。
朱雀ですが、そのうち再登場します。