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レオナードの本心

 レオナードは一人になりたかった。


 バルトの城はいつもざわざわと落ち着かない。リアド王のいたマールの城とはまた違う様相をしている。


 この城内においては、精鋭部隊として知られるバルトの私兵たちが常に鍛錬を行なっており、またお抱えの魔法使いたちは新しい魔法を生み出そうと研究に打ち込んでいる。大きくはない城のそこかしこで人の気配がした。


 レオナードはその中で誰にも見つからないような場所を求めて彷徨っていた。


 城内の連中は騎士団の副隊長であるレオナードを見かけると、稽古をつけてくれだの何だのと声をかけてくる。少なくとも今はそんな気分にはなれなかった。


 ウィラードといえば、バルトとの話が終わると早々にイグリスに連れられ、どこかへ姿を消してしまった。

 恐らく、兵士の鍛錬でもお願いされたのだろう。


 だからと言って、呑気なやつ、とはレオナードは思わない。

 何か手に負えない事柄が起こった時に、無茶苦茶に体を動かすのがウィラードらしかった。


 ようやく落ち着ける場所として腰を下ろしたのは、庭師が使う小屋の前に設置された小さなイスだった。


 この城に庭師が出入りするのはバルトの趣味のためだ。彼は以外にもまめで、季節ごとに花が咲くようにしていた。


(豪快な見た目には似合わず、繊細な趣味をお持ちだ)


 レオナードは心の中でそう呼び掛けた。

 座ったところで、レオナードは目を閉じ、片手で額を覆った。

 マールが滅ぶ瞬間が、脳裏に焼き付いて何度も再生される。


(これは、確かにきついな)


 いつものように、笑い飛ばす余裕すらなかった。


 彼にとって、マールの都市はなによりも大切なものだった。気持ちは悲嘆よりももっと別のものに支配されていた。


(神威……あんなものにどうやって対抗すればいい?)


 話には聞いていたが、初めてあの脅威を目の当たりにしたのだ。正直言って、想像以上だった。


 神威の後、マールの様子を見に行ったバルトの兵の話では、魔物が多く、とても近づける状況ではなく、住民の姿もまた、確認することはできなかったという。


(皆、死んだのか)



 『い、生きている人は誰もいないわ!! そう、感じるのよ!!』



 そう言った、聖女の声が蘇る。

 なぜ、彼女はそう分かったのだろうか。


 それにしても、あの聖女にあの災害が止められるのか? あの、普通の少女に見える『りんね』に?



「レオ?」



 突然声が聞こえたため、項垂れていた顔を上げる。

 即座には反応できなった。現れた姿に、少なからず驚く。


「……りんね……様」


 まさに、今考えていた少女が目の前にいた。


「……大丈夫?」


 彼女はどこかぎこちない笑みを浮かべて話しかけてくる。そして、レオナードを気遣うかのように言った。


「マールがあんなことになってしまって、本当に悲しい……。レオたちの方が、その何倍も悲しいと思うけど……」


 彼女の目が赤いのは泣いていたからかもしれない。

 彼女の言葉に、なんと返したらいいか分からず、自分にしては珍しく、レオナードは沈黙した。


 聖女を見る。誰かの服を貸してもらったのか、村娘のようなワンピースを着ていた。


 りんねは自分の感情に素直だ。いつも思ったことを率直にぶつけてくる。


 容易く泣いて、笑って、悩んで、同情して。


 短い付き合いだが、人をたくさん見て来たレオナードには、りんねがどういう人物なのかわかった。


 きちんと愛されて、さしたる苦労も知らずに育ったのだろう。純粋に、真っすぐに。


 しかし、今のレオナードにとってはそれがひどく腹立たしかった。

 彼女の純粋さに触れるほど、優しい言葉をかけられるほど、自分の醜さが積み重なっていくような気さえする。


(何を知っているというんだ)

 

 りんねの暮らす国は平和な場所であったという。飢えはなく、暖かい寝床があり、教育も行き渡っている。

 死は、日常から遠い存在だったという。


 親がなく、生きるためになんでもしてきた自分と、思わず比べてしまう。普通であれば、貴族に混じり国王に仕えるなどあり得ないことだ。


 しかし、ウィラードと出会い、大国の一隊の副隊長まで登りつめた。

 運のよいことだったと、我ながら思う。



 ――二度と、戦が起きない強固な国を作る。だれしもが平和に暮らせる国を。俺とともに来い、レオナード。お前の力が必要だ。



 いつか、ウィラードが自分に言った言葉だ。その日暮らしで生きて来たレオナードにとって、その言葉はひどく滑稽なものに思えた。貴族の語る理想主義だ。


 だが、同時に、ひどく眩しくもあった。



 永遠に平和で、誰しもが幸福な国。

 そんな夢を、彼と一緒になら見てもよいと思えた。



 だから、マールはレオナードにとって、夢そのものだった。

 登りつめてやる、そういう野心を持っていた。



 しかし、それは消えてしまった。

 あんなにも儚く――一瞬にして。



 そんなレオナードが抱える思いを、りんねは簡単に慰めてくる。それも、心の底からの善意によってだ。


 りんねはレオナードの隣に腰掛ける。

 レオナードはやっとの思いで、平常心を保つ。


「……私は大丈夫ですよ。

 こう見えて、案外タフですからね。りんね様こそ、ご気分はどうですか?」


 笑顔を取り繕う。


 レオナードは自分の顔が武器になる事を知っている。大概の女は笑顔を向け、適当に話を変えればペラペラと自分の話を始めるのだ。


 しかし、りんねは真剣な目をして尚も言ってきた。


「私考えたんだけど、レオやウィルが私を助けてくれたみたいに、私にできることがあれば力になりたいの」

「お優しいのですね、貴女は」


 半分は嫌味のつもりで言ったが、彼女には通じなかったようだ。

 人の敵意など何も知らずに生きてきたのだろう。


(本当に『いい子』なんだな、貴女は)


 対峙する自分が、ひどく悪人のように思える。

 しかし彼女が慰めるほど、どす黒い感情がたまっていく。


 完璧な八つ当たりだということはわかっていた。


「しかし、何ができると言うのですか?

 貴女は神威を止めることもできなかったではないですか。本当に聖女ならば、マールを、国王を蘇らせてください。

 できないのであれば、そう容易く同情しないでいただきたい」


 りんねは目を丸くした。

 こんな事を「優しいレオ」が言うとは思わなかったのだろう。


 こんな事を言えば自分の立場も危ういとレオナードは思う。しかし一方で、気がつけば言葉が止まらなかった。


「聖女だって? まったく、なんの冗談だよ。本当に馬鹿馬鹿しい。

 君にそんな力はないだろう? 神威を止めるために来ただって? とんでもないじゃないか! もう、しゃしゃり出て来ないでくれ!」


 そこまで言ったところで、りんねの瞳は更に大きく見開かれる。その目には、みるみる涙がたまっていく。


(泣きたいなら、泣けばいいだろ)


 レオナードは冷たくそう思った。

 しかし、


「ばっっっかにしないでよ!!!」

 

 バサバサと、庭の木に止まっていた鳥が飛び立つ。

 バルト並みの大声を出したりんねは立ち上がると、キッとレオナードを睨みつけた。


 面食らったレオナードは、動けずにぽかんと彼女を見た。


「勝手にこの世界に呼んで祭り上げておいて、今度はしゃしゃり出るなですって!?

 私は自分が『聖女』って柄じゃない事なんて一番よくわかってるのよ! だからって、何? 普通の女の子じゃいけないの!? せめて、悲しみを分かち合いたいと思うこともいけないわけ!?

 何か、自分にできる事がないかなって、思っただけじゃない! 神威を止めらる力があるなら、私だって止めたかった!

 ないなら、さっさと家に帰りたいよ!」


 そこでやっと、うわーん、と泣き出した。

 その大音量にレオナードはあっけにとられる。


(泣くにしても、泣き方ってものがあるだろう? まるで幼い子供じゃないか。リリーナの方がまだ大人だ)


 少し呆れながらもそう思い、しかし、苛立ちは嘘のように消えていた。


 立ち上がると、びいびい泣くりんねの頭をそっと撫でる。


「すみません、少し意地悪を言ってしまいました。

 悲しみや苛立ちを貴女のせいにしてしまいました。……一番お辛い立場はりんね様だというのに」


 ひくひくとしゃくり上げながらりんねは続ける。


「わ、私だって、もっとなにか、してあげたい。

 だ、だ、だけど、そんな力ないし、マールの魔法使いたちには、ま、魔法の才能、ないって、言われるしぃ」

「えっ!?」


 今度はレオナードが思わず大声を出した。


(魔法の才能がない、だって? そんな筈はないだろう)


 レオナードにはそう思う確証があった。

 マールの町へ入る前、彼女はその手から放たれた光によってダークウルフを殲滅した。

 そして、ウィラードの傷をもとに戻したと聞く。

 

 それが、魔法でなくて、なんというのだ。


「ちょっとだけ、こっちへ」


 レオナードはそう言うとりんねの手をとり、ある場所へと向かったのだった。

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