突撃! 隣のバルト城!
――ダァン!
「マールが滅びただと……! それで、王は!?」
バルト将軍の声で部屋がビリビリと震える。
机を叩いた衝撃で、壁の絵がずれる。ものすごい迫力で、気圧されてしまう。
赤毛、赤髭、ガタイの良い体。
加えて大きな地声。
見るからにいかつそうなこのおじさんが、ウィルやレオ、そしてイグリスさんの上司、バルト将軍なのだ。
豪快、豪傑、そんな言葉がよく似合いそうだ。
「リアド国王もマールにいたものと思われます。恐らく、町とともに神威の餌食になったのではないかと」
イグリスさんが落ち着いた様子で答える。
「……なんと言うことだ。なんという……!」
そして、バルト将軍は絶句した。
思いがけないことがあると、人は固まってしまうけれど、今の彼はまさにそれだった。
城に着くなり、イグリスさんは他には目もくれずバルト将軍の書斎だというこの部屋に来た。私たちを連れて。
そして至極淡々とマール滅亡を告げたのだ。
「ここにいるウィラードとレオナードは、聖女様を連れ出し、共に町を離れていました。運の良いことに」
そこで初めて、バルト将軍は私たちに気がついたように目を向ける。
「ウィラード、レオナード、そしてリリーナよ。無事で良かった」
「「はっ」」
「はい……」
三人が、将軍に応じる。
将軍は消沈が収まらない様子だったが、私を見ると話しかけてくれた。
「聖女……りんねか。報告は聞いている。こんな時だが、会えてよかった。後でゆっくりと話を聞かせてくれないか」
「は、はい。よ、よろしくです!」
動揺して、変な挨拶になってしまった。
別の使用人に部屋に案内される時に、結局、私の荷物を取りに行けなかったな、とぼんやりと思った。
バルト将軍のこの城は、マールからかなり離れた場所にあるという。
サウザンという隣国との国境近くの山中にあるらしい。
じゃあどうやってイグリスさんはマールと瞬時に行き来できたのか? という疑問が残る。
「移動魔法、だと思います……。
でも、イグリス様は魔法を使えなかったと思うので、多分あらかじめ術者がその場所にかけておいた魔法を使ったんじゃないかと思います……。
結構いろんな国にありますよ、移動魔法のゲートは」
案内された部屋のソファに座るリリーナがそう教えてくれた。
まだ元気がないが、私の疑問に健気に答えてくれる。
二人同室にして欲しい、と私が頼んだのだ。マール滅亡を目にして、一人でいるのが心細かったから。
「なんでも聞いてください……。
ウィラード様はイグリス様とどっかに行っちゃったし、レオナード様もいなくなっちゃったし、時間もあるので……」
リリーナのタレ目の大きな瞳を見ながら、じゃあお言葉に甘えようかな、と思った。
彼女の人懐こい子犬のような雰囲気はいつも私を癒してくれる。
疑問はたくさんあった。
「魔法って、使える人と使えない人がいるのよね?」
「りんね様の世界には魔法はなかったんですねえ」
リリーナは驚いたようにそう言って、教えてくれた。魔法については詳しく話を聞くのは初めてだ。
「大体の人はちょっとだけ使えるか、全然使えません。
あたしはちょっとだけ、ウィラード様は全然使えなくて、レオナード様は結構器用に使ってます」
なんだかイメージ通り過ぎて笑いそうになる。
ウィルはいかにも、戦士って感じだったから。
「あと、魔法って自然の力を使ってるみたいで、人によって得意な分野があるんです。
例えば、火、水、土、草……なんていう風に。
お城のお抱え魔法使いたちは色々組み合わせて使うみたいですけど、むずかしいことはよく分かりません」
へえ、となんだか感心してしまう。
ちゃんと魔法には魔法のルールがあるみたい。なんでもできるわけじゃないんだな。
「でも、先に魔法をかけておけば、才能がない人でも使うことができるんだ?
イグリスさんがマールに来て、またこのお城に戻れたみたいに」
「そうです! 例えば魔方陣を描いて……」
リリーナは紙に器用に何やら模様を描き始めた。
一見すると、ミステリーサークルのようだ。
描き終えると、そこに両手をかざす。ぱっと一瞬だけ小さく光ったように見えた。
「りんね様、この紙を持って『燃えろ』と言ってみてください!」
言われたとおりに「燃えろ!」と言うと、
――ボゥ!
「ひゃあ!」
思わず手を離す。
紙は一瞬にして燃え上がり、燃えかすになって消えた。
「魔方陣に条件を設定しておくんです。
今のはすごく簡単なやつで、命令で発動するようにしていました。
イグリス様が使ったのはもっと複雑なんだと思います。空間移動なんて、とても高度なので、たぶん、バルト様の直属の魔法使いの方がかけた魔法なんじゃないかな」
リリーナが説明をするが、私の頭には入ってこない。
「すごすぎる!!」
感動の声を上げると、リリーナは照れたように「でも、私にできるのはこのくらいで、かまどに火をつけるくらいしか役に立ちません」と言った。
……それって十分すごくない?
「私にも、魔法が使えたらいいのになあ」
能天気にそうつぶやくと、リリーナは一瞬怪訝そうな顔をして、結局何も言わず、曖昧に微笑んだだけだった。
そしてしばらく別の話をして、またマールのことを思い出して、私たちは泣いた。
そういう訳でマールを失った私たちは、このバルト将軍の城にいさせてもらえることになったのだ。
これからどうなるのか? それはまだ、分からなかった。
魔法って夢があります。全自動で料理と掃除をしてくれる魔法があるといいなぁ。




