表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/107

ここがきっと、転換点

 ああ、夢を見ている、と気がついた。


 お姉ちゃんがそこにいたから。

 昔住んでいた家で、二人で並んで絵を描いている。


 まだ幼い私たち。


 私はお姉ちゃんの真似をして絵を描いていた。

 ちらっとお姉ちゃんの絵を見る。


 その絵は、不思議だった。


 上には黒く塗りつぶされた太陽。

 下には薄茶色の大地、そして黒い人影が二つ。

 

「お姉ちゃんはなにかいてるの?」


 私の問いに、お姉ちゃんは少し困った顔をして笑う。

「これはね、世界の終わりの光景よ」


 意味が分からず困惑する。

 お姉ちゃんは今度は別のことを言った。




「りんねちゃん。()()()()()()()()




 ……



 ………




 …………!





「りんね!」



 声が聞こえてわずかに瞼が反応する。



「りんね様!」



 知ってる声だ。

 だけど誰だっけ? 家族じゃない。



「りんね! おい!」

「揺さぶるなよ、ウィル!」



 あ、そうか。

 私。

 私、倒れたんだっけ。


 目を開けると、大きな手に肩を掴まれているのが見える。

 ああ、暖かい手のこの人は。


「……ウィル。レオ、も」


 目の前の二人に声をかけると、どちらもほっとした顔をした。

 頭がぼんやりとする。

 

 医者を呼ぶ、と言ってレオが出て行った。心なしか私を見てウィルが心配そうな顔をしている。


「お前、泣いているのか」


 そう言われて初めて、自分が泣いているのに気がついた。


「懐かしい夢を見たの。……家族の夢だった」

「……そうか」


 ウィルは複雑そうな顔をして頷いた。




 なんと私は丸二日間倒れていたらしい。


 最後に一緒にいたのがレオだったからあらぬ疑いをかけられて、それを解くのが大変だったと言っていた。


「普段の行いが悪いからだ」とウィルに言われて、言い返せない様子だった。二人の会話がおかしくて、私は笑った。


 医者に診てもらって、結局体のどこにも異常はないと分かった。

 気分はそれほど悪くなく、一人になりたい、と言ったところ城の中であれば、とすんなり了解された。

 ウィルも気を使ってか、護衛については来なかった。今は、それがありがたい。


 だから、レオが教えてくれた秘密の渡り廊下に来てみることにしたのだ。



 外の渡り廊下は、風が気持ちが良かった。



 城下町は活気に溢れ、人々の声が響いている。

 青空が高く、海鳥が飛んでいるのが見える。白い雲が流れていく。


 この町で、生活している人達がいるのだ。確かな存在が、なんだか心強かった。


 お姉ちゃんがこの世界を救ったのだ。

 今あるこの平和な時は、お姉ちゃん無くしては得られなかった。


 だったら、私は?

 私は、聖女として、どうしたらいいの?



「おや、ここにおったか、りんねよ」



 突然、低い男の人の声がした。


 落ち着いたその声、厳しいながらも愛情と尊敬が込められたその声の主をもちろん知っている。


「リアド国王陛下……!」


 エルドール王国の現国王、リアド陛下に他ならない。年が幾つなのかは外見からはわからない。サンタクロースのようなそのおじいさんに私はお辞儀をする。


「りんねが回復したと聞いてな。見舞いに参ったところ、部屋におらぬ。探したのだよ」

「王様に探されるなんて、私もすごいな」


 そう言って笑い合った。


 リアド陛下とは毎日お話をする内に打ち解けてしまったのだ。

 実際のリアド陛下は、威圧的ではなく、本当のおじいちゃんみたいに優しかった。お菓子もくれるし。


「ウィラードとレオナードがりんねに片時も離れずに付き添っていたな。二人とも自分でも気づかぬうちに、お前を心配しているようだ」

「そうなんだ、二人が……」


 心配そうな二人の顔を思い出す。ぽかぽかと心が温かくなるのを感じた。


「何があったのだ」


 陛下の深い瞳をみながら私は自分の姉「神宮 いぶき」について話した。


 何もかも分からない場所で、世界を救った自分のお姉ちゃん。

 小さい頃の思い出。亡くなった父のこと。待っているであろう母のこと。幼馴染の朱雀のこと。


 そして、姉はまだ家に帰っていないこと。


 私も家に帰りたい、だけど……。

 今抱えている思いはそれだけじゃないこと。


「お姉ちゃんが必死に救ったこの世界、滅ぶのを止める力がもし、私にもあるのなら……。あるなら……」


 私はリアド陛下に尋ねた。


「進むべき道が見えない時、どうしたらいいんでしょう」


 黙って聞いていたリアド陛下は、優しい笑みを浮かべて静かに口を開く。


「りんね。運命とは実に不可解だ。

 膨大な人の営みの前に我々のような小さき者は常に翻弄され、時に光を見失う。しかし、どんな風に生きようとも必ず戻って来てしまう道というものがあるのだ。

 光は、いつもそこにある」


 リアド陛下が昔はバリバリの武闘派で、分裂間際だったこの国をまとめあげた、という話をウィルから聞いた時は、かなり驚いた。でも、今は分かる気がする。


 彼の言葉は不思議と力を持って、私の中に浸透していった。


「陛下。私、決めました」


 私がそう言うと、リアド陛下はサンタクロースのように「ほっほっほ」と笑って「そうか、決めたか」とだけ言った。





「不思議な女の子だよな」


 りんねとリアド国王が渡り廊下で話している姿を、丁度向かいにある城の中の窓から遠目で見て、レオナードが呟いた。


「聖女様って程近寄り難くもなくて、幼稚に見えるけど、芯があるよ。じゃなかったら国王とあんなに対等に話せるかよ」


 ウィラードはそんなレオナードに返答する。


「確かにな。リアド国王であれば、聖女を利用するだけ利用して、価値がなくなったらゴミのように捨てるかと思ったが。存外、大事にしている」

「ウィルって、時々国王が嫌いなんじゃないかと思う発言をするよ。だけど僕は、ウィルこそ聖女を大事にしていると思うけど?」


 レオナードは呆れたように言い返す。

 りんねが倒れた、と聞いてウィラードは鍛錬場を飛び出した。


(なぜ? 聖女だからか?)


 ウィラードは自分でも分からなかった。

 ただ、無我夢中で猪突猛進なあの少女をどうしても放って置くことはできなかった。


「……なんとなく、無垢な子供を騙しているような罪悪感がある。放っておいたら、自分の正義に反するような気さえする」

「ははっ。ウィルらしいよ」


 笑った後でレオナードは付け足した。「しかし、聖女とはそういうものなのかもな。ちょっと、ウィルに似ているよ」


 その言葉の意味がウィラードには分からなかった。どういう意味だ、と尋ねようとしたところ、聞こえた声に機会を失う。


「ウィラード様ー!」


 底抜けに明るいこの声の主は、ウィラードの屋敷の使用人の少女、リリーナに違いない。

 予想通り、廊下の奥から、手を大きく振りながら、彼女が駆け寄ってくるのが見えた。


 昔、泥棒をしていた彼女を捕まえ更生させた時から、なぜか懐かれ、以来、使用人として側に置いている。

 存外働き者で、重宝していた。


 りんねを城に届けて以来、リリーナもこの城にとどまっていた。

 丁度よいと、ウィラードは彼女にある頼み事をしていたのだ。


「やあ! リリーナ、今日は一段と可憐だね。どうだい今夜、食事でも」


 女と見れば口説くのが礼儀だとでも思っているレオナードは、すかさずリリーナを誘う。

 しかし、


「あたしはウィラード様一筋なので!」


 秒の速さで断られている。

 「あはは」と、二人の笑い声が重なる。


 レオナードが振られるまでが、いつもの一連の流れだ。三人ともそれなりに付き合いは長い。


 小芝居が終わったか、とウィラードが報告を急かす。本気ですので! というリリーナのひとことは無視した。


「そうそう、やっぱり居ませんでしたよ? 男性の司書なんて。念のため、不法侵入者がいなかったか調べましたけど、形跡もないようです」

「そうか」


 それだけで十分だった。


「なんだい、それ」


 不思議がって、レオナードが尋ねる。


「りんねが図書館で出会ったという司書を名乗る男だ。聖女の日記を、りんねに渡した。

 長い水色の髪の、綺麗な顔の男だったそうだ」


 りんねが嘘をつくほど器用な性格だとは思えない。


 となると、王立図書館の地下室の強固な魔法を破り侵入した男がいるのだ。恐ろしく力の強い魔法使いだと言える。

 

 そして、そんな奴が攻撃するでもなく、ただ聖女の日記を手渡して消えた。

 何者で、その目的が何なのかさっぱりわからない。

 

「へぇ。不気味な話だな」


 レオナードが興味深そうに言った。


「水色の髪の長い綺麗な顔の男なんて、まるで千年前の聖女様のお仲間みたいじゃないか」


 確かに、りんねから話を聞いた時、ウィラードも真っ先にその名を思い浮かべた。


 伝説上の最強の魔法使い。

 それは聖女イブキが最も信頼していた人物。


「俺たちが考えるよりも、もっと大きなことが起きているのかもしれない」


 ウィラードはそう言って、渡り廊下のりんねと国王を見た。


 嫌な予感がする。

 また、争いが起こるのか。


 ウィラードは、故郷を思い出す。



 炎、悲鳴。


 救えなかった、弟の小さな手。

 もう二度と、失うものかと誓ったあの日。



 続く戦い。一体、いつまで殺せば、この血みどろの人生は終わるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれの個性が会話文でも分かりやすく表現されていて読みやすかったです。 りんねちゃんの性格も個人的ですがお気に入りです。 [気になる点] リリーナ…!! 癒し!もっと出てきていいのよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ