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王立図書館へ参りましょう。(脳筋を添えて)

「はははっ! 中々良い感じに周囲の期待を裏切ってくれましたね!」


 城の中庭の隅で、レオが腹を抱えて笑っている。天使の顔をして、悪魔のような笑いだった。私はふてくされている。


 一応、私の評価を地へ叩き落とす事で、争いに巻き込まれないようにする作戦ということだったらしい。でも、だったら最初に言っておいて欲しかった。


 そしてその作戦は見事に成功したのだ。きっと、あの場にいた人全員に、私は阿呆と思われた。


 さっき、王様の前での私の帰りたい発言により、明らかに場の空気が固まったのだ。


「皆、どこかで期待をしていたんだ。どこからともなく現れた聖女が世界を滅亡から救ってくれるとな。普段は権力争いに夢中な貴族どもですら、お前を見る目は期待に満ちていた」


 すぐ絶望に変わったけどな、とウィルがいらない解説をする。


「ふむふむ、なーるほね。だけどそれって私に関係なくない?

 聖女になるなんて一言も言ってないし、そもそも王様に会ったのだって家に帰る方法を知っていると思ったからだもん」


 とりあえず、負け惜しみだけ言っておいた。

 ……それに、絶望したのは私の方だ。


 なぜなら、結局、王様が言ったのは「帰す方法は伝わっていない」ということだけだったから。


「お前を帰す方法は、多分誰も知らないんだ」


 ウィルがわざわざ追い討ちをかける。泣いていいだろうか。思わず両手で顔を覆う。


「だが。手がかりがあるとすれば」


 私は手を離し、顔を上げる。そこには真剣な顔のウィルがいた。


「千年前に現れた聖女様も、りんねと同じように異世界から来たという。

 そして、いずこかに去ったと伝えられている。その記録が、王立図書館にあったはずだ。古い書で、普段は見れない場所に保管されているが、俺の権限なら閲覧できる」

「ほ、本当に!?」


 一筋の光が見えた気がした。


「おい、ウィル! バルト将軍が入れ込むなと言ったのを忘れたのか」


 レオが焦ったように言う。


「分かってる。だが命の恩人だ。それに報いるだけのことはしたい」


 王様に会う前にも、この二人は似たような会話をしていた。デジャヴが纏わりつく中で、私はウィルに城にほど近い王立図書館に向かうことにした。



 ◇



 図書館というが、外観は教会のようで、入り口には誰かわからないおじさんの石像が偉そうに立っていた。

 

 外観は意外にもこじんまりとしてたので、王立といっても町の図書館くらいなのかなと思っていたから、中に入った瞬間、広さに驚いた。


 一階からぶち抜いたと思われる吹き抜けに、天高くそびえ立つ本棚が壁一面に並ぶ。その本の数たるや、私の地元の本屋の本をかき集めても足りないくらいに思える。


 備えられたテーブルには、読書をしている人の姿も見受けられる。身なりを見るに、みんなかなりの金持ちだ。貴族の人たちだろうか。


 「ここで待ってろ。」と言い残し、ウィルはスタスタと受付に向かった。

 受付の年配の女性と時々、私の方をチラチラ見ながら何やら話している。


 しばらくすると話がついたのか、ウィルが手招きをしてきた。受付の女性がもの珍しそうに私を見るのでそわそわしてしまう。


「読んでいいそうだ。だが、閲覧のみでくれぐれも持ち出さないように、とのことだ」


 返事をする私にウィルは「本には興味ねえ」と言い、外で待っているから終わったら声をかけろと出て行った。

 見た通りの脳筋なんだな、と思った。


 無愛想な受付の女性に案内されたのは地下室の鍵のかけられた扉の先だ。

 上の図書館の明るい雰囲気とは違い、窓の一つもない部屋は圧迫感がある。


 そして、


 あれ? と、私は不思議に思った。


 そこには本はおろか、物がひとつもなかったのだ。

 騙されたかと後ろにいる女性を振り返ると、困惑を察したのか「こうやって、本を出すのです」と言い、途方にくれる私の横をすり抜け部屋の真ん中に立った。


「聖女様に関する記録を」


 そう言った瞬間、足下に魔法陣のような円が浮かび出て、青白く発光した。かと思うと、部屋の中に突如としていくつもの本棚が出現したのだ。


 その時の私の顔を誰かが見たら、とんでもない間抜けだと思っただろう。そのくらい、目を見開き口を大きく開けていた。


「こ、これって、魔法……?」

「歴史文書は厳重に保管が必要ですので。貴女様の権限も登録しておきましたから、どうぞご自由に閲覧ください」


 普通のことのように女性が言うので、私も「はあ」と気の抜けた返事をする。


 女性はにこりと微笑むと「見終わりましたら受付にいらしてください」と言って、私を一人部屋に残して受付へと戻って行ってしまう。


「ひ、ひとりにしないで……!」


 私の願い虚しく、扉は無情に閉められる。

 暗くなった部屋にぼうっと壁にロウソクの火が勝手に灯る。これも魔法なのだろうか。


 本棚から適当に一冊手に取ってみる。

 タイトルは「聖女に見る経済史」。


「……」


 そっと本棚に戻す。難しい内容はご勘弁。

 朱雀だったら読んだかもな、とふと思う。


 そういえば、この世界の文字は問題なく読めるし、気にしなかったけど、言葉も通じる。日本語しか分からない私なのに、聖女の加護ってやつかもな。


 だけど、と私は本棚たちに向かい合う。


 この本棚の中からどうやって帰る方法が書かれた本を探そう……?


 途方にくれていると、


「何かお困りですか?」


 本棚の陰の暗がりから男の人の声が聞こえたので、悲鳴を上げる。

 おばけ? 幽霊? いかにもそんな輩が出そうな暗い場所だ。


「驚かせてしまって申し訳ありません」


 声はそう言って、さっとその主が陰から出てきた。


 現れたのは、薄い水色の髪を腰まで伸ばし、まるで神父のような格好をした、男の人だった。

 はじめからいたのだろうか? 入ったときは、確かに誰もいなかったと思ったけど。


 それにしても、その男の人はすごく綺麗な顔をしていた。すらりと背が高く、鼻筋の通った精悍な顔つきは、どこか学者のような印象を受ける。


「あ! 司書の方ですか?」


 私の疑問に司書さんはにこりと微笑むと言った。


「その美しい髪の色、目の色。

 ……貴女は聖女様ですね」


 すっかり変わってしまった私の白銀の髪と金色の瞳を見たらしい。これは元々の私じゃないのだけど、細かく説明するのはやめておいた。

 司書さんはまた言う。


「聖女様が世界を救ってくださると町中の噂になっていますよ。お困りのようでしたから、お声をかけさせていただきました」


 その人は親しげな笑みを向ける。優しい目をした人だな、と思った。


「私、全然聖女なんてものじゃないんです。

 突然この世界に来ちゃって訳わかんなくて。世界を救えると言われても、私にそんな力ないし……。

 今も元の世界に帰りたくてその方法が書かれた本を探しに来たんです」


 考えてみれば、この世界は訳の分からない天災に襲われていて、それを止められる可能性のある私に多大な期待をしているはずだ。

 だから、こんな話をすればがっかりするのが当然だ。


 だけど、この人の穏やかな雰囲気に飲み込まれたのかもしれない。気がついたら、この世界に来たいきさつと、来てからの顛末をペラペラと話していた。


 司書さんは私が話を終えると、うーん、と言って考え込んだ。そしてその後で言った。


「実は、千年前の聖女様が世界を救った後、どこへ行ったのかは分からないのです。記録にはただ、何処かへ去った、という一文があるだけで……」

「そう……ですか。

 やっぱり、帰る方法なんて、ないのかな……」


 私の明らかな絶望を受け取ったのか、司書さんは申し訳なさそうな表情になる。


 お母さんの顔が浮かぶ。

 家出なんてした事がない私が帰っていないのだ。きっと心配しているだろう。


 それに、朱雀だって。普段は憎まれ口ばかり叩く私たちだけどもう会えないと思うと、寂しかった。


 泣くまい、と口をキュッと結ぶがじわりと目には涙がにじむ。


 と、ぽん、と頭の上に手が置かれる。

 撫でられていると気がついた時に、司書さんが優しく言った。


「貴女は、可愛らしい方ですね」

「へ!?」


 そんな事言われた事がなかった私はへんな声が出てしまった。彼はすっと手を離すと、「もしかすると」と言って、とある本棚から一冊の本を取り出した。


「ひとつだけ、今まで誰一人読む事のできなかった本があります。聖女様の日記だと言われているのですが、見たこともない言語で記されていまして」


 どうぞ、と差し出された本を受け取る。


 黒っぽい本だった。

 

 千年前と言っても保存状態がいいのか、すこし紙が日焼けしていて古くさい程度で、十分本の体を取っていた。

 魔法がある世界なので、保存の魔法もあるのかもしれない。


 日記だから当然だけど、タイトルも著者名もない。

 一ページめくってみる。


「なんだ、読めるじゃない」


 拍子抜けして思わず声に出してしまう。司書さんが息を飲む気配がした。


「読めるの……ですか?」


 なにが不思議なのか分からない。だって、こんなにはっきり読めるのに。


「『こんな状況になってしまって、考えを整理するために日記を書くことにした。』って、一行目に書いてあるじゃないですか」


 そうだ、この聖女様も突然この世界に来て混乱していたに違いない。

 それで日記をつけたのだ。もしかしたら、本当にこの日記に手がかりがあるかもしれない。


 司書さんの顔を見上げると、驚いた表情をしていた。


「申し訳ありません。私には全く読めません」


 そんなはずないのに。だって普通に私は読める……

 だって、普通に……。


「あれ?」


 私はあることに気がついた。


「こんな事って、あるの……?」


 この日記は。この文字は……。


「……これ、()()()()()()()()()

現れた男は本当に司書さんなのでしょうか。

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