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迷宮の街  作者: 諸葉
22/22

護衛依頼 ー 4

 酒場、宿屋、武器屋、道具屋、訓練所──そして教会。冒険者が訪れる店や施設は数あれど、もっとも頻度が高いのは、彼らに関する一切を取りまとめる冒険者組合(ギルド)だろう。陽が高いうちは新たに街を訪れた者が登録の手続きをしたり、割の良い依頼はないものかと掲示板を覗きに来る者もいる。陽が傾く頃にはその日の仕事を終えた冒険者たちが報告へ訪れ、報酬を受け取っていく。

 そして、陽が沈む頃には仲間たちと酒場で今日の成功を祝い、明日のための英気を養うのだ。だから、そのような時間にギルドを訪れるものはほとんどいない。昼間の喧噪を思えば、夜のギルド内は不気味なほど静まり返っていた。通常であれば職員たちも仕事を終え、帰路についている時間だ。

 そんな中、受付台で一人、羊皮紙の束を整理する女性がいた。愛想のない受付嬢──そう言えば、一度ギルドを訪れたものなら誰もがわかる、彼女だ。

 愛想など微塵もなく、それどころか威圧感すら感じさせる対応のせいで、彼女の前に立つ冒険者はほかの同僚と比べて明らかに少ない。それがほかの職員へ負担をかけていいることは、無論彼女も理解している。だからこそ、こうした書類の整理や依頼の確認、関係各所との連絡などといった雑事を、彼女は自らすすんで請け負うようにしていた。今日のように、一人残って作業を続けることも珍しくない。

 そんな彼女の仕事ぶりは、同僚たちには概ね好意的に捉えられている。それは、彼女が冒険者たちにあのような態度をとる理由を、みな理解しているからでもあった。

 確認を終えた羊皮紙の束を几帳面にまとめ、彼女は小さくため息を漏らす。目深にかぶったフードから覗く視線は、一番上に重ねられた依頼書に向けられていた。その視線は紙面を滑り、一番下に記されたサインで止まる。

 たどたどしく書かれた、いびつで、不細工な字。読み書きすらおぼつかない冒険者には珍しくないものだ。けれど、その字からはどこかひたむきな一生懸命さが伝わってくるような気がする。それを書いた冒険者の、あのどこか頼りなさそうな笑顔を思い出して、彼女は白く、細い指でつうっと、サインを撫でた。記されてから数日が経っているインクは、形の良い指先を汚すことはない。


 アリスたちが初めての依頼を受け、この街を出発してから数日が経過していた。予定通りに進んでいれば、そろそろ目的の街に到着する頃だろうか。そこまでの道のりは手練れの護衛が配された隊商(キャラバン)に便乗する形で移動するから心配はないだろうが、問題はそこからだ。

 ギルドの一職員として、特定の冒険者やパーティに肩入れすることはできない。だが、この街で冒険者として活動する上で最初の一歩となる冒険者登録を担当し、その後も事ある毎に接点を持ってきた──それは彼女にとっても稀有な経験だった──彼女らの動向を、気にするなという方が無茶な話だ。

 ──あのアリスという冒険者ときたら。ギルドに訪れる度、いつもこんにちは、なんて挨拶をしてくるものだから、お決まりの文句で返すわけにもいかず、不格好にも受付台を挟んで挨拶を返さなければならない。ギルドへ訪れる冒険者は仕事をしにくるのであって、友人と世間話をしにくるわけではないというのに。それは出迎える職員側も同じで、だからこそ"冒険者ギルドへようこそ"──なんてお決まりの文句があるのだ。

 おまけに、あの冒険者はこちらがどんなにつっけんどんな態度をとっても、まるで意に介さない。それどころか、あのいつものふにゃっとした笑顔でありがとう、なんて言ってくるのだ。こっちはただギルドの職員として、当たり前の仕事をしているだけだというのに。

 別に、それ自体は不快ではない。職業柄、若い女性が多い受付嬢にお近づきになろうとする不届きな輩の中にはそうした態度をとるものもいるが、彼女はそんな素振りは見せなかった。きっと、彼女──アリスにとっては、それが普通なのだ。人当たりが良い、と言い換えてもいいだろう。それは冒険者として活動する上で、決して悪いことではない。ないのだが──


 そう考えると、あの態度に面食らってしまった自分が馬鹿みたいに思えてくる。正直ちょっとだけ腹立たしい。もちろん、そんなことはおくびにも出さないけれど。


 物思いにふけるうちに、一人の冒険者のせいで埋め尽くされそうになっていた思考が、がちゃり、という金属音に中断された。


「なんだ、まだ残ってたのか」


 受付台の奥にあるドアを開け、冬眠から覚めた熊のようにのっそりと現れたのは、このギルドの最高責任者である壮年の男だった。現役を退いて久しいというのにまったく衰えを見せない偉丈夫は、今日もその頑健な肉体をほとんど活かすことのない書類仕事に明け暮れていたらしく、疲れた表情をしている。

 そのまま帰るつもりだったのか、その大きな手にはギルドの門扉の鍵が握られていた。


「はい。すこし作業が残っていたので。ちょうど、今終わったところです」


 そう言いながら、ギルド長の視線から隠すように、愛想の無い受付嬢はさり気なく依頼書の束を所定の棚に収めた。


「そうか、ご苦労さん」


 果たしてそれに気づいたのかどうか、ギルド長は部下を労うと、肩の凝りをほぐすように首を左右に曲げてバキバキと鳴らした。

 まさか、依頼を受けた冒険者のことが心配で物思いにふけっていた──などと、言えるはずがない。だいたい、別に心配していたわけではないのだ、断じて。だって、依頼を斡旋したのはギルドが達成可能と判断したからで、それを心配するということは、ひいては自らが所属する組織の判断を疑うということにほからない。一職員として、そんなことは許されることでは──


「あいつら、そろそろ着く頃合いだな」

「──」


 あいつら、とは。聞くまでもなかったが、聞くべきだった。本当に心配していないのなら、気にも留めていないのなら。日々ギルドを訪れる、大勢の冒険者たちと同じに思っているのなら。だれのことですか、と問うべきだった。

 ──結局、なにも言えなかった。()()()()が成功し、にやにやと腹の立つ笑みを浮かべてこちらをうかがう上司に、せめてもの反撃にと年若い受付嬢は視線に力を込めてにらみつける。


「ひよっこの頃から面倒見てたやつが依頼を任されるくらいになったのは嬉しいが、それはそれとして無事に帰ってくるかどうか心配だ──ってところか?」


 まるで心のうちを見透かしたかのようなギルド長の言葉にも、怒気をはらんだ視線をぶつけるしかない。それがどれほどの効果があるかはわからないが。

 それに──自分が面倒を見てきた、なんて思ったことは一度もない。断じて。そんなおこがましいことを考えるほど、自分は傲慢ではない。自分はただ、当たり前に仕事をしてきただけだ。アリスの場合、なぜか──そう、なぜか、自分が応対することが多かっただけで。

 からかうような物言いに怒ったと思ったのか、ギルド長は苦笑した。


「別におかしいことじゃねえよ。俺たちは魔法人形(ゴーレム)じゃないんだ。多少なりとも仲良く──あー、関わった連中が活躍してれば嬉しくもなるし、危ない仕事をしてれば心配にもなる。仕事に差し障りでもしない限り、そういうのを無理に押し込める必要はねえよ」


 思い悩む部下を元気づけるように言ったギルド長だったが、ふと、その顔から笑みが消えた。


「……仕事に差し障らない限り、な」

「わかっています」


 今度こそ、受付嬢は即座に答えた。

 そんなことはわかっている。だからこそ、彼女は過剰なほどに冒険者を遠ざけるような態度を取り続けてきたのだ。

 冒険者とは、常に危険とともに在るもの。今朝見送ったものが、夜には屍となって見つかることなど日常茶飯事だ。特に、ほとんど無制限に冒険者を受け入れているこの街では尚のこと。特定の冒険者に肩入れしてはならない──それは公平であるべきギルドの在り方でもあり、同時にあまりに近しい存在となった冒険者を喪ったときに、彼女らの心を守るためのものでもあった。ギルドで働く職員は多く、その役割も様々だが、もっとも冒険者たちと接する機会が多いのは、間違いなく彼女ら受付嬢であるからだ。

 訪れた冒険者を、笑顔で出迎えるのは良い。その笑顔が、死地へ向かう最期の手向けとなるかもしれないから。仕事の成功を言祝(ことほ)ぐのも良い。次も成功する保証など、どこにもないのだから。

 だが、それらを自らのうちに受け入れてしまうのはいけない。彼らの失敗が、彼らの死が、取り返しのつかない傷を生み出すかもしれないから。

 だから、彼女は彼らを遠ざけた。過剰なほどに。それは、そうしなければ自らを守れないという未熟さの証明でもあり、死んでいったものになにも感じずにはいられない、優しさの証拠でもあった。

 だから、彼女は仕事に手を抜かない。一切の妥協をしない。そうすることで、ほんのすこしでも、彼らの明日を支えられるのなら。


 怒気を治め、真剣な表情で見上げてくる未熟な若者に、ギルド長は重々しくうなづいた。


「そうだな。おまえはちゃんとわかってる。今までもよくやってきた。……だから、心配なんだよ。こんなこと、今までなかっただろ」

「それは……」


 そう、自分はきちんとわきまえた上で、彼らを遠ざけ、そして仕事に打ち込んできた。すくなくとも、今はそれで良いと思っていた。いつか笑顔で、彼らを見送ることができるようになるまでは、と。

 だが、あの冒険者ときたら。アリスときたら──知ったことではないと言わんばかりに、近づいてくる。こちらがどれだけ押しのけようとしても、まるで意に介さない。そして、あのふにゃっとした笑顔で、笑いかけてくるのだ。

 意識せずにはいられない。気にならないはずがない。実際、メンバー募集に応じた人物のところへ案内したときなど、普段なら絶対にしないような世間話の類までするようになってしまった。

 それ以上言葉を紡ぐことができず、黙り込んでしまった部下を哀れむように、ギルド長は言う。


「こういうのはたぶん、正解なんてないんだ。だれだって間違えて、傷ついて、後悔する。それでもどこかで折り合いつけて、やっていくしかねえんだ。特に、こんな仕事はな」


 今までどれだけの出会いと別れと経験したのだろうか、かつては腕利きの冒険者でもあった壮年の男は、ため息を吐いた。その表紙に、手の中からじゃらりと音がする。先代から受け継いだ鍵はすっかり古ぼけているが、その手の中で今も鈍い光を返してくる。


「もしこれ以上続けられないと思ったら、辞めたっていい。おまえはまだ若いんだ、この仕事にこだわることは──」

「いいえ」


 強い語調で、受付嬢はギルド長の言葉をさえぎった。見上げてくる藍色の瞳は、すこしも揺らぐことはない。


「まだなにも起こっていないのに、最初から投げ出すことを考えるつもりはありません。それに……毎日を命がけで生きている彼女らに、そんな風に接したくありません」

「……そうだな。悪い、失言だった」


 不器用で、愚直なほどに真っ直ぐな答え。だが、ギルド長はそれ以上なにかを言うつもりはないようだ。結局のところ、最後にどうするかを決めるのは、彼女自身なのだから。


「しかし、すっかり遅くなっちまったな。帰りに酒場でも寄るか。晩飯、まだだろ?」


 重苦しい空気ごと入れ替えるように、ギルド長は話題を変えた。窓から見える外はすっかり夜の帳が下りていて、今頃はどの酒場も仕事を終えた冒険者で溢れ返っていることだろう。


「お酒なら付き合いませんよ」


 とても上司に誘われた部下とは思えない言葉を吐きながら、すっかりいつも通りの様子で受付嬢は台の上を片付けると、席を立つ。

 もちろん、このフランクな責任者はそんなことは気にも留めない。


「わかってるよ。そら、さっさと閉めて行こうぜ。腹が減ってしょうがねえ」


 古ぼけた鍵を手に、門扉へ向かうギルド長の背中を追って、受付嬢も歩き始める。


 ──帰ってきたら。彼女らが無事に依頼を終えて、帰ってきたら。祝うことくらいは、許されるだろうか。もしもそうしたら、彼女はどんな顔をするだろう。


 いくらか気持ちの晴れた彼女は、目深にかぶったフードの下でだれにも見られることない表情を、ほんの少しだけ緩ませるのだった。



***



「……む。確かに、確認した」


 羊皮紙を手渡された男は内容を確認すると、そう言ってうなづいた。受け取ったのは、隊商(キャラバン)の護衛を取りまとめていた冒険者だ。


「ここまで、ありがとうございました」

「いや、これも仕事のうちだ」


 そういう性格なのだろうか、アリスが礼を言うと、男は素っ気なく首を振る。

 彼らの受けた依頼は依頼人と"積み荷"を守り、目的地まで無事に送り届けることだ。それにはもちろんアリスたちも含まれているわけで、先ほどの羊皮紙は依頼の街まで送り届けたことを証明するためのものだった。


「あんたたちはこれからが仕事だろう? 気を付けてな」

「はい。そちらも、お気を付けて」


 素直な後輩冒険者に、男は軽く手を挙げてみせると、背を向けて立ち去った。


「かっこいいですねぇ……」

「うん。歴戦の強者って感じ、だね」


 その威厳たっぷりの後ろ姿に目を輝かせるサラに、アリスはうなづいた。確かに恰好良いし、まとめ役があんな風に頼もしく見える立ち振る舞いをすれば、ついて行くものたちも安心できるというものだろう。

 隊商は水と食料の補給を済ませたらすぐに出発するらしく、商人が下働きのものたちに指示を出し、慌ただしく荷物を積み込んでいる。


「私たちもここでお別れだね。それじゃあ、また! 街で会ったら、声かけてね!」


 どうにも気に入られたらしく、当然のようにアリスたち一行の傍にいた黒髪の冒険者──メルヴィはそう言うと、ぶんぶんと手を振りながら、隊商の方へ歩いていった。もう片方の手には、相棒(パートナー)──ミルドレッドの手を握って。


「……まあ、気を付けてな」


 メルヴィに引っ張られながら、ミルドレッドは素っ気なく言った。

 結局隊商が襲われたのはあの一度きりで、それからの旅路は平和そのものだった。その間、あの二人──主にメルヴィだが──は、頻繁にアリスたちが乗っている馬車の近くにきては、話しかけてくるようになった。初めての仕事に臨むひよっこの後輩が可愛かったのか、あるいはほかに理由があったのかはわからないが、アリスたちにとっても熟練の冒険者と交流するのは得難い経験だ。──話した内容のほとんどは、他愛のない世間話のようなものだったが。


「わたしたちも行こうか」

「そうだね。あまり依頼人を待たせるのも良くない。ギルドで聞いた話だと、ここには冒険者組合(ギルド)がないから、酒場で依頼を取りまとめてるってことだけど」


 かの迷宮の街に比べると、この街の規模はかなり小さなものだった。住民を守る外壁や出入りを制限する門がなければ、村と見まごうものもいるかもしれない。

 住民の数が少なければ、冒険者へ依頼するような事柄も必然的に少なくなる。そうなれば彼らを管理するためのギルドも必要ないわけで、代わりに人がもっとも集まる酒場で依頼を管理しているというわけだ。もちろんギルドに比べれば依頼の精査や報酬などの不便は多々あるだろうが、ギルドを立ち上げたところで需要がなければ立ち行かない。街の中に未踏破の迷宮が存在し、絶えず冒険者の需要が存在するあの街の方が異常なのだ。


「酒場の場所、聞いてきたわ。って言っても、一軒しかないから迷うこともないって」


 隊商を見物にでも来たのだろうか、近くを通りかかった住民に話を聞きに行っていたエリィが戻ってきた。


「ありがとう、エリィ。それじゃ、早速行こう」


 エリィはうなづくと先頭に立ち、一行は酒場へと向かった。



***



 聞いていた通り、酒場はすぐに見つかった。これも小さな店ではあるものの、住民にとっては貴重な憩いの場なのだろう。昼食にはまだすこし早い時間だったが、席は半分ほどが埋まっていた。

 冒険者のパーティが珍しいのか、店内に入ったアリスたちに住民の視線が集まる。本来なら真っ先に声をかけてくる給仕の姿は見当たらず、一行に声をかけたのは店主らしき中年の男だった。


「いらっしゃい。珍しいな、よその冒険者さんかい?」

「はい。……こちらの依頼の件で、来ました」


 アリスはレティシアから羊皮紙を一枚受け取ると、カウンターの向こうにいる店主に示して見せる。それは依頼内容と、請け負ったものたちの名が記された依頼書の写しだった。


「ああ、あんたらが! いやいや、遠いところをわざわざ……すぐに人をやりますんで、座って待っててください」


 依頼書を見るなり慌てた様子の店主はそう言うと、店の奥に向かって大声を張り上げて使いの者を呼んだ。宿かなにかで待っている依頼人を呼びに行ったようだ。さすがに貴族の令嬢ともなれば、酒場で待たせるわけにもいかなかったのだろう。アリスたちですら人目を集めるのだから、いらぬ注目を浴びることは間違いない。

 使いが戻るまで、そう時間はかからなかった。店内に呼ぼうとするのを止めて、アリスたちは店主に挨拶してから酒場を出る。ギルドと違って、あの店主が依頼人との仲介を行うわけではない。となれば、わざわざ騒がしい店内をもっと騒々しくしてまで、ここで話す必要はなかった。


 店を出ると、依頼人と思しき少女が不安げに佇んでいた。傍らには、付き人かなにかだろうか、外套ですっぽりと全身を覆い隠した人物が寄り添うように立っている。

 少女は一行に気がつくと、柔らかそうな栗色の巻き毛をふわりと揺らして、お辞儀をした。冒険者が仲間同士でするような挨拶でも、平民がするようなものでもない、優雅な辞儀だ。

 明らかに住む世界が違う存在に気圧されそうになりながら、アリスもできるだけ丁寧に頭を下げて挨拶を返す。


「依頼を請け負って来ました、アリスと言います。こっちは、わたしのパーティ……仲間たちです」


 アリスがそう言うと、少女はほっとしたように表情を和らげた。恐らく冒険者などとは無縁の生活を送ってきたのだろう、どんな想像をしていたのかわからないが、これから決して短くない旅路をともにするものたちがいずれも年の近い少女であることに、安心したようだ。

 金色の瞳を嬉しげに細めて、令嬢は改めて一行に挨拶をした。


「初めまして。皆さまに護衛の依頼をいたしました、セレスと申します。道中、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願い致します」

「あ、いえ、こちらこそ……」


 すっかりたじたじになっているリーダーの背を、エリィがこっそり小突く。しっかりしろと言いたいのだろうが、正直言って荷が重い。貴族と言われて平民が真っ先に思い浮かべるような、傲慢で権力を傘に着た手合いでなかったのは救いだが、さりとてこうまで丁寧に対応されても困る。こちらはただの冒険者なのだから。


「失礼。そちらの方は? 依頼書には、護衛対象の人数の記載はありませんでしたが」

「あ……」


 見かねたレティシアが話に割って入った。彼女──セレスの傍に控える外套の人物のことを聞いたのだ。助け船が出されて、アリスは内心で大きくため息を吐いた。元々ただの村娘である自分には、本物のご令嬢の相手は荷が重すぎる。

 レティシアに指摘されて、セレスは一瞬、何故か戸惑うような様子を見せた。


「彼女は……キルシュは、わたしの、大切な……家族、です」


 取り繕った"ご令嬢"から本心が垣間見えるように、セレスはそれまでとは違う様子で大切そうに言うと、キルシュと呼んだ人物の──いつの間にか外套の隙間から出されていた──手をぎゅっと握った。

 握ったその手は、およそ人間のものとは思えないほど青白い。明らかにワケありといった様子だが──


「そうですか。失礼いたしました」


 レティシアはにこやかにそう言うと、それ以上は聞こうとしなかった。


「えっと……それで、出発はいつにしましょう? もしすぐに出発するなら、水と食料を買う時間だけもらいたいんですが」


 事前に日程を計算して準備をしてきたが、予定通りに事が済むとは限らない。特に命に関わる飲み水や食料は、補給できるならしておくべきだ。それこそ、先ほど立ち寄った酒場で頼めばすぐに用意できるだろう。

 だが、アリスの申し出にセレスは困ったような顔をした。


「あ、あの、そのことなんですが……。実は、皆さまにお願いがあって」

「お願い?」


 アリスが聞き返すと、セレスは申し訳なさそうにうなづいた。次いで、その金色の瞳は一行の後ろに向けられる。視線を追って振り向いたアリスたちが見たのは、こちらへ歩いてくる二人の人物だった。

 一人は鎧を着込み、腰に長剣を帯びている。アリスたちにとってはすっかり見慣れた、冒険者の装いだ。もう一人は──ローブで体と顔を覆い隠した、すこし小柄な人物。今はフードを下ろしているものの、似たような恰好をしているシオンも含めれば怪しげな風体の人物がこの場に三人も集っていることになる。もしこの街に衛兵でもいれば、誰何されても仕方ないだろう。

 だが、アリスが──恐らくはほかのメンバーも──気になったのは、そこではない。


「荷物、積み終わりましたよ。馬も準備できました」


 そう言って近づいてくる冒険者が、"男"であることだ──


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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛想のない受付嬢の内心もちょっと出てきて、幕間の人たちが揃ってきて。先の展開がとても楽しみです
[一言] なるほど、ここで話が繋がるんですね。 続きが楽しみです。
感想一覧
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