神の造り手 ~鍛冶スキルを極めたドワーフ娘が駆け出し冒険者を始めるようです~
最近になって、異常に高性能な「鉄製の武器」が市場に出回るようになった。
アイアンソードでも【高品質+10】ともなれば、ミスリルソードともほとんど遜色のない攻撃力を発揮する。
それがミスリルソードよりも遥かに安価で売られているのだ。
まあ安価といっても、俺たちのような駆け出しの貧乏冒険者に買えるような代物ではないわけだが。
その一方で、最近一人のドワーフ娘が、俺たちの冒険者パーティに加入してきた。
「冒険者としては素人なので、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げたドワーフ娘は、背が小さくてとても可愛らしい美少女だった。
だが──俺の勘が言っていた。
この娘は、ただものではないと。
そして、その勘は見事に的中することになるのだ。
***
俺たちはこの日、森の中を歩いていた。
冒険者ギルドで受けた、ゴブリン退治のクエストを達成するための行軍中である。
俺たちの冒険者パーティは、件のドワーフ娘が入るまでは四人だった。
戦士のグランに、盗賊のチェリー、神官のセリスに、魔術師のアルフレッド──つまり俺である。
全員まだまだ未熟ながらも四人で一応のバランスは取れていたから、次にメンバーを入れるなら弓の得意な野伏あたりが理想かと思っていたのだが──
旅の途中、それを俺がちらっと漏らすと、新入りのドワーフ娘──イルドはこう言った。
「射手ですか。似たようなことならできると思いますけど」
小柄なドワーフ娘は、腰に引っかけた手斧を引き抜いて、手でコンコンと叩いてみせる。
手斧は投擲に適した形状の小型斧で、一応の遠隔攻撃に使えるものだ。
だが──
「手斧か。弓矢と比べると射程距離がね──確か有効射程は十メートルぐらいだろ? それに敵の数が多いと対応できない」
俺が少し自慢げに知識を披露すると、イルドはこくんとうなずく。
「よくご存じですね、アルフレッドさん。確かに手斧は、おっしゃる通りの欠点を持っています。でもそれは普通の手斧ならばの話です」
「アルフでいいよ。で、そういう言い方をするからには、イルドが持っているそれは、普通の手斧ではないわけだ」
「もちろんです。そういえばアルフレッド──アルフさんには、私の本当のクラスを教えていませんでしたね」
「本当のクラス? 戦士じゃないの?」
小さな体に似合わない重装備の金属製防具を身につけ、背中には両手持ちの巨大斧を括りつけている。
てっきり戦士だとばかり思っていたのだが──
俺の問いに、イルドは再びこくんとうなずく。
そして、こう言った。
「私の本当のクラスは──鍛冶師です」
***
イルドの言っていたことが証明される機会は、すぐに訪れた。
俺たちがゴブリンの棲む洞窟に向けて、歩を進めていたときのことだ。
「──くそっ、横手からの鉢合わせかよ! 逃がして巣穴に戻られると、先行偵察に行ってるチェリーがマズいことになるぞ!」
戦士のグランが叫ぶ。
それはゴブリンの群れとの、予想外の鉢合わせだった。
盗賊のチェリーが、ゴブリンどもが潜むと思しき洞窟前に先行偵察に行っているときに、外にいたゴブリンの群れと俺たち四人とがばったり遭遇することになったのだ。
遭遇したゴブリンの数は四体。
どこかに出掛けて巣穴に帰還する様子だったゴブリンたちは、俺たちの姿を見るなり、一目散に巣穴方向へと逃げていった。
巣穴の前では今、盗賊のチェリーが一人で中の様子をうかがっているはずだ。
チェリーは俺たちと同様に駆け出しの実力で、一人でいるところをゴブリン四体に襲い掛かられたりしたら、ひとたまりもない。
だが、追いかけようにもゴブリンたちとはすでに二十メートルほども離れており、鎧を着た戦士グランや神官セリスが追い付くのは困難だ。
──何とかしなければ。
そう思った俺は、魔力の消耗を気にしつつも、魔術師の杖を掲げて一つの呪文を唱えた。
「──スリープ!」
眠りをもたらす初級魔法だ。
ある程度の範囲に効果を及ぼすもので、あのゴブリン四体はすべて効果範囲内に収まる。
初級魔法の中では魔力の消耗が激しく、無闇に連発はできない呪文だが、この状況ではそんな悠長なことも言っていられない。
こいつがうまいこと効いてくれさえすれば──
だが俺の願いもむなしく、俺の放ったスリープの魔法が効果を及ぼしたのは、四体のゴブリンのうちの二体だけだった。
残る二体は魔法に抵抗したようで、倒れた仲間を一瞬だけ気にしたものの、すぐにまた巣穴のほうへ向かって行ってしまう。
やはり俺の未熟な魔法強制力では、ゴブリン相手でも一発殲滅というわけにはいかないか──
だが、それでも二体は潰した。
残り二体なら、巣穴の前のチェリーが一人でも対応できるか……?
いや、やはり難しい気もする。
戦士グランや神官セリスが後付けで追いついて戦闘に参加すれば、どうにか──
だがそれでも、巣穴の前で大きな戦闘音を立てれば、巣穴の中のゴブリンたちに気付かれてしまい、厄介なことになるだろう。
……ダメだ、パズルが合わない。
このままでは、まずい。
俺がそんなことを考えていたときだった。
「──あの二体のゴブリンを倒せばいいんですね?」
俺の横にいたドワーフ娘のイルドが、そう言って腰から手斧を引き抜く。
そしてそれを振りかぶると、無造作に投げつけた。
──ブン、ブン、ブン!
手斧は回転しながら飛び、逃げるゴブリンの背中へと迫っていく。
だが、距離が遠い。
ゴブリンまでは、すでに二十メートルを超えている。
射程十メートルほどの手斧では──
と思っていると、俺の隣にいたドワーフ娘が突然走り出し始めた。
「へっ……? お、おい、イルド!」
「追いかけます」
イルドはそう言って、自分で投げた斧を追って走っていった。
そのスピードは意外に速い。
ドワーフといえば鈍足で有名、しかも重装備の鎧を着ているのだからなおさら遅そうなものだが、何か仕掛けがあるのか、ほとんど普通の人間と変わらない速度で走っていく。
そして、そんなドワーフ娘に気を取られていると──
──ギャアアアアアアアッ!
前方から、ゴブリンの悲鳴が聞こえてきた。
「……お、おいおい」
イルドが投げた手斧は、何のことはない、逃げるゴブリンの背中に普通に届いて、見事に命中していた。
背中をバッサリと断ち切られたゴブリンが、前のめりにどうと倒れる。
しかも──
「よっ、と」
自分が投げた手斧を追いかけていたドワーフ娘は、ぴょんと跳び上がると、戻ってきた手斧をその手にキャッチする。
その上──
「もう一体です」
ぶんっ。
イルドはもう一度、手斧を投げつける。
それも過たず──いや、むしろ少し不自然な軌道を描いてもう一体のゴブリンへと命中し、そのゴブリンも撃退した。
再び手元に戻ってきた手斧を、イルドはよいしょっといった様子でキャッチする。
…………。
……えっとー。
「い、イルドさん……? 今のは……?」
俺がそう聞くと、ドワーフ娘はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、キラキラとした目を俺に向けてきた。
「ふふふ……この手斧にはですね、【長射程】と【追尾】、それに【戻る武器】の効果が付与してあるのですよ。もちろん【高品質】もたっぷりです。……どうです? 惚れ惚れするような機能美だと思いませんか?」
そう言ってイルドは、うっとりとした表情で手斧に頰ずりをする。
……あ、うん。
俺、この娘のことがだいたい分かった気がする。
だがそんな俺の想いなど知る由もなく、イルドは俺に向かってずずいと寄ってくる。
「ところでアルフさん、この武器を作ったのが誰だか、知りたくありませんか?」
「えっと……イルドが作ったの?」
「大正解です! アルフさんはなかなか見る目がありますね」
そう言ってイルドは、ふんすっと胸を張ってみせた。
今は鎧姿だから分からないが、確か鎧を着ていなくてもぺったんこだったなぁと思い浮かべた俺なのであった。
──とまあ、これが俺とイルドとの最初の出会いだったわけで。
あとで聞いたところによると、イルドは『神の造り手』と呼ばれるドワーフ族の間では有名な凄腕の鍛冶師で、最近市場に出回っていた超高品質の鉄製武器も彼女の作なんだとか。
そしてこれから先、俺と彼女とはずいぶんと長い付き合いになるわけだが──
それはまた、別のお話である。