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夕焼けの君主


 呪われた人。

 彼の第一印象だった、マジに怖かった。だけど、ラティフォリアは「インカローズ卿のこととかは、直接聞けば分かるんじゃないかな……ドミニクスに」と恐る恐る提案した俺に賛成してくれた。拍子抜けだった。もっと凄い剣幕で怒鳴られるのかと身構えていたけれど、彼女はちょっと驚いた顔をしただけで、後は何も言わなかった。


「真祖様のお考えですから」

「…………でも、俺数時間前までビビりでドジな普通の人間だったんだ……だから、不安で」

「じゃあ、私達があいつの口から何でも吐かせてやろう。別段真祖様が行く理由も無いさ。こういうのには『適材適所』がある」

「僕もデジーに賛成だ___ドミニクスは君の魂とは確執は無いが、君の存在に深く悩まされてきた男だ。悪戯に神経を逆撫でるだけだと思う」


 デジーとダンスがそう自信満々に言ってみせる。頼もしいけれど、今彼等に丸投げするのは少し違うんじゃないだろうかとも感じる。彼を眷属にしたのは自分だし___


「やっぱり行くよ。俺がドミニクスを眷属にしたんだ」


 責任は取りきれない程あるけれど、出来るだけ零さないようにしなくては。







「……私の部下は全員死んだか」

「う、うん。その……」

「謝るな。私達は殺し合うつもりだったのだ。あやつらも分かっているだろう」


 数時間後、俺の部屋でドミニクスはくつろいでいた。え? 何でって? ………成り行きだ。ラティが倉庫から引っ張り出してきたワインを飲んで、ドミニクスは感情を押し殺して溜め息を絞り出した。眉間には深い皺が刻まれている。俺もつられて眉を寄せると、彼はプ、と軽く吹き出した。


「な、何?」

「こうやって真祖と語らうことになろうとは。それに……ラティフォリア殿。彼女が反逆者の私と真祖を2人きりにするとはな」


 ……そうだ。今この部屋には俺を守ってくれる人達はいない。だが、ドミニクスも大きな剣や鎧を着けていないし、顔色も悪い。おあいこだ。


「馬鹿を言うな。私は貴様の首など素手でもへし折れる」


 前言撤回! 100対0で俺に勝率無し、完封負けです! 怖いぃ!! ワイングラスがメキメキいってるんですけど!!

 あたふたしている俺を見て、再びドミニクスは笑った。存外優しい種類のそれに、意外性と共に憐憫が浮かんだ。感情を押し殺して、これまで真祖に仕えてきたのだろう。

 俺は城に備蓄してある血液のお湯割りを飲んで、心を落ち着かせた。こんな突拍子も無い状況だけれど、俺はゲームでは善人ムーヴをしたい派なんだ。だから、良い奴にならないといけないという気持ちだけは強い。

 もし、インカローズ卿もまた彼のように真祖の故に苦しんでいるのならば、救わなくちゃいけない。いや、救うなんて大層なモンじゃない。ただ、俺は弱いだけじゃなくて、弱い者に寄り添うように努める人間だと認めてほしい。


「……それで本題なんだけど___インカローズ卿ってどういう人なの?」

「…………インカローズ? インカローズ……ああ、シャーデン・フロイデか___その事なら、ラティフォリア殿が詳しい」

「え?」


 仮にも同盟相手とは思えない程軽々しく、ドミニクスは相手の名前をど忘れしていたようだった。彼はそれを気にする素振りもせず、ワインをボトルから直接呷った。


「私が『思い出せる』範囲だと、インカローズ卿は『とある花』を専売する許可を何代か前の真祖から与えられた名家だ。しかしその花の特異さ故……当主に関する『記憶』は他人からすぐに抜けてしまう」

「記憶が、抜ける?」

「___その家系に関わっていなければ忘れてしまうのだ。インカローズという家の存在を……私の母方の一族がインカローズ卿の血と交わっていてな。だから私はこうやって『思い出せる』。貴様はインカローズ家に血を与えたので同じだ___そしてラティフォリア殿はその『忘却術』をかけた張本人だから、魔術の効果を受けんのだ」


 頭がちんぷんかんぷんだ。だけれど、インカローズ卿の記憶が曖昧な理由は理解できた。ラティフォリアがかけたマジュツ? が原因らしい。てゆーか吸血鬼って魔法使えるのか!? 初耳だぞ?! まあ、それによって皆の頭からインカローズ家にまつわる記憶が抜けているのだ。


「インカローズ卿は『花』を加工した物を人間界に売り、代わりに人間の血液を報酬として貰い受ける貿易を行っている。それにより得た金で兵器の開発や武器の鋳造をしていてな。私の剣が一級品なのはその為だ」


 高校の日本史で習った雄藩の動向に似ている気がした。力を蓄え、強くなり、そして幕府を支配した人物等に似ている気がした。

 やばいんじゃないだろうか。そんなに大規模に武器を造っている場所を野放しにしておいたら。それに何より……。


「なんか、人に忘れられるって悲しいな」

「………!」


 ぼそりと呟くと、ドミニクスは失礼にも意外そうに目を見開いて、2本目のワインのコルクを抜く動作を中断した。酒飲み過ぎだろ。顔色は蒼いままなのに酒だけが減っていくんだけど。


「面白いな」

「そ、そんな」

「いや、賞賛している。そうか、そうも考えられるのか」


 ああ、と額を手で覆って、ドミニクスは背もたれにしなだれた。やっぱり酔っぱらっているんだ。じゃなきゃ、さっきまで恨んでいた相手に、恨み続ける相手に、こんな無防備な姿を曝す筈が無い。でも彼はどうやら、本当に俺を賞賛してくれたらしい。言葉尻に本音が感じられた。ようやく、柔らかい印象をドミニクスからも感じるようになった。


「貴様のような男が、あと何百年か早く選ばれれば良かったのに……。そうすれば私は、こんな有様にならずに済んだのに」

「…………___じゃあ、インカローズ卿の所へ一緒に来てくれ」

「___は?」


 俺は待ってましたと言わんばかりに寝台に隠していたウエストポーチを取り出して装着した。中には血液入り水筒とラティフォリア特製血溜まり団子が入っている。……食べたくない。


「インカローズ卿も俺を誤解してる」

「………貴様、勇気があるのか臆病なのか分からん」

「臆病だからこそ、臆病な人を助けたいと思うし、優柔不断だからこそ物事を深く考えられるんだ」


 ドミニクスは俺の碧眼をじっと見つめてから、ゆっくりと時間をかけて了承した。


「良いだろう。ついて行く」

「……ありがとう」









 吸血鬼の世界、というか国は、その名をソアレとする長い歴史を持つ王国だ。領地は広大だが、人間界との関わりが制限されている分、資源が枯渇している地域も多い。吸血鬼は元来高度な文明、人工物を嫌う傾向があるらしく、その点では大きく人間に劣っている。しかしその代わりに、吸血鬼は自分の血液を媒介とした魔術を扱う事ができる。その魔術の生成物を輸出し、人間から科学の産物を輸入する。

 それがインカローズ卿の役目だ。だから代々インカローズ卿の直系当主は、科学を嫌う吸血鬼からの迫害を逃れる為に、そして貿易手段である『花』の隠匿の為に、その身を忘却術で隠す。故に誰からも残らない、存在の痕跡すら立ち消えてゆく。

 ルベライト卿も僻地に追いやられていた哀れで孤独な男だが、しかし彼女……インカローズ卿は、記憶の外という僻地に追いやられた、徒花のような存在であった。


「なななななんですって!? ルベライトが堕ちた?! シャーデンが貸した兵器は?! 安く見積もっても花畑の維持費3ヶ月分はあったんですわよ?!」

「お嬢様……ルベライトの身の上話に心打たれ後払いにしたのが命取りでしたね」

「黙りなさいクロサイト! シャ、シャーデンのお金がぁぁ……」

「それとお嬢様、電報が届いておりますよ」

「ええ、何よ」


 書斎机を行儀悪く指で弾き、椅子を貧乏揺すりで消耗させながら、シャーデンは機嫌悪げに歯軋りをしていた。外見の華やかしさとはギャップがありすぎる光景に、彼女の祖父の代から執事をしている男__燕尾服姿で30歳程の落ち着いた雰囲気、人形のように顔が整っている__は、溜息を吐きつつ告げた。


「真祖陛下より、『ルベライトの件で話がある。其方に直接行くから出迎えるように』と」

「ッッッハぁぁァ?!!! 真祖様が来るって言うの? ちょちょ、直接?」

「そのようです。ちなみに同行者は、ラティフォリア様、ルベライト卿、デジー様、ダンス様」

「ええ!? あの極悪非道のラティフォリアに……ルベライト! こここ、こんな」

「これは死にますね」

「何でそんな冷静なの?! だめだわ! 真祖に殺されるどころか、家も取り潰しでシャーデンは拷問されちゃうわ!」

「では私は逃げますね」

「薄情ッッッ!!!」


 軽口を叩きながらも、クロサイトは魔術を使って他の使用人に連絡を取っていた。それは真祖襲来に対抗する武器のセッティングであり、王に反旗を翻す赦されない行為の承認だった。元から逃げる気はさらさら無いのだ。シャーデンもそれを承知の上か、可憐な外見に似合わぬ苦悶に満ちた表情で立ち上がった。


「城門の隠し砲台に秘匿魔術をかけなさい。あっちにはラティフォリアがいるから魔術はそこまで効果無いだろうけど。あとルベライトの剣術が厄介ね__クロサイト」

「仰せのままに、お嬢様。ルベライトは私が抑えましょう」

「___『花』に赤色光を照射して」

「……はい」


 そこかしこから機械音が鳴り響く。その音に耳を傾けつつ、シャーデンはうんざりして窓の外を眺めた。花畑が一望できる。夕焼け色の美しい花々だ。だが彼女にとっては忌まわしいものでしかなかった。この花は、人間界で言う『鎮痛剤』だ。人間界ではこの花のエキスを原材料として様々な薬品を開発している。そして自分達は代わりに血液を買っている。皮肉な貿易だ。しかし先祖代々行ってきた貿易だ。取引の利益を真祖に渡すことがインカローズの仕事であり使命だ。私情は許されない。勿論、『他の吸血鬼から人間との繋がりを責め立てられぬよう』かけられた秘匿の魔術を恨んではいけない。


「___そんなの、無理よ。私は認めてもらいたいの。無視されるんなら、好き勝手やってやるわ」

「お嬢様」

「ルベライトが吐いたなら、インカローズだって終わりよ。なんなら暴れてやろうじゃない」

「……執事として誇らしいです」


 クロサイトが胸に手を当て深々と頭を下げる。シャーデンは暁に染まった瞳を瞬かせて、照れたように咳払いをした。


___インカローズ卿シャーデン・フロイデ。『夕焼けの花畑』の管理人であり、インカローズの直系当主。序列は10番。決して高くない値だが、これは彼女の家系の『重要さ』を隠す為の配慮でしかない。そして現当主シャーデンは、フロイデ一族の中でも屈指の__




「……『原初に集え(アルケー)』……」


 シャーデンの右の手の平が赤く染まる。そして、内側からビリビリと、手の皮を引き裂き、破り、貫く物が現れる。彼女は痛みに顔を歪ませながら、それを左手で引き抜いた。『それ』は弦の無い赤黒い長弓だった。ボタボタと血が垂れ、夥しい量の血液が床に染み込んでゆく。シャーデンは未だに流血している手の平を、本来弦がある筈の場所にかざした。すると、そこから血液が凍ったような弦が現れた。

 隣からクロサイトが一輪の夕焼け色の花を差し出す。シャーデンはそれを一瞥もせずに無遠慮にひっつかんで、ゴクリと飲みこんだ



___彼女は屈指の、『弓使い』。


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