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惨めな王様


「こちらは大広間、血石の中でも最高品質の物を大胆に床一面散りばめた絢爛豪華な場所でございます。美しいでしょう? 濃緑の中の血色が鮮やかで、見とれてしまいますわ……」

「えと、すみません、」

「ですがご安心くださいませ! 一番諸侯を圧倒するのは真祖様のその冷ややかな美貌! 素敵ですぅ!」

「あの……」

「そしてこちらはこの真祖城の名所で、人間の血を一本一本糸に染み込ませて縫い上げた絨毯が美しい、長廊下でございます!」

「えっ人間の!?」

「何と総勢1000人の血液の下成り立っております! 安心してくださいませ、協力してくれた人間にはお菓子とお茶を持たせました! これで人間界でも真祖様は崇められることでしょう!」

「献血かよ! …………それで、ご説明の邪魔してすんません。あの、俺状況が飲み込めてなくて」


 城の説明より先に、この状況の解説をお願いしたい。俺は設定厨で伏線大好きマンなんだ。1巻の最初の敵が実はラスボスを倒す鍵だったり、最終話で作品のタイトルが回収されたり、ポエムの中に話のヒントが隠されていたり! そんな背景が分からないと、このトンデモ時空の歪みに消されてしまいそうだ! そういえば俺が買ったゲームどうなったんだよ……帰りたいよパパママ……。

 幼児に戻りそうになった俺に向かって、ラティフォリアはあらあらそうでしたと呑気に呟いた。そしてコホンと咳払いをし、壁に掛かっている肖像画をおもむろに指さした。うーーん。半端ないイケメン、いや美形? 灰色に近い銀のストレートロングヘア、赤く澄んだ瞳、幼いが鋭く凍てついた美貌。目の色以外俺の今の姿にソックリだ。


「この人は……?」

「吸血鬼の王、真祖様でございます!」

「へー……何で俺はそんなチートキャラのコスプレさせられてるんですか」

血糸(ちいと)? 枯巣腐霊(こすぷれい)? ……まあとにかくですね、あなた様はこの真祖様の血を継承され、異界の体を捨て、魂を再構築しこちらに参られたのです!」

「は? じゃあ、俺は……」

「所謂転生でございます! 異界でのあなた様は死を迎え、サイザデイがこちらの世界にその魂を運び、あなた様は真祖様の血塊にその魂を宿されたのです。つまり移植ですね」


 なんだって。頭を抱える。じゃあ、これが夢じゃないなら、俺は元の世界には帰れないのか。そんな。ゲームなんてどうでもいい。これまでの人生が頭の中を駆け巡る。死んだのか、ならこれは死ぬ間際の夢じゃないか。だったら、ツインテ美女飽和状態なのも説明が付く。呼吸が荒くなった俺を心配して、ラティフォリアは俺の背中をさすりながら、話を続ける。


「この肖像こそがあなた様の魂の器、真祖……便宜上、初代様でございます。わたくし達吸血鬼は、子を成せぬ代わりに人間に血を分け与えることで種族を増やします。ほぼ不老不死ですので、その必要は無いのですが……真祖は吸血鬼の中でも特に、」


 突然だった。その説明をかき消すような、とてつもない爆音が鼓膜を刺激した。出元はすぐわかった。一階の壁と床が爆発したのだ。その後、まるで現実感のない、おぞましい悲鳴と罵声が轟いた。二階は嘘みたいに静かだが、不穏に生臭い、鉄臭い風が吹いていた。俺は困惑と混乱が腹の奥で渦巻いてめまいがした。情けなく膝をつくと、ラティフォリアが俺の腕を自分の肩に回した。


「諸侯__恐らくルベライト卿の差し金でしょう。真祖様から子爵の爵位を与えられたというのになんて無礼で傲慢な……! お立ちくださいませ、真祖様を殺させる訳には参りません!」


 殺される、と思考が行き着けば、逃げる為に体は簡単に動いた。ラティフォリアはそんな俺を見て、「聡いお方ですわ」と笑みを浮かべた。胸の奥にぢりりと罪悪感の痛みが広がって、酷く嫌な気分になった。何だか、色んな人を犠牲にして自分だけすごすごと逃げているような。

 唇を噛み締める俺を二階の突き当たりの物置に押し込め、ラティフォリアは「しばらくお待ちください」と言ってどこかに行ってしまった。俺はそれを止めることもせず、物置の隅まで這っていくと、隅で震えながら縮こまった。だって、仕方がないだろう。こんな夢とも現実ともつかない世界に送り込まれて、顔まで変わって、吸血鬼やら真祖やら訳の分からない担ぎ上げ方をされて。もしかしてドッキリ? ……そうかもしれない。テレビで観たことがある。海外の大規模でハチャメチャなドッキリ。あんなのされたら人間不信になるってやつ。あれに俺はかかってるのかもしれない。

 ガタガタと震えながら、暗闇に慣れてきた視界で、物置を見渡す。小部屋ほどの広さのあるここは、掃除道具やら多分もう使われなくなった装飾品やらがあちこちに散乱していた。それらを掻き分けながら移動していると、床に設置された開閉式の小さな覗き窓を見つけた。どうやら下の階の大広間を覗く用らしい。この小部屋には、よくよく見ると弓矢や銃が置いてあるので、暗殺用か何かだろうか。俺はその窓を開くと、大広間の様子を窺った。


「ルベライト卿! 子爵の身でありながらこのような狼藉! お父上はいかがお思いか!」

「ラティフォリア殿。父上には了承を得ているよ。いや、赤岩の谷(ルベライト)貴族全員の賛同をすら受けている。私はルベライト卿の職務として、この窮地にも現れない柔な魂に、真祖としての肉体は合わぬと思い至り、こうやって攻めてきただけのこと!」


 ガチィン! と鍔迫り合いの音が響く。細身の剣で攻め立てるラティフォリアに、身の丈をゆうに通り越した大剣で応戦しているのは、大柄だが痩せぎすの、黒い長髪を後ろに束ねた男だった。真紅の鎧を黒いローブの上に装着していて、その体は黒地でも分かるほど血に濡れていた。

 辺りを見回すと、一階の大広間は血みどろで、使用人が男女問わず斬り伏せられ、床に倒れていた。ここからでは死んでいるかいないのかも区別が付かない。喉元まで込み上げる吐き気に首を押さえる。


「__真祖様を貴様のような男に殺されてたまるか……! 謁見すらもおこがましい!」

「ハハハハ! そもそも真祖は生きているのか!? ラティフォリア殿、この惨状を見たまえ! あなたの主はどこにいる! ベッドか? クローゼットの中か? どうでもいい、これから部下諸共墓の中に入るのだから!」


 大剣が男__ルベライト卿の叫びに呼応するように赤く煌めく。ラティフォリアは、負けじと剣を閃かせ、奴の鎧に切っ先をめり込ませた。そのまま彼女は空中に躍り上がり、ルベライトを押し倒すように全体重を切っ先に乗せた。そのおかげかルベライト卿の鎧はひび割れ、ローブを突き抜けてグサリと刃が体を貫いた。奴は血を吐き出し、地面に倒れ込んだ。

 やった! と口の中で呟く。ラティフォリアは服の袖で切れた唇を拭うと、事切れたであろうルベライト卿の頭を踏みつけ、睨みつけた。


「……ルベライト卿。赤岩の貴族に焚き付けられて来たのでしょうが、随分おイタが過ぎましたね。」


 ズル、と剣がルベライト卿の死骸から抜け出る。その生々しさに飲み込んだ吐き気がぶり返してきた。気持ち悪さに四苦八苦していると、俺は何だか違和感を覚えた。


「(あれ……何だかあの男____身体が動いているような、)____あ!!!!」


 思わず大声が出て、ラティフォリアは俺に気づいたのか驚いて天井を見上げた。俺はそれに構わずもっとはっきりとした、これまで出したこともないような大きい声で、死に物狂いで叫んだ。


「『後ろ』だッッ!!! ラティフォリア!!!」

「ッッ!」


 振り返ろうとしたラティフォリアの腹から、大剣の刃が見える。鮮血が一拍遅れて辺りに飛び散り、何かが引きちぎれる音がした。なのに、ラティフォリアは悲鳴も上げなかった。少し呻くと、ルベライト卿を鋭い視線で睨んだ。


「貴様ァッ……! 『血』を飲んだな! しかも真祖様の使用人の……いや、それだけではない! 自らの父親の血まで! 吸い上げたのか! 外道!」

「何を言う。吸血鬼とは元来血を飲むものだ。そしてその血の量によって力を増し、与える。私は真祖には従わない……こんなになっている部下すら助けぬ外道にはな!」


 ルベライト卿が、こちらを見上げる。感づかれた。胸が締め付けられた。俺だって助けたい。でも、あんなに恐ろしくて、血みどろで、怖くて、心臓が止まりそうな場所に、今の今まで臆病で波風立てず育ってきた俺が、こんなに弱っちくて、妄想しかできないような俺が敵う訳無い。だから外道じゃない、違う。誰だって俺と同じようになるだろう。ふざけんなこんな……。


「___真祖様!!」


 ラティフォリアが力を振り絞って叫ぶ。俺は彼女を見た。何だか、こんな状況に合わない位可憐な笑顔だった。



「どうか、どうかお逃げくださいませ……!」

「フ、その忠節、真祖には勿体なかったようだ……ラティフォリア殿」


 大剣が彼女の内臓を連れて男の手元に戻る。ルベライト卿は崩れ落ちたラティフォリアに見向きもせず、ハハハハと狂ったように高笑いした。


「真祖よ! 臆病者めが、このルベライト卿……いや、我が名はルベライト子爵ドミニクス・ストッケル! 貴様を殺す最初の貴族だ! 出てこい!」


 ___その怒号が、どこか他人事のような気がして。俺は覗き窓を閉じるとまた隅に縮こまった。そうだ。俺には勇気なんて無い。だって、一般人だ。こうやって難癖をつけて、馬鹿みたいに震えているしか能のない、無力な男だ。惨めで、惨めで仕方がない、こんなウジウジして。膝を抱える。力を込めすぎて、拳から血が滲んだ。怖い、怖い。


『__本当に怖いか?』

「う、うわっ!?」


 自分の手のひらから、いや、滲んだ血から、深みのある声が聞こえた。あまりの唐突さに目を丸くする。だが、思考力の落ちた俺は、すぐそれに順応して、まじまじと手のひらを観察した。


『怖いのか、と聞いている』

「……そりゃ怖いだろ」


 言い返すと、『血』は鼻で笑った。しかし不思議と、こちらを馬鹿にするような気配は感じなかった。逆に、同情するみたいな、憐れむような感情が伝わってきた。


『そうであろうな。怖くて、悲しくて、惨めな筈だな』

「でも、俺は何も、」

『不幸であろうな。辛くて、痛くて、惨めだろう……なあ、空虚だろう』

「うん、嫌だ。こんなに、空っぽみたいな、よく分かんない世界で死ぬのは……それに、会ったばかりだけど、ラティフォリア……俺の為に、死んで……、」


 じゃあ、私が力を貸してあげよう。そんな軽いノリで、でも確かに安心感のある台詞が、耳元に流れ込む。


『私を呼んだのは君の願いだ。みじめではかない、うつくしい願いだ。さあ、行け』


 立ち上がる。床を思い切り踏みつけると、それは簡単に底が抜けて、俺は一階に落下した。身体がひとりでにバランスを取り、足がストンと着地する。口が勝手に開いて、すらすらと口上が飛び出した。



「___我が名はヴァニタス。貴様ら吸血鬼の真祖にして根源、すなわち王である!」


 このセリフもきっと誰かのものだろうけれど、でも、この怒りだけは本物だ!


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