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ツインテール吸血鬼はヤンデレに決まってるだろ




____多分俺の人生は呪われている。



 不幸というものには個人差がある。だがあえて一般的な尺度を用いるのならば、俺は並の幸福な人間の部類に入るだろう。日本国という比較的安全な国の、中流階級の仲睦まじい夫婦の下に生まれ、一人っ子。御年18歳の健康男児。苦手な教科はあるものの、普通の公立高校に進学。部活はしていないが、友人もいるし特に孤立はしていない。学校が楽しいでも楽しくないでもない。ただ過ぎ去る日常のようなものだ。

 まあ、生憎と恋愛には縁がなかった。それはコンプレックスである容姿が関係しているのだろう、と100000%大正解の予想をしてみる。けど気にしてない。画面の向こうには俺を待ってくれている若奥様がいる。ツインテールに吊り眉たれ目のヤンデレ美少女だ。ツインテールはツンデレの専売特許だとのたまう奴がいるが、俺は気にしない。そもそもツインテールは幼なじみ属性のシンボルであると俺は解釈している。つまり早く家に帰って新作のメモリアルを心に刻み込みたいわけだ。


 それなのに、何故。



 その日俺は、店舗に並んだギャルゲといち早くご対面する為に学校を早退し、そそくさと我が家に戻ろうとしていた。12時頃だった。いつもの帰りの時間は18時を少し回った頃だったので、明るい通りは新鮮だった。風が清々しく、街路樹の緑が全スチル攻略への士気を高めてくれる。

 ルンルン気分で道を歩いていると、ちょうど家へ続く曲がり角に『工事中につき通れません』の立て看板が置いてあった。ご丁寧に作業員のツナギを着たゆるキャラのイラストまで添えてある。しょうがない。迂回するか。そう考えて、ふと看板の向こうを見る。

 不気味な程静かな住宅街が広がっていた。それはもう、工事のこの字も見当たらない。見渡す限り、整備中の作業員も存在していない。不思議に思って、立て看板を通り抜け、右手に見える住宅街内の小さな公園を確認する。この時間帯は子供のたまり場だろうに、人っ子一人見つからない。いよいよ異次元にワープしたかとテンションが高まっている俺を後目に、突然公園から「オイ!! 何見てんだ!!!」と怒声が轟いた。

 思わず肩を震わせて、恐る恐る声の方向に目を凝らす___あ、俺死んだ。走馬灯が脳内を駆け巡って、ぐるぐるとめまいが起こる。

 時代遅れなヤンキー3、4頭。まるでライオンのような頭をしているシンナー目の男と、救世主か何かかとツッコミたくなるようなロン毛の、学ランが似合わない明らかに20過ぎの男。そいつ等がまるでナワバリ争いをする猫のようににらみ合っている。世紀末かここは。世界は核に包まれたのか!


「テメェ、立て看板見えなかったのか!? 今から柄舞阿(えぶあ)高の信二先輩と厳堕(がんだ)高の零先輩のガチンコタイマン勝負だぞ! 邪魔すんなや!」


 しかも何だよその色々ギリギリな校名と先輩の名前は! コックピット越しに意志を疎通しあうのかお前等は!

 あまりの情報量の多さに混乱していると、俺はモヒカンの男に胸倉を掴まれた。


「テメェ、無視とは良い度胸してんじゃねえか」

「あっその、いえ、スイマセン! 俺、帰ります! スイマセンッシタ!」


 必死に遅過ぎた謝罪を繰り返すが、胸倉は掴まれたままで、浮き上がったつま先立ちは変わらない。息苦しい。ヤバい。相手が振りかぶってきた____殴られる。





「_____待て、下郎」




 公園の砂場、そこに少女は立っていた。

 年の頃、恐らく18歳くらい。黒髪からプラチナブロンドに変わる特異な髪色の、前髪の長い重ためツインテール、吊り眉たれ目で、何か妙に露出度が高いゴスロリファッションに身を包んでいる。…………タイプだ。可愛い。結婚してくださいと願い出ようとした唇は、みっともなく少女に助けを求めた。


「ったたたすけてください!!!!!」

「ハア……ここで『レディはお逃げなさい』とも言えない腰抜けを真祖にするワケ? アイツの考える事は分かんないワ」


 あれ、軽くdisられてないか。少女は冷ややかな視線を隠さず、溜め息を吐いてこちらを睨んだ。正直、不良が蛙に見えるくらい恐ろしい絶対零度だ。さびた鉄さながらのセピアがかった赤い瞳が、空気と一緒くたに俺を貫く。怒鳴り声と共に、不良が失礼な発言をしながら、少女に向かって歩いていった。突き放されても俺は動けなかった。確かに腰抜けだ。


「オイ! テメェこいつの女か? ナメた真似してるとぶっ殺すぞアアン!?」

「…………」

「シカトしてんじゃねえぞこのア___」

「ナメてんのはどっちよ粗悪品。アンタのようなジャンクに私を女と言う資格は無いわ。そんな失礼な下顎(お口)、砕くわよ?」


 不良が「やってみろオラァ!」と叫びきる前に、パシャ、とトマトか何かが砕ける音が響いた。俺は顔を背けた。トマトより赤く、すえた臭い。少女が嬉々として全身で浴びているそれは、正真正銘血だ。しかも尋常じゃない量だ。背後の不良たちが一瞬凍りつき、各々逃げ出していく。俺は腰抜けだった。物理的な意味で。

 少女は顎のなくなった死体を一瞥し、身体を身震いさせた。すると、全身の返り血がまるで肌に馴染むように消えていった。


「…………私はサイザデイ。あなた達の言う、吸血鬼という種族よ。よろしくね」

「俺は___」

「アンタの名前は良いワ。すぐに忘れちゃうし。で、アンタ血液型何型?」

「え、いや」


 何でこの状況でそんなどうでもいいことを聞きたがるのだろう。吸血鬼という肩書きもサイザデイという日本風の顔立ちに合わぬ名前も、その全てが彼女の方に疑問符を向ける原因に他ならないのに。まるでそれが平常であるかのように。恐ろしく美しい彼女に導かれるままに、俺は口を開いた。


「その、血液型……分からないんです。検査したことはあるらしいんですけど、その度にすぐ血が腐ったり、機材が壊れたり、不具合が重なったみたいで」


 そう答えると、少女__サイザデイはにこやかに微笑んで、マジシャンのように袖の中から長いステッキを取り出した。それにフッと一息吹くと、それは瞬く間に膨張し、まとまり___大きな蝙蝠傘に変化した。イチゴのプリントがそこら中にしてあって………闇堕ちした魔法少女が一時的に敵になった時のマイナーチェンジ衣装だなと一人ごちる。1話か2話しか出てないのに人気が出るタイプだ。


「私、フルネームはサイザデイ・パナグラネイ。やっぱりアンタだったのね、確かに血はホンモノみたい。死人の血の臭いがするワ……よし、そうと決まれば」


 目の前がふわりと暗くなる。

 甘い匂い、イチゴの香りだ。そして胸に柔らかいものが当たる。マシュマロみたいだ。これが噂に聞くパイ圧か。もう死んでも良い。そしてそして。唇には、プルリと何かが触れ、イチゴの果汁のように赤い液体が口の中に満ちる。首がグキリとひねられた。え……何で。強烈な痛み。まさか、俺、ころさ、

____神様、ファーストキスは血の味でした。







「ふ」

「ふ?」

「ざけ……」

「ざけ?」

「____ふざけるなあああああああああああああ!!!!!!!」

「きゃッ!」

「…………きゃ?」


 ファーストキスがそんな味じゃ嫌だと勢いよく起き上がると、そこは病院の天井、とかではなかった。アラベスク模様の絨毯、妙にフカフカの、テロテロした素材の毛布。黒を基調とした大理石っぽい柱や床、天蓋付きのでかいベッド。

 おまけに、俺のことをビクビクと覗き込む、銀髪で毛先の方は黒く染まっている女の子。またツインテールだ。かわいい。サイザデイに似ているが、怯えた表情や、全く露出のないふわふわとしたロリータファッションから、先程の少女と同一人物で無いことはすぐに分かった。

 俺が「ごめん驚かせるつもりは」と謝ると、少女は慌てて首をブンブン横に振り、続けて懐から鏡を取り出した。


「おめでとうございます真祖様! 転生大成功でございますわ! 相も変わらず見目お麗しい!」

「え……?」


 イヤイヤイヤ。全然見目麗しくない外見なのだが。どちらかというと同人のモブ男として端っこに出しても「運気が下がる」と読者からバッシングを受ける感じの根暗メンズフェイスなのだが。

 つかここどこだよ、と困惑しながらも、少女が持っている鏡を半信半疑に見てみる。


「…………どなたぁ?」


 無理もない。

 鏡にうつっていたのは、銀髪ロングヘアの超絶美少年だった。碧眼、中性的で、歯並びも良い。ヨーロッパ系の、俺の日常にはまずいない相貌だ。服装も、黒い生地に銀の装飾の肋骨服になっていた。何かピアスもつけてる! 厨二なのにイケメンだからコスプレに見えない! グアアア目が焼ける!


「これで諸侯もしばらくは落ち着きましょう! あ、わたくしはラティフォリアと申します。ラティって呼んでくださいね。それとわたくしは真祖様のお世話をここ1500年程務めさせて頂いております! 代替わりはこれで12人目になりますので、何かご質問がございましたら、わたくしまでお申し付けくださいませ……って真祖様?」

「………あの、この特殊メイク取れないんですけど」


 顔をぎゅーぎゅーつねってもこねても、どうやってもこのイケメンマスクが取れないんですけど。そうやって鏡の前で難しい表情を浮かべる俺を見て、少女___ラティフォリアはうふふ、と清楚に微笑んだ。やっぱり似ている。サイザデイに。でも。


「今度の真祖様は随分と楽しいお方ですわ! うふふ、よろしくお願い致しますね!」



 その笑顔の可憐さに、俺はこの状況の異常さすら忘れて、「ハイ!」と勢いよく返事するのだった。



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