8:蹂躙の悪鬼(追記)
六つの首が宙を舞い、鮮血の雨が洞窟内に降りしきる。
ああ、まるで天からの祝福のようだ。俺は喉を鳴らしながら、聖騎士共の血潮を全身で受け止めた。
『取得経験値にビギナーズボーナス適用。ワンショットキルボーナス適用。クリティカルエンドボーナス適用。ジャイアントキリングボーナス適用』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』
そんな声が幾度も幾度も、俺の脳内に響き渡った。
どうやら奴ら、あれで中々に高レベルだったらしい。これは他のカス共も期待ができるというものだ。
そうして気分よく笑う俺に、一拍遅れてジャンヌダルクが反応を示した。
「アッ──アンタ、一体何したのよッ!? 今ッ、え、いつの間に……!?」
「喚いてんじゃねぇよクソ女、殺すぞ」
「なっ!?」
ジャンヌダルク……もといクソ女が狼狽しているようだが、別に大したことはしてないだろうがよ。
俺がやったことは至ってシンプルだった。
ただ普通に立ち上がり──騎士の鞘から剣を奪って、ぐるっと一周薙いだだけだ。奴らの喉元を狙ってな。
もはや恐怖なんてこれっぽっちも感じてはいない。俺の心に今あるのは、こいつらに対する殺意だけだ。
(ああ……俺一人なら殺されてやってもよかったさ。一人でダンジョンに潜って一人で稼いだ経験値なら、お前たちにくれてやってもよかったよ。所詮はデータだ、時間をかければ取り戻せる)
だがな……今この身体に貯まってんのは、健気で優しい女の子との思い出の結晶なんだよ。
それを好き勝手に踏みにじられた上、嗤われながら奪われるだと? アリスと俺は無様に殺され、お前たちのようなクズが生き残るだと?
ふざけるな。
「……よぉお前ら、勝ち組気分は味わったかよ? 敗者を嬲って遊び殺して、もう十分に満足しただろう?」
──じゃあもういいだろう。殺してやるよ、一匹残らず。
そう言い放つと、ようやく騎士の連中も意識が現実に追いついたのだろう。愉悦の表情を一変させて、俺に向かって吠え掛かってきた。
「てっ、てめぇやりやがったな!?」「初心者のくせに舐めやがってッ! 今すぐにぶっ殺して──」
あぁ──塵のくせしてうるせぇよ。
俺は奪った剣を振り上げると、喚き立てている騎士の一人に向かって投擲した。
果たして剣先はヤツの口へと吸い込まれていき、その後頭部から鮮やかな血をぶち撒けさせる。
「がっ、ごふぅうううッ!?」
「ひッ!?」
派手に血を噴いてくれたおかげで、周囲の騎士たちが咄嗟に怯んだ。
瞬間、出来るのは意識の間隙。仲間が死に絶える凄惨な光景と、そして『獲物』から思わぬ反撃を受けたという衝撃が、ヤツらの心を麻痺させる。
ゆえに──さぁ、今こそ。
「『昏く沸き立つ地獄の炎よ、解放の時はやってきた』」
刹那に紡ぐは、逆襲を告げる死の詠唱。それと同時に背に下げられた大剣を抜き放ち、増幅されたステータスのままにヤツらの元へと一気に肉薄。そのまま勢いよく振るい、新たに七つの首を薙ぎ飛ばした。
──だがまだだ。まだ飛ばすべき首はいくつもある……!
俺は大剣を握りなおすと、残る騎士共を皆殺すべく疾走を開始する。
「『今こそ我が手に宿るがいい。我は破壊を司る者、死を撒き散らす悪鬼なり──!』」
刺して、貫き、斬り裂いた。レベルが上がったレベルが上がったレベルが上がった。それによってさらに俺は加速していく。
筋力と敏捷性を倍加させる【反逆の意思】の効果と相まって、瞬間的に上昇していく俺の戦闘力に騎士たちはまったく対応できない。
ああ、それもそのはずだよなぁ!?
(ここしばらくは『初心者狩り』にかまけていたんだろう? 格下の相手を集団で襲って、一方的に嬲ってきたんだろう?
──そんな腑抜けた塵屑共が、こんなイレギュラーに対応出来るわけがないよなぁ──ッ!?)
横暴に振る舞ってきたがゆえの怠惰と劣化。それがこいつらの最大の欠陥であった。
ならばその弱点を全力で抉り抜け。足を止めるな、動きを止めるな、ただひたすらに殺し続けろ。
驕り高ぶる勝者共から、至高の勝利を奪い取れ──!
「『付与呪文、発動──≪業炎解放・煉獄羅刹≫──ッ!』」
──そして、怨嗟の叫びが具現化を果たす。
詠唱が完了した瞬間、握りしめた大剣より『闇色の焔』が噴出する。轟々と燃えるその業炎は、まさしく俺の殺意そのものだった。
「さぁ、灰燼と化して死に果てろ……!」
かくして次瞬──燃える刃が戦場を奔り、新たに八つの命を散らした。
灼熱の大剣は驚異的な切れ味を発揮して、騎士共の身体をバターか何かのように斬滅していく。
これが付与呪文の効力だ。それに加えて、激しく燃える闇の炎は奴らの恐慌状態をさらに煽り、軍勢としての体制を見事に崩壊させていった。
予想外の事態に騎士たちが血相を変えて狂い叫ぶ。
「なっ、なんだこいつ、なんだこいつッ!?」
「クソっ、誰でもいいからこの野郎を殺せよッ!」
「じゃあテメェがやれや!? さっきから邪魔なんだよ退けッ!」
ハハッ──隊列が乱れた部隊など、烏合の衆と変わらない。勝手に後ずさった前衛が後ろの者と衝突し、両者ともに無防備を晒して俺の刃で死滅を果たす。
それでも何度か剣の一撃が放たれてくるが、そんなものはリーチに勝る大剣によって届く前に首を刎ね落とすだけのこと。
槍での一突きも、面でいえば所詮は一点だ。乱戦の中で狙いが定まらず、こちらの身体の中心線を捉えていないようであれば避けることは容易かった。
(さぁもっとだ、もっと感覚を研ぎ澄ませ。こいつらをブチ殺すためだけに、全神経を滾らさせろ……!)
もはや今の俺に、腰の引けた攻撃など無意味だ。
集中力のみならずレベルもまた際限なしに上昇。結果、基礎ステータスは伸び続け、さらには20レベルを突破したことで新スキル獲得権を入手。
俺は刃を深く腰だめに構えると、
「剣術奥義――壱式、〝斷罪閃〟ッ!」
俺は一閃にして、数人の騎士を切り払った!
――このゲームに存在する特殊技は魔術だけでない。
たとえば【剣術・大剣ノ心得】を習得すれば、MPを消費することで『〝斷罪閃〟――次の大剣による薙ぎ払い攻撃時、威力1.1倍の斬撃を発動』など、アバターレベルに応じて特殊な近接技を使用することができる。
これもまた……倒されたアリスさんから、習った知識だ。
「さぁ、まだだ。まだまだ殺してやるぞ、聖騎士ども……!」
『ヒッ……!?』
そうしていよいよ、俺が追加で九つの命を奪い取った時である。どうやら後方にまで撤退していた弓兵共が、ようやく覚悟を決めたらしい。
「ぜ、全員、弓を構えろッ! まだ多少は前衛部隊が残っているが、全滅するのはもう時間の問題だ!」
たとえ同士討ちとなってでも、あの『化け物』を抹殺しろと騎士の一人が吠え叫んだ。
その言葉に、再び笑いがこみあげてくる。
(おいおい、化け物はないだろう? 散々に虐殺を実行してきて、いよいよ味方殺しを覚悟して、それでよく人のことを悪く言えたものだ)
──人でなしはお互い様だろうがよ。
そう思っている間に、いよいよ放たれる弓矢の嵐。これを掻い潜る術はないだろう。こちらの敏捷度がいくら高かろうが、回避できるだけの隙間すらもないのだから。
ならば、正面突破するだけのこと。
「オイそこのお前、ちょっとツラ貸せよ」
「えッ!?」
俺はできるだけ親しげな声で、退避しようとしていた前衛騎士の一人を呼び止めると──その背中に大剣を全力で突き刺した。
「ぐげぎっ!?」
いきなり串刺しにされて悲鳴を上げる前衛騎士。だけど悪いなぁ、旅は道連れというだろう?
と、いうわけで──
「一緒に地獄に堕ちようぜぇッ! いくぞおおおおおお!」
そうして俺は、弓矢の嵐に真正面から突撃を仕掛けるのだった。──大剣に突き刺したままの前衛騎士を盾として。
「あっ、ひっ、ひぁああああああああああッ!?」
次の瞬間、哀れなる騎士の身体へと数百本の矢が突き刺さった。血しぶきと絶叫を上げながら悶絶死していく姿のなんと凄惨なことだろうか。しかもそれが猛スピードで接近してくるとか、相手からしたらとんだホラーだろう。
──まっ、俺はコイツの背中しか見えていないからよく分からないがな。肩越しに覗く弓兵たちの顔が一瞬にして真っ青になっていったあたり、正面から見たらきっと凄まじくショッキングな光景だったんだろうなぁ。
あぁ、ありがとう名もなき騎士よ。お前のおかげで攻撃の手がわずかに緩んだよ。
そんなわけで、こうして……ほら。
「──よぉ、弓兵共。同士討ちまで覚悟したのに、鬼退治は失敗に終わったみたいだなぁ?」
前衛騎士の身体が消滅した瞬間、目の前に広がったのは歯をガチガチと鳴らす騎士たちの阿呆面だった。
肉袋を盾に進み続け、ついに俺は奴らの眼前にまで辿り着くことに成功したのである。
距離を詰めれば、こちらのものだ。
「んじゃあお前ら……後悔しながら滅びろや」
──それからの結末はもはや語るまでもないだろう。
俺が大剣を振るうと同時に、数多の悲鳴が響き渡った。