3:初心者狩り
《──かつてこの世は、強壮なる二つの存在によって分かたれていた。
永遠の平和を願い続ける慈愛の女神『ソフィア』と、欲望のままに暴れ続ける最悪の魔王『ヤルダバート』。絶対的な力を誇るこの二柱は、世界の覇権を賭けて争い続けた。
幾万回、幾億回と滅ぼし合っては蘇り合う神域の戦い。やがて大地は二柱の血潮で満たされて、世界を穢し尽くしていった。
そうしてついに──決着の時が訪れる。女神の剣が魔王の首を切り落とし、その魂魄を完全に消滅させたのだ。
……だがしかし、魔王もただでは終わらなかった。最期の一瞬、魔王は総ての力を振り絞り、首だけとなって女神の喉笛を食いちぎったのだ。それによって女神も斃れ、勝者すらなく戦いは終わることになったのである。
ああ、それゆえに──光と闇の決着は、信徒たちの手に委ねられることとなった。
女神ソフィアを信奉していた者たちは、聖痕を身に刻んで『聖騎士』となった。
魔王ヤルダバートに追従していた者たちは、禁呪に身を染め『魔人種』と化した。
そうして世界は、再び闘争に満たされていく。
どちらかの命が尽きる時まで、人々は終わることなく戦い続けることとなったのだ。
さぁニンゲンたちよ、殺し合え。その“邪悪なる魂”のままに、己が生き様を貫くがいい──!》
「──っていうのが、この【ダークネスソウル・オンライン】の世界観よ! ……ふぅ」
「はえ~」
なるほどなるほど、そんな設定でプレイヤーたちは争い合うことになるわけか。うん、ゲーム内で開くことの出来るシステムウィンドウから、『世界のあらまし』というページを見ながら熱読してくださったアリスさんに感謝である。
……って、
「……すまないアリスさん。ざっとした世界観くらいなら実は俺も知ってるんだ……。ネタバレが嫌だったから攻略サイトは見るのを控えてたけど、公式サイトは普通にチェックしてきたから……」
「あっ、そ、そうなの? ……うぅ……」
俺の言葉に、可愛い眉根をハの字にひそめてしまうアリスさん。うん、本当にごめんね!? 途中で言おうと思ったんだけど、やたらと感情をこめて読み上げてくれてたもんだからさ……!
うーん、こういう時はどうフォローすれば……あ、そうだ! 褒めよう!
「アリスさん可愛いよ!!!」
「っていきなり何を!?」
……びっくりさせてしまった。失敗である。
まぁそれはそれとして、やはり気になるのは先ほどの件についてだ。
「いやとにかく、改めて世界観を知れたのはよかったけど……それにしてもおかしくないか?
いくら『聖騎士』プレイヤーと『魔人種』プレイヤーが争い合うシステムとはいえ、俺みたいな初心者を相手に十数人ものヤツらが襲い掛かってくるなんてさ」
「ああ、そのことについてね……」
俺の疑問に苦い表情で返すアリスさん。そう、やはりどう考えてもアレはおかしかった。俺みたいな明らかに弱そうな低レベル装備のプレイヤーを倒したところで、どうせ経験値なんて雀の涙だろう。
学生時代にちょくちょくオンラインゲームを齧っていたのでわかるが、オンゲーにおいてもっとも重要なのは『効率』である。その点において、俺みたいなザコプレイヤーを相手に十数人が躍起になるとか愚行もいいところだろう。
──まぁ、アイツらが嫌がらせ目的の集団であるのだったら話は別なのだが。
「……もしかしてアイツら、ここらへんじゃ有名な悪質プレイヤーたちだったりするのか? 俺みたいなウブなプレイヤーに苦痛を与えて悦にいたる、ホモをこじらせたトンチキ集団だったり……!」
「っていや違うから!? そんな変態グループが跋扈してるゲームだったら流石に私も辞めてるって!」
ちっちゃいおててをフルフルと振って俺の推理を否定するアリスさん。うーん可愛い! やっぱり俺はノンケだった。
俺の性癖があのサイコホモ集団(断定)によって歪められていないことに安心していると、アリスさんは溜め息を吐きながら話を続けた。
「……残念だけどよくあることなのよ。たとえ初心者さんだろうと、魔人種っていうだけで徒党を組んだ聖騎士プレイヤーたちに襲われるのは。もちろん経験値は少ないでしょうけど、“上層部”のほうから報酬をもらってるそうだから……」
「なっ、報酬だって!? どういうことだ、それ……?」
「実は、ね──」
それから、アリスさんはぽつりぽつりとこの二ヶ月間の出来事を語り始めた。
──ゲーム開始当初は、『聖騎士』と『魔人種』の力関係は均衡していたそうだ。
ちなみに聖騎士……つまり普通の人間たちの特徴はずばり、初期ステータスが全て平均値であることらしい。
それだけ聞いたら器用貧乏に思えるのだが、このゲームではレベルアップしたときに全ステータスが伸びると同時に、自由に割り振ることのできるフリーステータスポイントというのが貰えるため、それを使うことで得意分野を作り出すことも出来るんだそうだ。
──その反面、『魔人種』の特徴は初期ステータスの“極端さ”にある。
筋力と敏捷性に優れている代わりに魔力が低くて器用度も微妙な『鬼族』や、高い魔力を持つ代わりに耐久力が絶望的な『小悪魔族』など、種族ごとに明確な特徴があるそうだ。
ここでもまたフリーステータスポイントが重要になり、弱点を埋めるか特化したステータスをさらに伸ばすか選ぶことになるんだとか。
……うーん、まぁ結局のところ、最終的な総合能力値に大きな差がないとなれば、ゲームバランス的には公平に思えるのだが……しかし。
「……個人戦が多かった最初の内は、まだ魔人種たちのほうが優勢だったわ。一点特化の得意戦法で押し切ったりしてね。
でもゲーム開始から半月。ぽつぽつと集団戦が始まるようになったあたりから、力の均衡は聖騎士のほうへと傾いていくことになったの。何故なのかわかるかしら、アラタくん?」
ふむ、集団戦が始まるようになってから不利になっていったと。
ステータスを自由に割り振れる『聖騎士』と、種族によってほぼ得意分野が決まってしまっている『魔人種』。この二つが軍勢としてぶつかり合ったなら……ああ、なるほど。
「──わかった。魔人種は見た目に特徴があるから、集団内での役割が見られただけでバレちゃうんだ……!」
そう。俺の頭にある二本角やアリスさんの腰から生えてる翼のように、魔人種はパっと見で種族がわかってしまうんだ。
そして長所と短所がほぼ決まっているから、対策を立てることも容易いだろう。
たとえば魔力がなくって、遠距離攻撃の命中率を補正してくれる器用度が低い『鬼人族』は近接戦闘しか出来ない。ならば鬼族が多い軍勢と戦うことになった時には、遠くから弓や呪文をビュンビュンと飛ばしておけばいいという風に。
そして逆に、聖騎士たちは普通の人間で統一されている上に自由にステータス作りが出来るから、見た目だけで部隊の性質を読み切ることが出来ないのだ。
そう答えると、アリスさんは驚いた顔で頷いた。
「キミ、察しが良いのね……その通りよ。戦略と読みが重要になる集団戦に移行していってからは、魔人種のユニークさが足を引っ張ることになってしまったわ。
……それからはジリジリと私たちは押されていき、レベル上げに良い狩場を占領されて、さらに効率厨な魔人種プレイヤーたちは自キャラをデリートして聖騎士のほうに寝返っちゃったり……!」
「うわぁ……」
完全に負け戦スパイラルである。机に突っ伏して「うぅうぅ」と唸りだしたアリスさんの様子から、相当苦労していることが見て取れた。
うーん……運営からの微調整を望もうにも、ちょっと難しい状態だろうなぁ。ステータス差に大きなものはなく、個人戦では『魔人種』に分があり集団戦では『聖騎士』に分があるとなれば、普通にバランスが取れていると思えなくもない。
(ここで“こうすればいいんじゃないか!”ってナイスなアイディアを出せればいいんだけど、こちとらそこまでオンゲーに精通してるわけでもないからなぁ。いつも20レベルくらいで辞めちゃってたし……)
逆に完全な素人ではない分、苦労ばかりがわかってしまってどうにも気まずい状況である。
そうして俺が、アリスさんをどう励ますべきか迷っていると──
「……でもね、そこまではまだよかったのよ。まだその時はみんなやる気があったし、新規で入ってきてくれる子も多かった。どうすれば騎士たちに勝てるのか仲間と夜通し議論したりもしたわ。
でも……今から一か月前に、あのギルドの連中は……!」
「ギルド……?」
机に顔を伏せたまま、声色を震わせるアリスさん。甘やかだった彼女の美声は、怒りと嫌悪に濡れていた。
そして……、
「そう──聖騎士たちを束ねる最大にして最強のギルド、【暁の女神】を統べる幹部どもは、数千といる手下たちにこう命令したのよ。
“一匹でも多くの魔人種どもを狩ってこい。レベルの低い輩であればなおのことよし。災厄なる種は、芽吹く前に駆逐するのだ”──ってね」
──こうして、『初心者狩り』が始まったのよ。