20:聖王ペンドラゴン
(何だっていうんだ、コイツは……)
目の前に腰かけた女に、俺は目を見開いた。
純白のベールに白き長髪……そして纏った修道服のような衣装もまた白く、穢れなんてものは一切ない。
長い前髪の隙間から覗く黄金色の瞳は、まるで白夜に浮かんだ満月のようだ。
ああ、その女性的な身体付きも相まって──まさに『女神』を思わせるかのような女だった。
「っ……お前は、まさかッ!?」
──間違いない。そもそも平然とした顔付きで俺に接触してこようとする『人間族』の女など、今や早々いるものか。
そうして半ば確信的に、彼女の正体を言い当てようとしたところで──唇にそっと女の人差し指が当てられた。
「まぁ待て。お互いに無用な注目は望むところではないだろう? ゆえに貴殿も、“そのような格好”をしているのではないのか?」
「……」
女の言葉に、俺は自身の姿を思い返した。そう、今の俺は初期装備である浪人ファッションを着込んでいたのだ。
動画でも注目を受けていた≪天魔王の戦装束≫を身に付けていたら、声をかけられまくって休憩どころじゃなくなっていただろうからな……。
「フフッ。今の我々は『ただの女』と『ただの男』……そういう関係でいいではないか」
そう言って彼女は、優雅なしぐさでミルクティーを口に運ぶのだった──ってそれ俺のォォォオッ!?
「チッ……まぁいいや奢ってやるよ。それで、いったい俺に何の用だ?」
「おお、なかなか男前じゃないか。……なぁに、少しばかり世間話をしにな」
女は小さく笑うと、黄金の瞳を輝かせて俺に問いかけてきた。
「ところで貴殿は、“頑張っているニンゲン”についてどう思う?」
……は? いきなり何を言い出しているんだ、こいつは。
「──そんなのは、応援するに決まってるだろ。何を頑張ってるかにもよるが、本人が本気で努力してるっていうならそれは立派なことだと思うぞ。アンタは違うのか?」
「いいや、私も同意見だ。知恵を絞って力を磨いて、必死であがく者は美しい。
特に、苦境の中でもがく者は堪らないなぁ……! 格闘技であれ何であれ、ついつい私も拳を握りながら声援を送ってしまうよ」
声を徐々に熱くしながら、女は華やかな笑顔を咲き誇らせた。
──そして。
「ゆえに私は……いいや、【暁の女神】を統べる者は決めたのだよ。
そんな美しい光景を堪能するために──『初心者狩り』の実行をな」
「な、何……だと……?」
つまりは……なんだ?
頑張っている者が好きだから、苦境でもがく者が好きだから……『初心者狩り』をおっぱじめたと?
瞠目する俺をよそにして、女はなおも朗々と語る。
「ああ、おかげで実に愉しむことができたさ。
──初心者を守ろうと、必死で聖騎士たちに立ち向かう者は美しかった。
──仲間たちと協力しあい、強大な暴力に抗おうとする者は美しかった。
──「復讐してやる!」と叫びながら、盛大に散って逝く者は美しかった。
あれだけ必死な姿の数々は、全感覚接続システムを導入したこのゲームだからこそ見られたモノだろう。はぁ……どの光景も本当に、私の胸の宝だよ……!」
熱い溜め息を吐きながら、純白の女は胸の上に手を当てる。
その姿はまさに女神だ。美しいという言葉はむしろ、彼女にこそ当てはまるものだろう。
──ゆえに。
俺は女に向かって、ミルクティーをぶっかけてやった。
「っ……おや、これは……」
女はわずかに目を見開きながら、白濁に染まった姿で俺を見た。
はははっ……こいつはさっき、何て言った?
美しい光景を堪能するために、じゃあ『初心者狩り』をやらかしてやろう? おかげで実に愉しむことが出来た? その光景は胸の宝だ?
ふざけるよ、クソが。
「お前がやっていることは全て、自分勝手な『強者の横暴』だ。単なる下劣な暴力だ。
ああ──端的に言って、ムカつくんだよお前。さっさと失せろ、駄女神が」
そう言い切った俺に対し、女の両目が最大にまで開かれる。
どうした、怒るか? 下種らしく怒鳴り散らすのか? いいぞ、獣を見る目で嘲笑ってやる。
そうして俺が睨みつける中、女の瞳が爛々と光り──目も眩むほどの歓喜の感情を爆発させるのだった。
「ッッッ~~~~~~~素晴らしいッ! あぁ私は、貴殿のような人間を待っていたッ!
邪悪なる強者に対する激しき怒り、餓狼のごとき勝利への執念、そしてそれらを行動で示せるだけの精神力を持った貴殿のことをッ! そうッ、それこそがヒトの正しき姿だ!!!」
「はっ、はぁ……!?」
全身を白濁まみれにされ、胸元が透けていることすらもまったく気にせず、女は飛び跳ねんばかりの勢いで俺の手を握り締めてくる。
そして顔を俺の鼻先にまで近づけると──黄金の瞳を『竜』のごとく縦に細め、恍惚とした口調で言い放つ。
「いいだろう──ならばこの『ペンドラゴン』と殺し合おうじゃないか……!
持てる力の総てを尽くして、お互いに全力で滅ぼし合おうッ! そうして死に際……貴殿がどんな美しい声を上げてくれるのか聞かせてくれよ……!」
「ッ──!」
ついに女は聖騎士としての真名を謳い上げた。それはすなわち、不戦の意思を完全に断ち切ったということだ。
──ならばこちらも乗るしかないだろう。もとより白濁まみれにしてやった時点で、とっくに覚悟は出来ている。
「……いいぜ、≪聖王ペンドラゴン≫。お前の栄華を終わらせてやるよ……ッ!」
「ハハハッ──≪魔王アラタ≫よ、貴殿はやはり素晴らしい……! ならばいざ、全てを懸けた決闘を──」
そうして俺たちは立ち上がり、互いに武装を顕現させようとした──そのとき。
「あるじ様ああああああああああっ! あるじ様はどこでござるかぁああああああッ!?」
──馬鹿みたいにデカいハスキーな声が、人混みのほうから響き渡った。
俺が思わずそちらを見ると、ペンドラゴンが「はぁ」と溜め息を吐く。
「ったく、オキタの奴め……主君の逢瀬を邪魔立てするとは、とんだ忠臣がいたものだな。
──貴殿も覚えておくといい。上に立つほど出来ることは増えるが、代わりに自由というものが減るぞ」
「っておい、戦わないのかよ駄女神!?」
「その呼び方はやめろ」
俺の言葉にヤツは苦笑を浮かべると、静かに踵を返していった。
そうして去り際──
「では、いずれ戦場で」
たった一言、それだけを言い残し──【暁の女神】を統べる女はどこかに去って行ったのだった。