14:憑神・天魔
「──いやー取り乱しちゃって悪かったねぇ、ごめんごめん。
……どうやらこの≪絶滅剣デミウルゴス≫には、とある『ウェポンスキル』が発現しているみたいだねえ」
赤くてデカい目玉をギョロギョロと動かしている謎の大剣を触りながら、カグヤは俺にそう言った。
「ウェポンスキル……武器自体に宿った特殊能力のことだな」
「そうそう。ランクが高い代物になると、武器そのものがスキルを持ってることがあんのさ。
お前様も知っての通り、あの頭のおかしいジャンヌダルクが使ってた双剣には、斬った相手を高確率で麻痺させる【聖女の盲愛】ってウェポンスキルが宿っていたりね」
「あいつ聖女っつーか痴女だろ」
「……いやまぁそうなんだけどさ」
その他にも、絶対に壊れることのないウェポンスキル【不壊の刀身】や、相手を防具の硬さに関係なく斬り裂くことが出来る【絶剣の極致】などがあるとカグヤは語る。
「……そういえばアリスも、どこかのダンジョンでウェポンスキル持ちの魔導書を拾ったとか言ってたねぇ。
ただ装備するには魔力要求値が1800も必要で、その上スキルもデメリットまみれのゲテモノだって嘆いてたけど……」
「──どんな武器でも使いようはあるさ。それはそうと、デミウルゴスに目玉が浮かび上がったのは宿ったスキルの影響なのか?」
「ん、ああ。ずばり名前は【憑神の契約】。武器の見た目が少し生物っぽくなるっていうのと、HPを1%単位で吸わせることで、その分だけ全ステータスを強化する能力だよ。
……といっても3分間だけの時間制限付きだし、99%吸わせたところで1.99倍になる程度なんだけどねぇ。しかもその強化中はHPが回復不能になるみたいだし」
「へぇ……いや、いいじゃないか」
「そ、そうかい?」
たしかに色々と危ないスキルだが、【反逆の意思】を好きなタイミングで発動できるようになるのは素晴らしい。他にもいくつかのスキルと合わせることが出来そうだ。
そう思いながらデミウルゴスを撫でてやると、まるで喜んでいるかのように刀身がバイブレーションし始めた。ってなんだコイツ!?
「はははっ、まぁ大事にしておやりよ。おそらくは付喪神をモチーフにしているのか、意思を持っているかのような反応を示すことがあるみたいだしさ。
──ちなみにこのスキルを宿した武器の使い手をもう一人だけ知ってるんだけど、そいつも最初は困惑してたねぇ。『なんか剣が求愛してくるんだが……これどうすればいいんだ?』って」
「そりゃそうなるわっ! ……てか他にもいるんだなぁ、【憑神の契約】を宿した武器持ち。
よければそいつの名前とか教えてもらってもいいか? 武器との接し方なんてわかんないから、ちょっとアドバイスをもらいたいんだが……」
「えっ、あー……うーん……」
俺の言葉に、カグヤは何故だか複雑そうな反応を示す。
もしかして顧客情報だからNG──って感じだと思ったんだが、だったら初めからそう断ればいいだけの話だ。ウンウンと長らく思い悩んでいる様子から、どうにも別の事情があるらしい。
それからしばらくして……意を決したように、彼女は口を開いた。
「……いいさ、どうせアイツもアイツの武器も世界一有名だし教えてあげるよ。ただし奴の役職を聞いた瞬間、気分を害しちまうかもしれないけどねぇ」
そのような前置きして、カグヤは──そいつの名前を告げるのだった。
「──奴の名前はペンドラゴン。聖騎士たちに『初心者狩り』を指示した、【暁の女神】のギルドマスター様だよ」
◆ ◇ ◆
「あっ、アラタくん!」
──見送りを申し出てくれたカグヤと共に武家屋敷を出ると、門前でアリスが待っていてくれていた。
どこかやりきった顔付きをしていることから、どうやら『準備』は済んだようだな。
「よぉアリス。もしかして待たせちまったか?」
「ううん、いま来たところよ」
そう言って優しく微笑んでくれるアリスパイセン。うーん可愛い! 守りたい、この笑顔ッ!
「ふふふ……グーヤさん。この子、俺の先輩なんすよ。お金を払わなくても年下の子を先輩って呼んで甘えていいとかちょっとすごくないっすか?」
「ってアンタは何を言ってるんだいッ!? ──ったく、あの【暁の女神】を相手にドンパチやらかそうっていうのに能天気なやつだねぇ」
そりゃまぁ、いまさら緊張したってしょうがないしな。
どうせ≪百人斬り≫の件でとっくに目を付けられてるんだ。プレイヤーキルが可能となる街の外に出た瞬間、速攻で聖騎士たちに囲われて嬲り者にされることだろう。
(……んで、そんな騎士共の頂点に立ってるのがペンドラゴン様ってわけか…………)
──あれからだが、もう一人の【憑神】持ちが騎士たちを統べる王様であるとわかった瞬間、俺はそれ以上の詮索を打ち切った。
カグヤの言葉通り、アドバイスを貰う気も失せたし貰いに行くわけにもいかないだろう。
なぜなら相手は、いつか必ずぶつかり合わなければいけない『宿敵』なのだから。
(そのための武器は手に入れたし……次は防具類だな)
せっかく凄そうな大剣を手に入れたのだから身に纏うものも整えたいところだ。
一応ここでも鎧系装備を売ってるそうだが、俺はとにかく動いて斬っていくスタイルである。それも【反逆の意思】を起点とした、常にHPが危ない状態での高機動高火力戦闘を基礎にしようと思っている。
そうなると、ここでは取り扱っていない革装備が理想的だとカグヤは教えてくれた。それ系の店もいくつか紹介してくれたし、彼女にはとにかく感謝だな。
そうして(アリスになぜか防犯ブザー付きランドセルを背負わせようとしている)カグヤに、礼を言って立ち去ろうとしたところ──
「ちょっとエロいところはありそうだけど……よかったじゃないかアリス。頼れる後輩が出来てさ。
後はもう気負うことなく、こいつを影から支えてやればいい」
──その一言に、アリスがわずかに瞠目した。
しかしカグヤはそれに気付かず言葉を続ける。
「もう、アバターを操る才能がないことを気に病まなくっていいんだよ。イモムシよりも弱くたっていいじゃないか。人には誰だって適正ってもんがあんのさ。
聖騎士たちや魔人種ギルドの幹部連中を懲らしめるのはアラタの奴に任せて、人徳のあるアンタは協力者集めなんかに尽力すればいい」
アリスの頭にそっと手を置きながら、慰めの言葉を紡ぐカグヤ。
……きっと彼女は辛い立場にあったアリスのことを、ずっとこうして支え続けてきたのだろう。艶やかな声色の中には確かな優しさが込められていた。
しかしアリスはスカートの端をぎゅっと掴むと──友の優しさを断ち切った。
「──ふざけないで。私の『怒り』は私のものよ。私が手を下さなければ意味がないでしょう」
「……は? ア、アリス……?」
気弱なはずの少女が放った一言に、今度はカグヤが目を見開いた。
アリスはそんな親友に小さく謝ると──俺の隣にそっと寄り添う。
「ごめんねカグヤ……でも決めたの。もう惨めな日々は終わりにするって。
アラタくんのように自分の手で反逆を成して……二人で一緒に、覇道を歩んでいこうって」
──私はもう、自分の弱さから逃げたりはしない……!
真紅の瞳に決意の光を煌めかせ、アリスは高らかに言い放った。
そんな彼女に、カグヤは信じられないものを見たかのようにぴしりと固まり……やがて静かに微笑んだ。
「……ははっ……はははははっ! そっかそっか。それがアンタの見つけた新しい生き様か。
最近は泣いてばかりだったっていうのにねぇ……まったく」
嬉しそうに、誇らしげに、しかしどことなく寂しげに笑うカグヤ。
彼女はひとしきり笑ったあと──佇まいを直し、俺に向かってニヤリと告げる。
「──もう中立がどうだとか知ったことかい! ウチはお前様を全力で応援するよ。
可愛いアリスを女にしやがった、憎い野郎のことをねぇ!」
そう言うや、カグヤがメニューウィンドウを開いて操作すると、俺の視界に『プレゼントが届きました!』というメッセージが現れた。
アイテム欄を確認してみると……、
「これは……≪天魔王の戦装束≫?」
そのような名称の装備アイテムが俺の持ち物に追加されていた。
俺の呟きに、カグヤがキセルを咥えながら答える。
「そう。ウチが今まで造ってきた中でもトップクラスの完成度を誇る軽鎧装備さ。
全身鎧に匹敵するほどの防御性能を持ちながら、なんと重さは絶無! 最前線プレイヤーたちだってこんなシロモノは持ってないだろうねぇ」
早く身に付けてみろと言うカグヤに応え、さっそく装備の変更を行う。
一瞬の光が身体を包み込むと──次の瞬間には、俺の身なりは闇色の戦衣装に変わっていた。
「すごいな──ぶっちゃけ、ゲームのラスボスキャラみたいだ……!」
「クククっ、まぁそういうイメージで作ったからねぇ」
所々に赤き紋様があしらわれた、まさに『魔王』の装備と呼ぶにふさわしきデザインである。
鴉の翼を思わせるような黒き羽織は『威圧的』の一言。
腕や腰などを守る具足もまた、奈落を思わせるかのように黒く──英雄としての華やかさとはまるで無縁のモノであった。
そんな見た目にも面食らったが……何よりも驚いたのが、本当に一切の重さを感じさせないことである。
(どうなってんだよこれ……ボロ切れ一枚の浪人ファッションよりも、マジで軽いじゃねえかよ……!)
このゲームに登場してくる装備品には、『敏捷に+50』などといったステータス補正値が存在しない。あるのは耐久度と硬さと重さと、武器であれば切れ味くらいだ。
……だというのにこの≪天魔王の戦装束≫を纏った瞬間、まるで敏捷値が上がったかのように身軽になったのだ。関節部の動きもまったく阻害されず、動きやすい事この上ない。
そうして満足げに身体を動かす俺に、カグヤがころころと笑いかけてくる。
「いやー、気に入ってくれたようで何よりだよ。……それ、ギルドの宣伝がてら2000万くらいでゲーム内オークションに出品する予定だったからねぇ」
「ファッ!? 2000万ッ!?」
……驚きすぎて変な声が出てしまった。なにせ、背中でグースカ眠りこけてるデミウルゴスくんの10倍の価格である。
えぇ……そんなん払えないんだけど。ジャンヌのアホを100回以上はボコらないと稼げない金額なんだけど……。
「……よかったの、カグヤ? そんなものをタダで渡すなんて……」
俺と同じく不安げな表情を浮かべるアリス。しかしカグヤは快活な笑顔を浮かべたまま、彼女の銀髪をくしゃりと撫でる。
「いーのいーのっ! せっかくアンタが立派なことを言うようになったんだから、ウチにも格好つけさせなって。
──花婿衣装の一着くらい、ダチのためなら喜んで用意させてもらうさ」
「っ! ……ありがとう、カグヤ……!」
互いのことを慈しみながら、二人は強く抱き締め合った。
ああ……いいなぁこういう関係。お互いを尊重し合える仲っていうのは、ネットはもちろんリアルでもなかなか作ることが出来ないものだ。
というわけで羨ましくなってきたので──抱き合っている胸元むき出し花魁爆乳美女とゴシックガチロリ巨乳美少女に頼み込んでみた。
「あいだに挟まってもいいですか?」
「「駄目ッ!」」
速攻で断られた。悲しい……!
そうしてガチでへたれこむ俺に対して、カグヤが呆れた視線を向けてくる。
「お前様……きゃっきゃしている女同士の前でなら、喜んで空気になるって言ってたじゃないのさ。あの時のお前様はどうしちまったんだい?」
「フフッ──人肌が恋しくなってしまってな」
「いや、キリッとした顔付きで言われても困るんだけど……」
困り顔をするカグヤだったが、そのあとアリスと顔を見合せるや、なんやかんやで二人して俺に抱きついてくれたのだ!
うおおおおおおおおおッ! 駄目元でもお願いしてみてよかったあああ! やる気が出てきたぞォオオ!!!
そんなわけで──
「──今の俺は誰にも負けないッ! さぁ行こうかアリス! まずはお前を追放したギルドに乗り込んでやろうッッッ!!!」
「ア、アラタくんがこれまで見たことないほどのハイテンションに!?」
「はははっ……アリスが元気になった理由、色々な意味でわかった気がするよ……」