12:ナイスカチコミ!
──柔らかそうな頬をぷくっと膨らませ、不意にアリスが呟いてきた。
「……アラタくんって、実は鬼畜なところがあるわよね」
「そ、そうかぁ? 俺としては常に紳士的な態度を心がけてるつもりなんだが。
ほら、アリスが転んだ後だってちゃんと抱き起したし、今だってアリスの身体を気遣って、こうして『お姫様だっこ』で運んでるし──」
「そーいうところが鬼畜なのよー! もうっ! 街の人たちがみんな見てくるんだけどぉ!?」
顔を赤くして俺の腕の中で騒ぐアリスだったが、何だかんだで俺の服をギュっと掴んでいるあたりは可愛らしさマックスである。
あれから俺たちは、アリスの知り合いがマスターを務めているという鍛冶屋ギルドに向かって足を進めていた。
当然だけどいつまでも初期装備じゃあ駄目だからなぁ。騎士たちをぶっ殺しまくったおかげでお金も大量に手に入ったし、これからの戦いに向けて良い装備を手に入れたいところである。
そんなことを思いながら、ファンタジーっぽい石造りの街並みを進んでいくと……、
「着いたわ。これが私の友達のギルド、【蓬莱ファミリア】の本拠地よ」
「……え、これが……えっ?」
……目の前に現れた建造物に、俺は目を白黒とさせた。
だって如何にも中世臭い街並みの中に、デデドンと『武家屋敷』が建っていたのだから……!
なんというか、ファンタジー観ぶち壊しである。
(ま……まぁそんなこと言ったら俺も浪人ファッションだし、キャラメイクの時に選べる服装の中には洋服から中華服まで色々とあったからなぁ)
オンラインゲーム特有の和洋折衷というやつだろう。ならばツッコむのも野暮というものか。
そうして押し黙る俺に、アリスが得意げに言葉を続けた。
「私のお友達はすごいのよ! もう少しだけお金が溜まったら、街の中心に死ぬほど巨大な日本のお城を建てるんだってっ!」
うんそれは流石にちょっと待とうか!
◆ ◇ ◆
──鍛冶屋ギルド【蓬莱ファミリア】。この世界でもトップクラスの有名どころだそうで、武具の作製に関しては随一の集団らしい。
また聖騎士と魔人種に対しては中立の立場を取っており、礼儀さえ弁えているのならばどんな相手でもお客様として扱うことをモットーにしてるんだそうだ。
すごくストイックな人たちっていうアリスの説明に、ちょっとワクワクしてしまう。
(うーんまさに職人集団ってイメージだなぁ。きっと白い作務衣を着込んで、命懸けで武器を打ってるんだろうなぁ)
そんなわけで俺とアリスは、門番のNPCに取り次いでもらって屋敷の中へと入れてもらったのだが……、
「「「お嬢、旦那ァ! いらっしゃいやせェッ!」」」
「……お、おう」
──俺たちを出迎えたのは、武器を打ってるっていうより『白い粉』を売ってそうなサングラスの黒服集団だった。
……いや武器も売ってそうっちゃ売ってそうなんだが、なんか刀っていうかドスを売ってそうな雰囲気である。
(ファ、ファミリアっていうか『組』じゃねーかよ! えっ、アリスの友達ってこんな奴らのトップなの……!?)
和を感じさせる廊下の端にずらっと並んだ黒服集団。その光景に頬をひくつかせる俺であったが、反対に黒服集団のほうは嬉々として俺に声をかけてきた。
「アラタの旦那ぁ! 例の≪百人斬り≫、見せていただきやしたっ! ナイスカチコミッ!」
「ってカチコミじゃねーよッ!?」
「ナイスカチコミ!」「ナイスカチコミッ!」「よっ、反社会勢力の鑑ッ!」「お勤めご苦労様です!」
こ、コイツら……ッ!
……なんか一人で大勢に立ち向かってボッコボコにしてしまったあたりが、こいつらのヤクザ魂──もとい男心に大ヒットしてしまったらしい。
サインをねだられたり、自分の武器を使ってほしいと押し付けられたり、次のカチコミ予定を聞かれたりと揉みくちゃ状態である。だからカチコミじゃねえよ!
まぁチヤホヤされて悪い気はしないんだが、それにしてもちょっと懐き過ぎなんじゃないかと思っていると──
「……旦那ぁ。実はここだけの話、自分らが作った武器が『初心者狩り』に使われてるかもしれないっていうのはあんまり良い気がしなかったんでさぁ」
「そうそうっ! 奴らもこれで少しは大人しくなるでしょう!」
って、あーなるほどな……中立の立場として聖騎士たちにも武器を提供してるのだから、『初心者狩り』の件については責任を感じてしまうところもあるだろう。内心不満たらたらだったに違いない。
それを含めてこの大絶賛というわけか……。
「あっ、ところで旦那っ! アリスのお嬢とはその、どういった感じで知り合ったんで!?」
「ああ、実は(聖騎士と魔人種の)組織抗争に巻き込まれちまってなぁ。そんでボロボロになってたところをアリスに拾ってもらったんだよ。
その時のことに恩義を感じて、刃を握ると決めたってわけだ」
「「「わぁぁぁい! 完全に昔のヤクザ映画だー!」」」
「旦那旦那ァ! それでアリスのお嬢とは、どこまでの関係になったんですかい!?」
「そうだなぁ、まあ一緒に頑張っていこうって誓い合って──秘密の場所に入れさせてもらったくらいだよ」
「「「おおおおおおッ!? 流石は旦那ッ!!!」」」
「いやー(紫水晶が)テラテラと濡れ光ってて本当に綺麗だったなぁ。──まぁ最後には、俺の大剣で滅茶苦茶にしちまったんだけどさ」
「「「ひええええええええ鬼畜ぅううううう!?」」」
ってなんだよお前らッ!? いちいち騒ぎすぎだろうがよ! ……あとアリスさんは何でモジモジしてんの?
──そんな具合で黒服連中の妙な冷やかしも相まって、武家屋敷内はまるでお祭り騒ぎだ。
少々うるさすぎると思うが……大勢でバカ騒ぎするというのも悪くないな。俺とアリスもこんな雰囲気のギルドを作ってみたいところである。
そうしていよいよ黒服たちが、アルコール系の飲料アイテムまで持ち出してきたその時──不意に凛と、艶やかな声が響き渡った。
「──ちょっとアンタたち。お客様を引き留めて、このウチを待たせるたぁ良い度胸だねぇ?」
訛りを含んだ言葉が響くや、顔を青くしてザッと道を開ける黒服たち。
果たして奥間のほうより現れたのは──その背中より薄い四枚羽を伸ばした、花魁衣装の美女であった。
剥き出しになった白い肩に大きく開いた胸元、そして悠々とキセルをくゆらせている姿は、まさに遊女そのものである。
結い上げた濡れ羽色の髪を揺らしながら、彼女は俺に挨拶してきた。
「よく来たじゃないの、アリスを攫った黒鬼さん。──ウチはカグヤ。この蓬莱組を治める女ギルドマスターさね」
あっ、今この人『組』って言ったッ!?




