11:動画投稿①
──その日投稿された動画は、全世界を震撼させた。
タイトル名は≪百人斬り≫。もはや知らない者はいないと言われてるほどの超ヒットVRゲーム、【ダークネスソウル・オンライン】のプレイ動画である。
ただの実況プレイ動画ならば何百万とあった。ただのネタプレイ動画ならば何千万とあった。
だがしかし──件の≪百人斬り≫の動画には、誰かを笑わせようとするようなおふざけ的要素は一切含まれてはいなかった。
徹頭徹尾、戦闘! 戦闘! 戦闘ッ!
そこにはリアルでは決して拝めない、全力の命のやり取りがあった。生物としての闘争本能をどうしようもなく刺激させる、本気の殺し合いがその動画には映し込まれていた。
ボロボロの大剣を手にした≪黒髪の鬼人≫が数えきれないほどの騎士たちに挑み、その尽くを斬滅させていくというダークファンタジーのごとき内容である。
最後には恋人だと思わしき≪黒銀の姫君≫を助け出すため、邪悪なる女騎士と一騎打ちをしてこれを討ち取るという締めくくりは、もはや一本の映画作品といっても過言ではなかった。
この動画に対して、ゲームをプレイしている視聴者の一人はこうコメントする。
『──これ、そういうお芝居だよな? まさかガチのバトル動画じゃないよな……? いやだって、初期装備で百人も相手に無双するとかありえねぇだろッ!? てか最新の装備でも無理だわッ!』
また別のゲームプレイ済み視聴者は、
『──わぁい! この悪役女騎士のお姉さん、金髪ボインでムチムチだー……ってコイツ、オレのケツに剣突っ込んで逝かせやがったジャンヌダルクじゃねぇかッ!?
あーこりゃヤラセなわけねぇわ。だってこいつ性格クッッッソ悪いもん! 一応【暁の女神】の部隊長らしいし、やられ役なんて絶対に引き受けねぇって! つーかザマァァァアア! クソ運営垢BANはよッ!』
その他にも、
『なんだこの鬼人族の動きっ!? 攻撃全部避けてるんだけど……!』
『このゲームって誰でもこんな風に戦えるの?』『←無理無理』
『こいつら俺のことをボコりやがった初心者狩り集団じゃねーか!』
『筋力極振りカウンターってなに!?』
『……このお兄さん、常に敵兵団が固まってるところにあえて突っ込んでいって弓兵や呪文使いをけん制してるんですけど。いざとなったら迷いなく敵兵を肉壁にしてるんですけど、怖いんですけど……!』
『……アレ、よく考えたら百人斬ってなくね?』
──などなど、プレイヤーから未プレイ者までありとあらゆる人々から関心の声が寄せられ、≪百人斬り≫の動画は投稿から一日で500万回もの再生回数を叩き出すことになったのだった。
中でも一番多かったのが、『この鬼人族は何者なんだ』というコメントなのだが──────うん、誰も知るわけないよね!
だって俺、そんときゲーム始めて3時間くらいだったから……!
◆ ◇ ◆
「う、うわぁ……どうしようアリス、なんかまた再生数が伸びてんだけど……!」
「ふふっ、アラタくんのカッコいいところをたくさんの人に見てもらえて良かったじゃない。私も嬉しいわ」
──騎士たちとの死闘から一日後。【始まりの街】の噴水広場にて、俺とアリスは例の動画を一緒に見ていた。あ、ちなみに投稿者は俺である。
流石にジャンヌダルクに騎乗位で眼孔ファックされたあとモブ騎士たちに袋にされる辺りは痛々し過ぎたので、騎士6人の首を刎ねてからジャンヌダルクを真っ二つにするまでの映像をセレクションしておいた。
(うーん……スマートフォンみたいにメニューウィンドウから他のサイトにアクセス出来るのは便利な機能だと思うんだが、世界観的にどうなんだろうか……?)
……攻略サイトを開きながらモンスターに挑んでいく戦士たちとかファンタジー感ぶち壊しなんだが。
まあそれはともかく、アリスには本当に感謝してもしたりないくらいだ。
なんと彼女、昨日の死闘をゲーム内実況撮影機能でこっそりと録画していたのだ。魔人種たちを勇気付けるために騎士連中を全滅させた事実を広めようと思っていたので、まさに渡りに船だった。
そのデータを渡してもらって、編集したのちネットに流したらコレこの通りの結果になったというわけだ。
「いやー助かったよアリス。間違いなくこの動画は魔人種逆転のきっかけになるだろうぜ。【暁の女神】の連中も、最強のイメージに泥を塗られて今ごろ焦ってるだろうなぁ。全部アリスのおかげだよ」
「もう、何を言ってるの? 頭のおかしいジャンヌダルクたちを相手にアラタくんが頑張ってくれたからこその結果じゃない。
……ともかくこれで、『覇道』の第一歩目は成功ってことでいいのよね?」
「ああ、百点満点の大成功だ!」
予想外の動画の大ウケに、俺とアリスは顔を合わせて笑い合った。
今の状況から魔人種が逆転するには、まずは騎士共の勢いを削ぎ落さねばならないだろう。逆に魔人種には秘めた怒りを爆発させるための火種を与え、行動に移してもらう必要があった。
その点でいえば、今回の動画ヒットは間違いなく両陣営に大きな変化をもたらしてくれることだろう。
……というか、ヒットしすぎて広告収益がマジでやばい。
映像提供者はアリスなんだから半分以上は渡さないとだな。後で送金方法について相談しよう。
「ふふっ……動画の真偽を問う声も多いけれど、それ以上に『初心者狩りどもザマァみろ!』ってコメントが山ほど来てるわね。きっとその人たちが拡散してくれたんでしょうね。
あと……≪百人斬り≫ってタイトルなのに百人斬ってない件についても話題になってるんだけど……」
「ああ、ツッコミどころがあったほうがバズりやすいからな。掲示板やSNSで誰かが紹介してくれた時にも、それに対して『百人斬り(百人斬ったとは言ってない)』って定型ネタレスやリプが大量についてくれるから、一般人にも興味を持ってもらいやすいんだよ。
ゲームのガチバトルなんて本来は閉じコンでしか流行らない内容だしさ」
「バズり……閉じコン……? ……ごめんなさい、私にはちょっとわからない世界だわ」
ああうん、アリスさんは綺麗なままでいてくれ……。
まぁその辺のことはあくまでも小細工に過ぎない。やっぱり動画が大ヒットしたのは、聖騎士共が初心者狩りをやりまくった結果の因果応報というところが大きい。
特にジャンヌダルク率いる集団はDQNグループとして有名らしかったので、アイツのことを嫌っているプレイヤーたちを丸っとファンに出来たわけだ。
というわけであの頭のおかしいクソ女にも感謝を……しなくていいな、うん。今度襲ってきたらまた屈服させてやろう。
(そのためにも、まずは装備を整えないとなぁ)
俺は腰かけていた噴水の縁から立ち上がると、さっきから周囲より飛んでくる「アレ、もしかして例の鬼畜剣士じゃね……?」って呟きをスルーしつつアリスに声をかけた(ていうか誰が鬼畜だ)。
「んじゃあアリス、そろそろ移動しようぜ。……それと、今回のことは本当にナイスだと思ってるよ。いきなり麻痺矢で撃たれまくって行動不能にされたっていうのに、よく冷静に撮影しようって思ったな」
「だからこそよ。何かと過激なこのゲームだけど、流石に酷すぎる言動はBAN対象に出来るもの。証拠映像を残しておくのに越したことはないわ。
それに……前の職場でちょっと、婚期に焦ってる女上司さんがイジワルをしてきてね。それ以来、リアルでもゲームでもそういうところだけはしっかりするようにしてるのよ」
そう言って、チラリチラリと何故かこちらを見つめてくるアリスパイセン。かわいい。
ふーんなるほどなぁ。いじわる女上司がいて、それからは録画を…………って、うんッ!?
「も、もしかしてアリスさん────俺がおっぱい食べちゃった時の映像も残してたりするのかッ!?」
「って残してないわよ!? もう、そうじゃなくて……うぅう、アラタくんのばかーっ! ていうか思い出させないでよぉっ!」
そう叫ぶや、顔を真っ赤にして走って行ってしまうアリスさん。
ってあのぉ、これから知り合いの『鍛冶屋』さんに会わせてくれるんじゃ……!?
「ま、待ってくれよアリスパイセンっ!」
とりあえずは謝るためにも彼女のことを追いかけようとしたのだが……その必要はなかった。
「もうっ! アラタくんってばなんで気付かないの──ってふぎゃあッ!?」
……踏みつぶされた猫のような悲鳴を上げて、アリスさんが盛大にこけたのである。
うわぁ痛そう……アバターを操るのが下手って言ってたもんなぁ。とりあえずフォローしておくか。
「アリスパイセン──転んだ姿も可愛いよッ!」
「うううううううううっ!」
唸り出してしまった。うーん可愛いッ!
…………相変わらず胸以外は12才そこらにしか見えないなぁ。
まぁとりあえず、鍛冶屋に行くのは『有紗』を起こしてからにしよう。