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アステラ戦記 村人からの成り上がり英雄譚  作者: 仙崎まいたけ
第2章 大森林
9/12

2-2 追撃

 「ハァ…ハァ…畜生ッ!ついてねぇ!」


 鼠人の男が息せき切って森を走る。


 思えば最初から全てが簡単だった。

 男達が戦に出た隙をついて、虎人の戦士と共に兎人の集落を強襲して制圧。略奪を行い、適度に楽しんだところで価値のありそうな女子供を売り飛ばす。


 補佐役として付けられた虎人は文字通りの戦闘バカで、そこはやりづらかったものの、兎人の主力は後方からの裏切りで壊滅し邪魔をしてくる者もいなかったので、特にこれまで苦労することはなかった。


 今回だって簡単な荷物運びだったはずだ。それなのに…


 「どこへ行くつもりだ?」


 後ろから声を掛けられる。

 慌てて逃げようとした瞬間、後方から飛んできた矢が足を掠め、男はもんどりうって地面に倒れ込んだ。


 「兎人の私から逃げられると思ったのか?」


 兎人は力は弱いが、その長い耳も示す通り五感に優れ、素早い動きでの追跡・逃走を得意としている。 

 また、幻影結界術という種族固有の特技を使える者もおり、相手に幻を見せて翻弄したり、自身を周囲から隠したりするような術を使うことができる。


 「い…痛てえ…畜生、このアマが…」

 「痛いだと?散々同胞を痛めつけてきた貴様がそれを言うのか!?」

 「う…ぐ…」

 「まぁいい、貴様があの隊の隊長だな?あの荷車が何処から来て、何処へ向かうのか教えてもらおう」

 「…話したら命は助けてくれるのか?」

 「貴様が心配するべきなのは、私の機嫌を損ねてこの矢が脳天を貫くことだ」


 女はそう言って十字弓を構える。


 「わ…わかった!わかったよ!何でも話すから、その物騒なモンを俺に向けないでくれ」


 「さて、どっから来てどこへ行くか、だったな。詳しくは俺もしらねえ、ただここから東の村から西の村に"荷物"を運んでくれって話で…そんな怖い顔するなよ、俺が言ったわけじゃねぇ!

 どうやら西にあるでっかい村が俺達の拠点らしい、あいつらは一回そこに集められてから"出荷"されるって話…だから俺が言ったわけじゃねぇって!」


 言葉の端々に滲み出る人を人とも思えない話に、女の表情が険しくなる。


 その後も、男は自軍の編成や指揮官の名前など、女の細かい質問に分かる範囲で答えていった。

 絶望的に見える状況だが、実のところ男には一つだけ取れる手段があった。相手の特技が索敵だというのならば自分の特技は交渉、仕掛ける最良の一瞬を狙って従順な態度で相手の油断をさそっていく。


 「さてと…これが最後の質問だ。"ユエ"という名前を知っているか?」


 その言葉に男の動きが一瞬止まる。それは兎人族族長の娘で、若くして巫女の力を持つ才媛の名だった。


 「その様子、知っているようだな」

 「ちょ…ちょっと待て!その情報はさすがにやべー!俺が漏らしたことがバレたら殺されちまう!」

 「言わなければ私が殺してやる、さっさと話せ!」


 「わ…わかったよまったく、あぶねぇ女だな。一回しか言わねぇぞ、良く聞いておけ。実は今回の任務もそれにちょいと関わっててだな…実はここに…オラッ!」


 声を潜めて話す様子に思わず女が近づいてくる。男は懐から布袋を取り出すと女に向かって投げつけた。

 女がとっさに十字弓で打ち払うと、中に入っていた白い粉が辺りに飛び散る。


 「チッ、目くらましか!小癪な真似を!」


 女は矢を放つが、それをギリギリで躱して逃走を図る。数十メルテ程走るが、すぐに女が回り込んで来た。


 「ハァ…貴様…こんなくだらない手で…この私から、逃げられると…」

 「さすがは兎人の戦士、すばやいねぇ。ところで…どうしたお譲さん、息が上がってるようだが?」

 「なん…だと…」


 女の目は虚ろで、足元もおぼつかない。女自身もそんな自分の状態が信じられないような様子だ。


 「どうやら、薬が効いてきたみてぇだな」

 「くす…り…」

 「おーう、お前さんが盛大にぶちまけたアレだよ。一吸いでアステラ一周気分が味わえるって代物でね、聞き分けのないやつを調教したりする時にも使えるわけだ。最初は指の先ほどの量で徐々に慣らしていくんだがね、あんだけ吸っちまえばもう足腰たたねぇだろう」

 「きさ…ま…ぜったい…ゆるさ…」

 「そんな言葉は他の奴らで聞き飽きたんだよ!オラッ!」

 「ウグ…ウゲエエエ」


 男が女の腹をしたたかに蹴りつける、女は反吐をまき散らして倒れ込んだ。

 その後も何度か女を蹴りつけると、やがて暴れていた女の動きも鈍くなってくる。


 「ち、散々面子をつぶしてくれやがって、この程度じゃ全然すっきりしねぇ。まぁいいや、痛いことの次は楽しいことを教えてやるよ」

 「や…め…」

 「散々調教して、俺の奴隷にしてやる。あの薬、一袋で給料三ヶ月分はするからな、せいぜい稼いでもらうぜ!」


 そう言うと女の服に手を掛け、一気に引きちぎる。

 散々煮え湯を飲まされたが、この女はなかなか優秀なようだ。うまくすればこいつを使って成り上がることができるかもしれない。


 そんなことを考えながら女に手を伸ばしたとき、後頭部に衝撃を受けた。

 

 「ガッ…!」


 それきり世界が暗転する。




――――――――――――――――――――――――――




 「ふぅ…なんとか間に合った…のかな?」


 エミルは倒れた鼠人にとどめを刺すと、そうひとりごちた。


 速度強化の魔法を掛けて追いかけたエミルだが、追跡が本職とも言える女性との差は大きく、一時見失ってしまっていた。騒ぎで気配が大きくなり慌てて駆けつけると、男が今まさに女性に覆いかぶさろうという瞬間だった。


 「これは…何かしらの麻薬を盛られたみたいだ、どこかで少し休ませないと」

 「わらしわぁ…らいじょう…ぶらぁ!」

 「はいはい」


 妙にハイテンションな女性を抱え、開けたところで腰を下ろす。

 女性はニコニコしながらエミルに抱き着いてくる。上半身をはだけて露わになった豊満な双丘がエミルの腕に押しつけられる。


 「君、ちょっと離れてもらえないかな…」

 「きみじゃないよ?りりみらはりりみらだよ?」

 「そうか…じゃあリリミラ、ちょっと離れて…」

 「えへへ…たのしいね」

 「うぅ…」


 それから2~3時間の間、エミルは煩悩と戦い続けなければならなかった。


 そして現在、エミルはリリミラと名乗った女性の後ろを歩いている。


 女性は正気に戻ると、顔を真っ赤にしながらエミルを突き飛ばし、ずんずんと歩きはじめてしまった。

 あわてて追いかけるエミル。


 「あの~、リリミラさん?」


 声を掛けると、鋭い視線で睨みつけられる。

 エミル自身も相当ばつが悪く、自然と伺うような話し方になってしまう。


 「何だ?用なら早く言え!」

 「いや、上着…それだとちょっとまずいと思うので、これを…」


 おずおずと上着を脱いで差し出すと、ひったくられた。


 「すんすん…臭い…」

 「まぁ、ここ数日洗えていないので…嫌なら結構ですが…」


 リリミラは無言で上着を着る。 


 「あの~、リリミラさん?」

 「なんだ!」

 「いや…どこへ向かうのかな~っと…」

 「戻るに決まっているだろう!おそらくあの荷台は同胞だかなら、助けねばなるまい!」

 「そ、そうですよね~」


 エミルが愛想笑いをすると、またリリミラに睨まれる。


 「その微妙な丁寧口調はやめろ!先ほどまでを思い出して恥ずかしくなるだろうが!それから、私のことは呼び捨てでいい!さっき散々呼んでいただろうが!!」

 「はいぃ!」


 そんなやりとりをしながら、荷車のところへ戻る。

 兎人を一通り介抱したジオ達が車座になって休憩していた。


 「遅いぞエミル!こっちがどんだけ大変だったか…って…えぇ!?」


 ジオが帰りの遅いエミルに文句を言おうとすると、そこにはエミルの上着を着た女性の姿。


 「お前ら…一体何を…」

 「うん、ジオが想像するようなことは何もなかった。何もなかったから、お願いだから聞かないでくれ…」

 「エミルくん、後で作戦会議だよ」

 「サリアまで…」


 そんな話をしていると、リリミラがこちらに近づいてくる。


 「ジオにオーラーにサリアだな。私は兎人族の戦士、リリミラ。成り行きとは言え同胞を助けていただき感謝する。私一人であれば一度他の仲間を呼びに行かなければならず、その間に逃げられていた可能性が高い。

 話はエミルから聞いた、ひどい戦だったらしいな。我らの基地に案内するので、皆を連れて行く手伝いをしてほしい。食糧や水も多少なら用意しよう」


 「エミル、リリミラには…」「全部本当のことを話したよ、彼女は信頼できる。彼女たちもかなり大変だったみたいだ」

 「なるほどな、分かったよ、その辺はおいおい聞かせてもらおう。皆!悪いが移動するぞ!」


 そうして一同はリリミラの基地に向けて移動を始めた。森の中では荷車は使えないので置いていくこととし、動けるものは自分の足で、動けないものはそれぞれが肩を貸したり背負ったりしながら、文字通り満身創痍の行進であった。

 途中で大目に休憩をはさみながら半日ほど森を進むと、大きな洞窟が見えてくる。入口には兎人の見張りが二人立っていた。


 「おお、リリミラじゃないか!なかなか戻らないから心配したぞ!一緒にいるのは同胞と…そちらは?」

 「彼らはヒト族の戦士達だ、行きがかりで一緒になり同胞を助ける手伝いをしてもらった。マルコに面通ししたいのだが、中にいるかな?」

 「そうか、それはかたじけない。リーダーは今別方面に出てる、そろそろ戻るはずだ」

 「じゃあそれまでは客人として私がもてなそう。奥の間を使わせてもらうぞ、皆は同胞の手当てを頼む」

 「オーケー。そっちは任せろ、今応援を呼んでくる。客人を奥へ案内してやってくれ」


 エミル達は洞窟内の簡素な一室に通されると、そこでいくらかの食事と飲み物を振る舞われた。兎肉を大葉でくるんで焼いたもので、久しぶりのジューシーな味わいは涙が出るほどうまかった。


 「うまい!うまいが…コレ、共食いにならんのか?」

 「お前…本気で怒るぞ。兎人族はあくまでもこの長い耳から付けられた種族名と聞いている。別に兎が眷属であるとか、そういうことはない」

 「そうだよジオ、獣人はその呼び名から一括りにされがちだけど、実際のところその生態は種族毎で全く違う。ヒトとほとんど変わらない見た目のものから、獣のそれに近いものまでね」

 「なるほど、村に住んでいると獣人と会う機会などまずないからなぁ…不快な思いをさせてしまったならすまない」


 ジオが素直に謝ると、リリミラは気にしてないという風に軽く手を振った。


 「ところで、鼠人族が裏切ったって話だったが、それは?」

 「その辺はリーダーが戻ってきたらまとめて話そう…っと、噂をすればだな。入り口付近が騒がしい、どうやら戻ってきたようだぞ」


 リリミラが素早く気配に気付く。

 しばらくすると兎人の戦士が一人、部屋に入ってきた。


 「リリミラ、マルコ様がお待ちだ。お客人を作戦室まで連れてきてくれ」

 「はいよ、了解~。じゃあ行こうか」


 そう言うと、リリミラは皆を先導して一室へと案内する。


 そこでは兎人の若者が一人、椅子に腰かけていた。

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