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アステラ戦記 村人からの成り上がり英雄譚  作者: 仙崎まいたけ
第1章 魔人大征伐
5/12

1-5 瓦解

 真正面から集団で突っ込んでくる魔人軍に対し、帝国軍は左翼・中央・右翼の3部隊に分け、3方向から相手を崩す陣形を取った。

 中央にもっとも防御力が高い帝国重装歩兵をならべて突撃を受け止めつつ、左翼の正規兵及び右翼の義勇兵が相手を打ち崩す戦術だ。


 「魔人共なにするものぞ!皇太子殿下が見ておられるのだ、気張って戦えぃ!弓隊、魔法部隊攻撃開始!」


 号令を受けて矢と魔法が一斉に敵軍へと降り注ぎ、それを受けた敵兵がパタパタと倒れるが、相手の勢いは落ちることはなく突き進んで来る。思ったよりも被害が与えられていないようだ。

 骨兵士は肉がない分被弾面が小さく、点での攻撃となる矢や槍にはある程度の耐性がある。また空腹でこちらの体力も落ちているのだろう、以前城門を攻めた時よりも心なしか勢いがない。


 その様子を帝国軍司令、メイザー将軍は厳しい表情で見つめていた。


 メイザー家は代々軍の要職を務める名門の家柄で、父のメイザー伯爵も30年前の大戦のおり、将軍として一軍を指揮した経験がある。

 その用兵は力強くかつ堅実で、息子の彼にもその才覚が受け継がれているともっぱらの評判だった。

 次世代を担う若き将軍として一軍を任された時、その堅実さが過去のものではないと知らしめてやると意気込んだものだ。


 だが、その堅実さに綻びが生じていることを今まさに実感せざるを得ない状況に置かれている。


 そもそも補給が遅れること自体が彼にとって全くの計算外だった。彼は実直で、次期皇帝は当然長男の皇太子になるのが当然だと思っていたし、いくら老獪なイムイ侯爵とは言え、まさかこのタイミングで嫌がらせを仕掛けてくるなどありえないことだった。

 それに追い打ちをかけるような義勇兵の脱走及び帝国民への狼藉。匪賊の類ならいざ知らず、憂国の士であれば多少の空腹などはねのけられると信じていたし、ましてや自国民に手を出すなど想像の範疇になかった。

 エミルなどに言わせれば、それが世間知らずお坊ちゃんだということになるのだが…


 「魔人と争う前に同じヒトによって消耗させられるとは皮肉なことよ、だがわが軍は単純な数で押しつぶされる程脆弱ではないぞ!」


 メイザーがそう吠えるのと同時に両軍が衝突した。世界随一と名高い帝国重装歩兵はさすがなもので、飛び掛かろうとした小鬼や骨兵士を自慢の大盾であっさりと吹き飛ばす。同時に左右から攻めたてられた敵軍はかなりの打撃を受けているようだ。


 「今の一当てで早々に崩れるかと思いましたが…相手も踏みとどまってきましたね」

 「臆病者の小鬼だけであれば壊走していただろうが…骨兵士は恐怖を知らん、それが抑止力にもなっているのだろう。なるほど混成にしたのはそういうことか…魔人め、小賢しい真似を!

 だが、相手は動揺している!この機を逃さず側面より騎兵を突撃させろ!」


 副官の問いに答えつつそう指示を出すと、左翼後方に控えていた騎兵部隊が敵軍の側面より突入した。

 帝国が誇る強靭な軍用馬を用いた騎兵隊は、敵の妨害をものともせずに突き進み、あるいは小鬼を槍でつき倒し、あるいは骨兵士を馬で弾き飛ばし、馬蹄で踏み抜いて蹂躙する。

 敵陣深くまで入り込み、このまま突き崩せるか、と半ば確信した時、騎兵の進路に石壁のようなものが次々とせり上がるのが見えた。


 「なんだあれは?敵軍の土魔法か?…いや違う、あれは石巨人ゴーレムか!」


 それは魔人が産み出す魔物の一種。灰色の石が人を形造り、数十体の石巨人が行く手を阻む。常人の1.5倍はあろうかという巨体を誇る魔生物は、槍を構えて突撃する騎兵を腕の一振りで5メルテは吹き飛ばして見せた。落ちた騎士の首はあらぬ方向に曲がっている。


 「く…これほどの魔物をこれだけの数召喚するとは…どこかに召喚者がいるはずだ!それを仕留めるぞ!」


 しかし、召喚者らしき悪魔の姿はどこにもなく、突撃を止められた騎兵は雑兵たちに群がられ、一人一人と脱落者を出してゆく。

 状況危うしと見た騎兵は体制を立て直すべく、一度撤退するのだった。


 戦線は膠着し、消耗戦の様相を呈してくるのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――




 皇太子ガルザスは、落ち着かない様子で天幕に一人座っていた。

 開戦後しばらくは後方で戦況を見守っていたが、長引くと見た側近に諭され一時後方に下がっている。


 「ええい、まだ敵を崩せぬのか!メイザーの奴め、俺に任せておけば大丈夫などと大口を叩いておいてこの程度とは…」


 そう独りごちていると、側近の一人が天幕に入ってくる。


 「そう焦りめされるな、落ち着いて戦況を見守るのも王者の務めでございます」

 「そうは言うがな、出陣してからどれだけ経つと思っている!今まで亀のように引っ込んでいた魔人どもがようやく出てきたというのに…俺が出て敵の大将首をもぎ取ってやろうか!!」

 「お止めくだされ、まだ敵の大将がどこにいるかも分かっておりませぬ」

 「クソッ!このまま戦いが長引けば、俺の失態になる。それではバロク派の思う壺ではないか!イムイめ、戻ったら覚えておけよ…」


 そんなやりとりをしていると、一人の兵士が大慌てで天幕へと駆け込んでくる。


 「伝令!右翼の義勇兵が崩れ始めています!」

 「なんだと!」

 「ふむ、やはり寄せ集めということですかな。肝心な時に頼りになりませぬ」

 

 そう側近が答えると、ガルザスが激高して立ち上がる。

 

 「ええい、やはりこのまま後ろでじっとしている訳にはいかぬ。俺自ら右翼に赴き、味方に喝を入れてくれる!」

 「お待ちくだされ、右翼が崩れ未だ陣が突破できておらぬ以上、もはやこれ以上の消耗は無意味です。

 右翼をおとりにしてアデラ砦まで一時撤退し、体制を立て直すのが得策かと」

 「バカな!帝国の為に命を懸ける義勇兵を見捨て、この俺に尻尾を巻いて逃げろと言うのか!

 安心せい、俺が出れば士気は上がり軍も立て直せる。今日中に門を突破してやるわ」


 「ふむ、これは代案で進めた方がいいかもしれませぬな…」

 「代案だと?それは一体何のこと……ッグ…」


 ガルザスが側近の肩をつかんで尋ねようとした瞬間、腹部に衝撃を感じて立ち止まる。ゆっくりと下を見ると、自身の腹に禍々しい形状の刃が付きたてられている。

 側近はそのまま振り返りざまに剣を抜き放ち、驚く伝令の喉笛を切り裂いた。二人はほぼ同時に倒れ込む。さらに懐から液体の入った瓶を取り出すと、緑色のどろりとした中身を息絶える寸前の伝令の傷口に掛けていく。

 

 「貴様…ゴフッ……一体なにを……」

 「とくとご覧あれ」


 すると伝令の肌がみるみる黒くなり、耳や鼻が尖るなど形相が変わっていく。それはさながら魔人族のような見た目であった。伝令はそのまま息を引き取る。


 「いかがですかな?これが帝都魔学研究所の試作品、魔人変化薬でございます。見違えたでしょう、一度変化してしまえば元には戻れないのが難点ですが…」

 「魔人研究所…確かイムイが長官を…ま、まさか…グ…グボッ」

 「殿下のちょっとした汚点になればよいかと思っておりましたが、貴方がこれほど愚かとは思いませんでしたぞ!この期に及んでまだ勝機があると勘違いしておられるとは。このままでは国が亡びかねませぬ」

 「グッ…グ…ゴフ…グググッ…」


 ガルザスは鬼の形相を浮かべながら血を吐きちらし、死んでいった。

 時期皇帝として権勢を誇り、多くの国民に見送られながら威風堂々と出陣した男の、何ともあっけない最期であった。


 「やれやれ、皇太子がこれでは魔人と戦うどころではないな。バロク皇子はイムイ公爵に頭が上がらないようだが、あの皇帝の血筋だ。扱いづらくなったらどうするか…まだ10才と幼いが、第一皇女のイルニィシア様など良いかもしれんな。

 まぁいずれにせよ、そばに控えながら皇太子の命を守れず、打ち首になるだろう私が考えることではないな」


 そんなことを一人ごちた側近は、おもむろに声を張り上げる。


 「大変だ!皇太子殿下が刺された!!魔人が伝令に化けておったぞーーーー!!!!」

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