1-4 開戦
エミルは、一人陣の外れで佇んでいた。
そこに一つの影が近寄ってくる。
「ここに…いたのか…みんなお前を探していたぞ…」
「……オーラー」
それはアロ村出身の巨漢、オーラーだった。
「食糧が…三日後に到着するそうだ…今日は…皇太子殿下も陣に入られるらしい…そろそろ戻ったほうがいい…」
遅れていた補給もようやく目処が付き、落ちきっていた士気を取り戻そうと総大将自ら前線をまわって激励するつもりなのだろう。
「三日、丁度あの日から一週間か…たったそれだけの期間我慢してもらうことができれば、誰も死なずにすんだのに…食糧不足は長いこと続かないなんて分かりきってたことなのに!」
補給の問題はあくまで第二皇子派の嫌がらせ、本当に致命的なことになる前に解決するであろうことは最初から分かっていた。
マルスのことは苦手だったが、彼にもいいところは一杯あったし、ましてや殺したいなんて一度も考えたことはない。
「そう自分を責めるな…お前のせいではない…」
「他の義勇兵が暴れる可能性だって分かってた!それを僕は小さい可能性だからと切り捨てた!」
「それがどうした…誰だってリスクを切り捨てて行動するものだ…」
「マルスは略奪には加わらなかったみたいだ…問題児だけど、根はいい奴だったのに…」
「どんな奴だろうが…死ぬときは死ぬ…お前は今生きてるものを助けることを…考えるべきだ…」
オーラーはそれ以上何も言わなかった。元より静かな男だ、言いたいことは全て言い尽くしたということだろう。
今はただ、その静寂がありがたかった。
「強く、なりたいなぁ…」
エミルは生まれてはじめて、心の底からそう思うのだった。
陣内に戻ると、周囲がざわついている。
彼らの視線の先には正規兵が集まっており、その中心に明らかに高貴な身なりの大柄な男が立っているのが見て取れた。その目つきは鋭く、金髪を後ろへ撫で付けている姿も印象的だ。
ざわつく義勇兵の中にジオがいるのを見て声を掛ける。
「お、どこ行ってたんだよエミル。姿が見えなかったから心配したが、その様子なら大丈夫そうだな」
「心配かけてごめん、僕は大丈夫。それよりもあれが?」
「ああ、皇太子ガルザス殿下。どうやら本物らしい」
「へぇ、かなり大柄なお方だね…皇族の男子は皆偉丈夫だって話は聞いていたけど」
「現皇帝陛下からして大鬼とのハーフじゃないか、なんて噂があるくらいだからな」
「ちょっとあなたたち、あまり物騒なことは言わないで頂戴。もうマルス達の二の舞は嫌よ」
皇族批判ともとれない会話内容に、思わずカルマがたしなめる。
皇太子ガルザスはオーラーに負けずとも劣らない程の巨漢で、体つきもがっちりしており、服の上からも筋肉隆々であることが分かるほどだ。
そんな風に様子を見ていると、いよいよ皇太子の演説が始まった。
「私は帝国軍総司令、ガルザス・アルンスト・アヴァロである!諸君らがこの祖国の危機に立ち上がり、今まさに戦っていること、非常にうれしく思う!今は苦しいかもしれないが、食糧もすぐ届く。もう少しだけ頑張ってくれ!
魔人どもは30年前の戦いの折に自治権を認められたにも関わらずその恩を忘れ、恥知らずな虎人族と手を組んだばかりか、盟友たる牛人族を滅ぼし、そして今また我らに牙をむいている!
忘恩の賊徒たる魔人どもを討ち果たすため、我々は近いうちに必ずあの忌々しい門を突破するだろう。大切な者たちを守るため、今しばし諸君らの力を貸してくれ!!」
いかにも武人然とした皇太子の演説に、陣内はにわかに活気づく。それは皇太子達が天幕に下がった後も続いていた。
「さすが時期皇帝、貫録があるな」
「今までが最悪だったからね、これで食糧が届けば士気も上がるだろうね」
「まずはあと三日の辛抱か…」
しかし、そんな皆の思いを嘲笑うかのように、思いもよらない知らせが飛び込んでくるのであった。
「城門が開いてるぞー!!中から魔人どもがあふれ出て来やがった!!」
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冬の到来を告げる冷たい風が平野を流れる。
城門の開放、及び魔人出現の報を受け、帝国軍5,000は急遽出撃し布陣を行った。
目の前には魔物の群れ、小鬼や骨兵士が主力のようで、思い思いの武器を手にがむしゃらに突っ込んでくる。
「一体どれだけいるのか、数える気にもならないな」
「魔人にこれだけの動員力があるとはね、皇太子が来ると聞いて戦力を集中させたのかも」
「ま、どんだけ数がいようが所詮は寄せ集め、恐るるに足らずさ」
寄せ集めはこちらも変わらない、と思ったが口には出さなかった。
正規兵の装備は部隊に合わせて統一されているが、義勇兵は最低限必要な者に使い古しの武具が配布されたのみで、それ以外は各自自前のものを持ち込んでいる。
かろうじて腕に巻かれた揃いの赤布が、彼らが同じ部隊であることを示している。
アロ村で教えていたのは帝国式剣術で、その獲物は片手剣と小盾に革鎧というものだ。唯一免許皆伝のカルマのみ、盾を持たず長剣を下げている。
エミルは緊張と恐怖で蒼白になっているサリアの肩に手を置いて落ち着かせると、改めて前方を睨み付ける。
戦が、はじまる。
ちょっと短いけどキリが悪いので。