1-1 志願
始めに、この世界にはどこまでも広がる広大な森と大海原のみが存在していた。聖者カミラはこの広大な森を切り開き、ヒト族安住の地を作り上げた。世界は大森林と大海原、ヒト族領域の3つとなった。
(ルイミール・ボスト 『アステラの歴史』 "序章"より抜粋)
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「いい天気だなぁ~」
草原に一人の青年が寝転んでいる。黒髪黒目で、どこにでもいるような風貌。まだあどけなさを残す顔立ちには穏やかな表情が浮かんでおり、それがこの青年の温厚さをよく表していた。
雲一つない晴天、ゆったりと流れるあたたかな風が頬を撫でる感触が心地よい。
と、そこにもう一人の青年が近寄ってきた。おそらく同年代であろう青年は、短く刈り込んだ茶色の髪と均整の通れた長身が特徴的だ。整った容姿と自信に満ちた振る舞いも相まって男女を問わず人気が高い。
「ようエミル、やっぱりここにいたな。また訓練はサボりか、ザックスさんが困ってたぞ」
「やぁジオ。そういう君はどうなんだい?この時間はまだ訓練中だと思うけど」
「お前を探しに行くってのを口実に抜け出してきた。お前と違ってサボりじゃないぞ…よっと…お、これは確かに気持ちいいな、クセになりそうだ」
ジオと呼ばれた青年はエミルの隣にごろりと寝転ぶと、気持ちよさそうに目を閉じる。
彼らはこの近くにある村落の一つ"アロ村"に住む村人だ。帝国外れに存在しており、魔物も活発な地域ということで、アロ村では若者に剣と魔法の訓練を義務付けている。
「アハハ、全く君にはかなわないよ」
「俺はいつだって優等生さ。サボりにだってちゃんと理由をつける、それが優等生ってもんだろ」
「君は昔から変わらないね。頭が良くて勇気があり、それでいてユーモアも忘れない。そんな君が村長の息子としてこの村を引っ張ってくれるなら、僕はここで一生のんびりと寝転がっていても安心……と、そう思っていたんだけどね……」
そういうとエミルはジオの方に向き直り、真剣な目をして問いかける。
「ねぇジオ、戦争に行くってのは本当なのかい?」
ジオは目を閉じながらゆっくりと答える。
「あぁそうだ、発案がマルスの奴ってのは気に食わないけどな。俺はこの村の村長なんかで終わりたくないと常々思っていた。
今回30年ぶりの戦ってことだが、これはチャンスだ。村長の息子とは言え、こんな帝国外れの村では農民とまったく変わらん。俺はこの戦で手柄を上げ、貴族になり、世界を変えるような何かを成し遂げたい」
この世界アステラでは多くの人種が存在している。
エミルやジオのようなヒト族と呼ばれる者たちの3つの国家が隣り合わせにあり、南に大海原と呼ばれる果て無い海が、東西北を大森林と呼ばれる広大な森がそれらヒトの領域を取り囲んでいる。
大森林には、獣人と呼ばれる獣とヒトの特徴を併せ持つ11の種族がそれぞれ生活圏を分けて暮らしており、この世界では上記12の人種を"12種族"と呼び、お互いを尊重しながら今まで生きてきた。
そんな中、彼らヒトでも獣人でもない人種もいる。それが魔人族である。
彼らは容姿も能力も様々で、小鬼のように弱く愚かなものから悪魔のように強力な特殊能力と狡猾な頭脳を持つものまで幅広いが、総じてその性根は邪悪であり、古来より12種族による討伐の対象とされてきた。
30年前、今までバラバラに存在するだけだった魔人族に魔王を名乗る指導者が現れ、魔物と呼ばれる怪物を従えながら上記12の種族に反旗を翻し、世界を戦乱の渦に巻き込んだ。
が、結局その戦いはヒト族3国家と獣人11種族が団結することでごく短期間に鎮圧されることとなる。
12種族による評議会は魔王の首と引き換えに、ヒト族領域北東部の一角に魔人自治領を作ることを認め、それをヒト族及び獣人族が四方から監視する取り決めを行った。
そして現在、30年の静寂を破り今再び魔人達が蜂起したという報せが世界を駆け巡った。
シグニという一人の魔人が指導者となり、あろうことか彼らを監視するはずの虎人族と手を組んで、牛人族の領域に攻め込んだのだ。
2方向から突然の攻撃を受けた牛人族はあっさりと壊滅、牛人領は魔人達によって支配されることとなった。
この報を受けた評議会は魔人討伐軍の派兵を決定、ヒト族3国家と獣人5種族が賛同し、兵を出すこととなった。
エミル達の所属するアヴァルギア帝国でも皇帝アヴァロ8世の号令の下、皇太子ガルザスを総大将とする大規模な討伐軍が編成されるとともに、広く義勇兵の募集がなされている真っ最中なのだが……。
ジオに現状で満足しきれていない思い、野心があることは昔から知っていた。
彼の祖父はしがない旅商人であったが、30年前の大戦で魔物に襲われていたこの村を守るために皆を指揮して戦い、その手腕を買われてこの村の村長となった。
彼らに戦い方を教えてくれている剣術道場の主、ザックスの父も30年前の戦いで功を成し、一代限りの爵位を賜り王家の剣術指南役を務めたほどの人物だ。
そういった者たちが身近におり、子供のころから剣術や魔術を学んでいるエミルやジオたち若者にとって、戦争とは自身が成り上がるための手段となり得るのだろう。
「危険は覚悟の上さ。ただ今回の討伐軍はヒト3国家と獣人5部族の連合軍ってことじゃないか。
いくら魔族が虎人族と組んで牛人族をあっという間に滅ぼしちまったって言ってもしょせんは不意打ち、これだけの大舞台に四方から攻められたらあっさり片が付くってモンだろう。
この機を逃せば功を成す機会なんてもう一生訪れないかもしれない」
「きっとそうなるだろうね。この戦いは僕らの圧勝で終わり、そして平和な世界が訪れました…ってさ。
……でも僕は何となく嫌な予感がするんだよ、30年間大人しくしていた魔族による突然の蜂起、それがそんなにあっさり終わるものなのかな?ってね」
エミルが不安げにそう言うと、目を閉じたままのジオの口元が少し上がり、微笑んでいるのが見て取れた。思わず目を丸くすると、ジオは真面目な顔をしてこちらに向き直る。
「なぁエミル、俺と一緒に志願兵にならないか?」
「……なんで僕に?僕は君みたいに賢くないし、剣術の腕だって大したことない。大魔法が使えるわけでもない。一緒に行っても役には立てないよ」
「お前は昔からそうだよな、妙に自己評価が低い。だからマルス達にも馬鹿にされる……けど、俺はそうは思わないぜ。
得意なものがないって思ってるみたいだが、お前のそれはなんでもそつなくこなせるって言うのさ。それにさっきもそうだが、熱くなってる俺達にいつも冷静な意見をくれる。物語の勇者には落ち着いた助言をくれる賢者が必須だからな」
まっすぐな瞳でそう言われたエミルは、少し照れて頬を掻く。
「君はそういう恥ずかしいことを臆面もなく言うのが得意だね、僕が賢者ってタマじゃないのは分かってるだろうに」
「ま、さすがに今のは言い過ぎたかもな。だが一番の友として俺を支えてほしいってのは事実さ、もちろん無理強いはできないが……」
そうまで言われては、エミルも観念するしかなかった。もとより村に残ってやりたいことがあるわけでもない。
「わかったよ、君と一緒に行くことにするさ。どのみち帝国軍が負ければ、魔族領と近いこの村は真っ先に滅ぼされてしまうだろうからね」
「そうか……そうか、来てくれるか!サンキューな、一緒に世界を変えてやろうぜ!」
そうして笑うジオの顔はとても嬉しそうで、お人よしのエミルはその笑顔が見られただけでも彼の願いに応えてよかったなぁ…なんて思ってしまうのだった。
その一か月後、アロ村から数人の若者が義勇兵として志願を行い、戦地へと赴くことになるのだった…。