第7話 馬之助登場
遠くに救急車のサイレンの音が聞こえ始めた頃、校舎の正面玄関の方から派手にガラスの割れる音が響いた。
廊下の照明が一斉に点灯した。だれかが走ってくる。
この盛大な登場シーンはだれだ?
1階の階段を駆け上がってきたのは学級委員の馬之助だった。
何時も綺麗なおかっぱカットの髪には汗でべっとり、息を切らしている。
馬之助から見たら、さぞかしおかしな光景だったろう。
階段の踊り場で、座り込む男子生徒に血を流している女子生徒。
それでも何時でも冷静沈着な馬之助だ。
「生きているのか」
「ああ、生き返った。人工呼吸したら生き返った」
「そうか、それは良かった」
馬之助は脈を計り、頭の傷を調べた。
「大丈夫だ。問題無い」
馬之助は安心して座り込んだ。
「駅から走ってきた」
駅からだと上り坂が15分は続く。1人地獄マラソンなら息も切れるだろう。
「本当に空でも飛んで来たかったよ。本当に面倒な事だ。
まあ、それでも生き返ったならいい事だ。
よくやった白兎。見直したぞ」
俺としては、PCの中の律子に命令されて探し始めたなんて言えない。
ヘラヘラと曖昧な返事しかできん。
「どうしてPCを置いてある?、広げてある?」
さすがに馬之助だ。
鋭い指摘が入る。
まさかPCの中に高瀬律子が入っているとは言えない。
「いや、人工呼吸の方法を調べようと思って」
とっさの嘘が上手だな。俺。
「どうして白兎がここにいる?」
また鋭い突っ込みだ。
「律子が、家に帰っていないと聞いて、学校まで探しに来たんだ。そしたらここで倒れていた」
小さな嘘をついた。
馬之助は疑わしげに俺を見る。
「ほう? お前は始業式の日に高瀬律子に絶交宣言されたはずだが?」
いかん。そうなのだ。俺は律子に嫌われていた。なんと言って言い逃れするんだ俺。
「いや、たまたま散歩していたら、律子の家の前で、律子のお母さんに会ってだ。律子が帰っていないと聞いたんだ」
「散歩?」
「そう、散歩」
馬之助の指摘は的確だ。
「お前は男子寮だよな、律子の家までは15分はかかる。学校の反対側だぞ」
もう、何でも知っている学級委員だから嘘が簡単にバレる。
「たまにはコースを変えなきゃ。知らない街だし、俺引っ越してきたばかりだから」
馬之助はまだ色々といいたそうな顔をしている。
そうだよな、俺は事件の第一発見者なんだし、第一発見者って、だいたい犯人の場合が多いし。
待て。俺が律子を襲った犯人になるのか?
馬之助の何か聞きたそうな顔は俺を犯人だと思っているのだろうか。
これは非常にマズイ状態だ。
「そのPCを見せてくれないか」
げっ、ついに律子の入っているPCまで突っ込みが来た。
「いや、まだこれ新品で俺の宝物なんだ」
「見られては困るのか?」
「困る。とっても困る」
なんて言い逃れしようか。
「秘密のエッチなファイルが一杯入っている。
同級生に見られたら、俺の人格疑われる。きっと軽蔑される。
学校では常識人を装っている俺が、思いっきりの変態だと思われてしまう」
実際にはOSと律子の入ったギャルゲーしか入っていない。
「大丈夫だ、始業式の日にスカートめくりした時点でお前が変態だとだれもが知っている」
「いや、ちょっと困る」
「怪しいな。何か見せられないモノでも入っているのか」
防戦一方の俺。これ以上、馬之助に突っ込まれても困る。
馬之助が立ち上がった。
「学級委員長として、白兎、お前のPCを調べさせてもらう。
無実を証明したければPCを渡せ。
隠している事があるなら、今すぐ正直に話せ」
やばい。
「秘密は守る」
俺の秘密。PCの中に律子の魂が入っている事が俺の秘密。
「白兎には高瀬律子を襲う充分な動機がある。
白兎は始業式の日に高瀬律子に恥をかかされた。
クラスの全員が知っている。
その恨みで今日、高瀬律子を襲ったとも充分に考えられる」
「違う! 絶対に違う。
律子の奴は嫌いだったけど、嫌い以上では無い。そんな小さな事で襲ったりしない」
「嫌いである事を認めたな。状況証拠は全て揃っている。お前は高瀬律子が襲われた時間にどこで何をしていた?」
「男子寮の自分の部屋にいた」
「だれか証明できるのか?」
「いや、鍵かけて部屋に1人だった」
「ならば、校庭の横に建っている男子寮を抜け出し学校に来る事はとても簡単だ。
白兎、お前にはアリバイは無い。状況証拠もある。犯人探しをすれば、白兎、お前が犯人だ!」
論理整然として俺でもついうっかり犯人は私ですと思いたくなるぐらいだ。
「白兎、お前の無実を証明する為に、そのPCを渡せ。今すぐに渡せ」
「どうして?」
「犯人が克明な犯罪計画をPCに書き込んでいる事例は数多くある。
お前が犯人ならば、犯行計画が記録されているはずだ。
お前が犯人ならば、そのPCで犯行の現場を記録していた可能性もある。
俺が見聞する。何も入っていなければ白兎、お前は無実だ」
論理的だ。
「白兎、お前がノートPCを持ち歩いている事が不自然だ」
おっしゃる通りです。けど渡せません。見せられません。
「渡せないならば、実力行使する」
馬之助の目がマジだ。
「安心しろ、気を失ってもらうぐらいに殴るだけだ」
おい、それ、充分に痛いぞ。
俺の膝の上には律子の頭が乗っている。
俺は急に逃げる事もできない。
あわあわあわ。
充分に絶対絶命だ。馬之助が、拳を振り上げた。マズイ、絶対にマズイ。
追い詰められた俺は、咄嗟に律子の頭を抱えて馬之助に叫んだ。
「俺の膝の上の律子がどうなってもいいのか!
お前が俺を殴ると、律子の後頭部がコンクリートに激突して今度こそ死んじゃうぞ」
(アンタ、私を殺す気!)
「なら、お前の首を締める」
コイツ、本気だ。
「だったら」
俺は律子の頭を両手で持ち直した。
「近寄るな!
近寄ったら律子の頭をコンクリートにぶつける。
手加減なしで思いっきりぶつける。これなら律子は絶対に死ぬぞ」
どこでどうしてこうなった?
ヘッドホンに律子がうるさい。
(白兎、アンタ間違っている。私を殺そうとするなんて絶対に間違っている)
「お前は、高瀬律子を人質に取るのか」
怯んだ馬之助を見てこの作戦が効果的だとわかった。この人質は使える。
「そうさ、人質だよ。自分の身を守る為にな。馬之助、動くな。動くと律子が死ぬぞ」
(白兎、アンタ絶対に間違ってる)
自分の身を守る為とは言え、無抵抗に眠る律子を脅しの材料に使うなんて、俺は充分に鬼畜だな。
「待て、高瀬律子を危険な目にあわせる訳にはいかない」
(どーして私が危ない目に会うのよ。アンタ私を守るって言ったじゃない。私を犠牲にして自分だけ助かろうって考えなの。どっか間違ってる)
「どこだ」
救急隊員の叫び声が聞こえる。救急隊員の前ではさすがの馬之助も何もできない。
救急隊員がやってきて意識の無い高瀬律子を搬送する。
馬之助がチラリと俺を見た。
「私が病院に同行する」
馬之助が救急車に同乗して病院に行くと言う。
俺は、救急車を見送りながらPCの中の高瀬律子に謝った。
「今まで、お前の事、イタズラか人工無脳のソフトだと思っていた。悪かった。
どうしてかわからないけど、お前、本物の高瀬律子なんだ。
今まで信じられなかったが、これからは信じる、お前はギャルゲーなんかじゃない。高瀬律子だ。
「信じてくれてありがとう」
「少なくとも、律子の怪我が事故なのか、事件なのか。俺は知りたい。
何か思い出さないのか?」
「それが、前後の事は何も覚えていないの」