第6話 人工呼吸
状況は切迫してた。
律子は頭から血を流している。
鼻から血を流している。息をしていない。
「律子、お前死んでる」
(何、どうなってんのよ、見せてよ)
俺はカバンからPCを取り出し真横に置いてWEBカメラで高瀬律子の姿を見せてやった。
(私が、私が死んでる。どーして私が死んでいるのよ。信じられない)。
取り乱してギャーギャーとうるさい。
無視して携帯で救急車を呼ぶ。
やりとりの中で蘇生処置を勧められた。
電話を切り律子に尋ねる。
「鼻からの出血が気管に入って息が詰まったと思う。律子、生き返りたいか?」
(私助かるの、私生き返るの!)
「唯一今ここにいる俺しかできない方法がある」
(何?。早くして)
「俺が人工呼吸する」
PCの中の律子のテンションが急に下がった。
(やだ。絶対やだ。私のファーストキスよ)
「お前、自分の命とファーストキスとどっちが大切だ?
先に言っておく。
胸も触る。
肺呼吸を手助けする。
心臓マッサージしたら、服が乱れてブラも外れてオッパイも出ちゃうぞ」
(ヒドイ、最低な奴。最初からエッチな事をするのが目的でしょう。絶対にそんな事はしないで)
「お前が文句言っても俺はやる。俺はお前を見殺しにはしたくない」
俺はマジだ。
(このヘッドホンをねえ、そこで寝ている私にかけてよ。私が呼びかけたら私は起きるかも)
確かに名案なのかもしれない。けど、そんなファンタジーみたいな事があるものか。
俺は現実主義なのだ。
「あきれた奴だなあ。そんな非現実的な事があるものか。
そんな事はどうでもいいから俺はヤル」
(絶対しないで、私のファーストキスをアンタなんかに奪われるぐらいだったら死んだ方がマシよ)
「言ったな。死人が何言ってやがる」
律子はその他ギャーギャー言っていたが俺は無視してヘッドセットを外した。
律子の声が聞こえなくなると今俺は夜の学校に一人でいる事を実感する。
闇の中に頼りない懐中電灯の光。
光の中に血を流している女子生徒。
彼女が助かるか助からないかは全て俺の蘇生処置にかかっている。責任は重大だ。俺は救急処置に集中した。
改めてリアル高瀬律子の顔を見る。
頭部出血、顔面蒼白、鼻から出血、呼吸無し。
心停止状態。客観的に見て死んでる。死体だよ。
普通死体に触りたいか?
死体にキスしてオッパイ触りたいか?
だが、男ならやらねばならない時がある。
顎を引き起こし気道を確保し、鼻をつまみ口から口に空気を送り込む。
肺に空気を送り込む。
人工呼吸は本人も苦しくなるんで自分が息を整える間は胸部を押して呼吸させる。
服を脱がせるってのは嘘だ。胸を押すからそう言ったまでだが、一生懸命やっていたらブラウスも乱れてブラもずれた。ご免。
救急車はなかなか来ない。
慣れない人工呼吸の疲れ。
このやり方で正しかっただろうか。
こんな事だったらもう少し真面目に習って置けばよかった。
自分の処置の正しさに対する不安。
このまま助からないかもしれない不安。
汗が流れる。
目からも汗出る。
早く救急車は来ないのか。
不安の中で随分時間が経った気がする。
そしてサイレンの音が聞こえた頃、高瀬律子は自分で呼吸を始めてくれた。
「やった! 生き返った! お前生き返った!」
俺はWEBカメラに顔を思いっきり近づけて報告した。PCを動かして息をする高瀬律子を見せてやった。
涙声でPCの中の律子も喜んでくれた。
(白兎、ほんとうに、ありがとう。私、まだ生きているんだよね)
息を吹き返した律子を動かす事が正しいのかわからなかった。俺は床に座って律子の頭を俺の膝の上に乗せた。そのぐらいしかできる事が思いつかなかったからだ。
(ねえ、ヘッドホンを私にかけてみて、私、戻れるかもしれない)
「それはまあ、無いとは言えないかもなあ」
その時、正面玄関の方からガラスの割れる音が響いた。