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第4話 ギャルゲーインストールしました。

 放課後、俺は学食で晩飯を食う。男子寮には食堂があるのに食事が出ないのだ。

 ここではっきり言っておく。高校の入学願書のパンフレットにはセキュリティシステム完備、朝夕食事付き鉄筋コンクリートワンルーム形式の個人寮と書いてあったのだ。

 女子専用とはどこにも書いてなかったぞ。

 男子寮の男達のメシは朝も昼も夜も学食である。

 生活費を使い果たしていても飢え死する心配無いが、昼過ぎに作られた冷えた晩飯を電子レンジで温めて食うのが3年間続くと思うと少し鬱になる。

 たまには豪勢に外食したい。金ないけど。そんな金があったら、趣味に使うけど。

 そそくさとメシを食い男子寮に帰った。そりゃ、ギャルゲーの為だ。

 俺の住い、男子寮は学校の校庭の隣に建っている。

 ギリギリまで寝ていられるが、逆にいつも遅刻寸前にやってくるのは男子寮生である。

 体育の授業の時には着替えに帰ってくるのが男子寮生である。

 寮でのご禁制の行為については運命共同体一致団結して口が堅いのが男子寮生である。

 食堂の換気とゴミ捨ては寮長以下一致団結しているのが男子寮生である。

 俺はとんでもない所に引っ越してしまった。

 しかし実態は木造2階建て三角屋根のボロアパートだ。隣に建つ鉄筋コンクリート豪華ワンルーム形式の女子寮とはエライ違いだ。


 玄関には寮生の人数×3倍の靴が脱ぎ捨てられている。

 玄関横の台所兼食堂兼座談室をちらりと覗くと暇人がテレビを見てゴロゴロしている。

 階段を上ると踏み板がミシミシと悲鳴を上げる。

 2階の廊下もミシミシ音を立てる。充分に古い。

 隣の女子寮には部屋が余っている。だったら男子を入れろと言いたい。

 学校側に言い分は「男子は信用できないから」だと。

 学校が自分の学校の生徒を信用しないでどうする。


 さて2階の自分の部屋の前まで来た。

 開き戸の扉を目つめて、俺は大きく深呼吸する。


 自分の部屋の扉にトラウマがあるから。心の傷、痛手、思い出したくない思い出。悪夢。


 俺は、引越し当日扉を開けた瞬間の事は絶対に忘れない。

 自分の部屋の扉を開けたら上から水が入ったバケツが降ってきた事を俺は絶対に忘れない。

 期待に胸膨らませる新入生に冷や水をぶっかける仕打ちを絶対に忘れない。

 こんな子供みたいなイタズラが男子寮の伝統だなんて絶対にふざけている。

 人の良さそうな顔して男子寮の住人なんてだれも信用できん。俺は身を持って知った。


 まず左右を見る。トラップを仕掛けた奴は結果を見たい。

 だから隠れていても気配を隠せない場合がある。

 どうやらトラップの発動を待っている奴はいないようだ。

 自分の個室の扉は細心の注意を払って用心深く開ける。

 ワイヤートラップ、電磁トラップ、赤外線トラップ。

 ありとあらゆる可能性を考え逃げる体勢を考えながら慎重に扉を開ける。

 幸いな事に今日はトラップは無かった。

 扉の上と左右を確認してから、やっと安心して自分の部屋に入る。

 毎日個室の扉を開ける度に俺は誓いを思い出す。

 誓いとは来年の新入生の部屋の扉には絶対に罠を仕掛けてやる事だ。

 毎日扉を開ける度に俺は来年どんな仕掛けにしようかと考えている。


 男子寮の個室は入ると左手にミニキッチン。奥は6畳一間に半間の押し入れ付き。

 正面にはガラスサッシ窓に小さなバルコニー。しかし洗濯物を干す事は禁止だと。

 この部屋が俺の城である。壁は机とタンスで一杯。後は跳ね上げ式のベットを倒せばもう余裕は無い。

 扉に鍵をかけ、自分で付けた留め金をロックした。これで扉を壊さない限りは入れない。

 鍵をかけて始めて自分の部屋に帰って来た安堵感に包まれる。


 さてと、家に帰ったのでインストールをするか。これで俺もギャルゲーってものを初めてヤル事ができる。

 今までギャルゲーというものには、不運が続き縁が無かったのだ。

 最初はPCのスペックが低くてできなかった。

 中古のPCを買ったが、不良品だった。

 次のPCは起動しても安定しない。タコ足配線で電源不良に気づくまで時間がかかった。

 違法ダウンロードと知りつつダウンロードしたら、ウィルスに感染していてOSが死んだ。

 次は中古HDDが死んだ。

 今度こそと思ったらマザーボードのコンデンサーが爆発した。

 神が俺にギャルゲーをするなと妨害しているのだろうか?

 そんな悪さをする奴がいたら神でなく悪魔だ。

 かくしてPCの組み立てとOSのインストールだけは充分に達人になったが、もう懲りた。

 そして高校入学記念に新たにPCを買ってもらったのだ。

 親には勉強の為と言い訳しつつ、実はギャルゲーの為に。

 最新スペックのメーカー製ノートPCである。すぐ壊れるD○LLではない。

 ThinkP○dである。WEBカメラも付いてるぞ。マイクとヘッドホンが合体してるヘッドセットも付いてるぞー(でもだれと話をするんだ?)

 ゲームの音も声も漏れないようにヘッドセットをつけ、インストール開始。

 時間は午後6時。

 インストールを開始するすると、急に男子寮の部屋の照明が点滅する。

 げっ、インストールの途中に電源が不安定だと!

 悪夢だ。

 しかし外部電源とは別にバッテリーを積んでいるノートPC。

 インストールは続行だ!

 次は一階の玄関脇にある電話が鳴り始めた。

 隙間だらけの木造アパートだから1階玄関脇の電話の着信音が2階まで聞こえる。

 まあ、食堂でテレビ見てただれか出るだろ。

 お人好しが電話に出た。

 階段を上がってくるミシミシ音が響く。

 俺の部屋のドアがどんどんと叩かれた。

「おい、白兎! 電話だ。女だぞ!」

 女! だれだ!? 親だったら携帯に電話がある。だれだ?

 男子寮に引っ越したばかりの俺に、電話、それも女性から電話がある訳無いとわかっているんだけど、少しは期待してしまう。若い子かなあ、綺麗かなあ。顔見えないけど。

 いそいそと髪を整えながら階段を駆け下り男子寮の玄関横の公衆電話に出た。

「もしもし」

「ハロー。ハクト・アカイか?」

 イントネーションが外人さんっぽい。外人さんっぽい女の声だが、かなりつっけんどんだ。

「エマージェンシー、緊急事態であったので、ユー、お前のPCを借りる事にした」

 いきなりの命令口調だ。

「はい?」

「シャラップ! 黙っていろ。とにかく、お前はお前のPCに触るな。これは命令だ」

「あなたはだれ?」

「お前が知る必要は無い」

 むかっ。なんだコイツ!

「俺のPCを俺がどう使おうが、赤の他人に文句言われる覚えは無い!」

 ガチャン。電話を切ってやった。ふん。

 また電話がかかってきた。

「はい。私立第一学園男子寮です」

「ユー、赤井白兎か?」

「さっきの女か」

「ストップ、お前はお前のPCに触るな。これは命令だ」

「何様よ、名前ぐらい言えよ」

「ノー。お前らごとき下等生物に名乗る名は無い」

 ムカッツ。

「バカヤロー」

 電話を叩き切った。もう、訳わからん女の相手は知らん。


 高瀬律子といい、この訳のわからん電話といい、世の中タカビーで自己中な女が多過ぎる。

 食堂でテレビを見ている連中にもう俺電話出ないから、と伝言して俺は2階に上がった。

 また電話が鳴ったが、俺は知らん。俺にはギャルゲーが待っている。


 部屋に戻って、ドアに鍵をかけて、さてノートPCの画面を見る。

 インストールは終了したみたいだ。

 これから生まれて初めてギャルゲーをプレイする。そう思うと感無量である。

 起動する。

 オープニングの曲を鑑賞しゲームのメニュー画面からゲームスタートを選択した。

 ワクワク、どんなゲームだろう?

 ゲームスタートボタンを押すと画面は真っ暗になった。

 ほう、なかなかユーザーをじらすではないか。

 10秒経過。画面は真っ暗まま。

 これはおかしい。明らかに動作不良の兆候だ。インストールを失敗したか?

 更に10秒経過。真っ暗の画面の下にゆっくりとテキストウィンドウだけが開いた。

 もうこの時点でインストール失敗は確定的だ。頭イタイ。

 ヘッドホンに声が聞こえると同時にテキストウィンドウに文字が出た。

「ここどこ?」

 声優の声の感じも今一つだ。感情も臨場感も無い。

 とてもプロの声優とは思えん。原稿棒読みでももう少ししゃきっと話すぞ。

 テキストウィンドウには「ここどこ?」と表示されたままピクリとも動かない。

 おいおいもうバグかよ。それでも再インストールをせずに動けば多少のバグに目を瞑ってもいい。

「次へ」のボタンを押す。声とテキストウィンドウにメッセージが表示される。

「暗い」

 何だこれ。次へ、のボタンを押す。

 声とメッセージ。「だれか、いませんか?」

 次へのボタンを押す。声とメッセージ。「だれか、いませんか?」

「なんだこりゃ」

 思わずしゃべった俺の言葉がテキストウィンドの中に「なんだこりゃ」と表示されている。

「うっ、プレーヤーがしゃべった言葉を拾うのか」

 俺の声に反応したように、ヘッドホンに声が聞こえPCの画面にメッセージが表示される。

「だれかいるんですか? 返事をして下さい」

 マジになって俺はPCのギャルゲー画面に向かって叫んだ。

「お前はだれだ?」

「高瀬律子」

 聞き間違えでは無い。テキストウィンドウにもそう表示されている。

「だれだって!?」

「高瀬律子」

「たかせええええ?!?」

 大概の事には動じない俺もこの異常事態はわかる。

「もしかして、東校22ルームの高瀬律子か?」

「だれ、私を知っているの。ここはどこ?。あなたはだれ?」

「俺は、赤井だよ。赤井白兎あかい・はくとだよ」


 PCのギャルゲー相手にそこまで答えてから俺は自問した。

 さっきインストールしたのはギャルゲー。

 今プレイしているのはギャルゲー。

 ギャルゲーが生身の人間だと受け答えするなんてありえない。

 実は今日受け取ったDVDはギャルゲーではなかった? 実はニセモノ?

 賢い俺は考える。(俺は因幡の白兎よりは賢いのだ)

 これってもしかして人間の問いにおバカな受け答えをするというソフト、人工無脳ソフトか?

 俺の知識の中の人工無脳ソフトとは、当り障りの無い受け答えを延々と続ける時間潰しソフト。

 さも人間のように受け答えするが、中味の無い全くお馬鹿ソフト。

 俺は、DVDを渡してくれたタヌキ顔の学友の顔を思い出す。あだ名もタヌキだ。

 アイツだったら俺を騙そうとしてもおかしくない。

 賢い俺は奴の企みが読めた。

 タヌキは俺にこれから延々と一晩中お馬鹿な人工無脳と無意味な会話をさせるつもりだな。

 明日になって笑い飛ばすつもりに違いない。

 きっとさっきの電話もインストールを始めたらPCからリモートで電話をかけるまで仕込んであったに違いない。

 全て読めた。賢い我輩にはこんな簡単なトリックには引っかからないのだ。

「手の込んだイタズラしてくれるじゃねえか。オイ」

「何言ってるの。赤井君こそ、私をどうしてこんな所に閉じ込めるの」

 この高ビーな言い方は確かに高瀬律子を同じ反応だ。手の込んだ人工無脳ソフトだ。きっと初期パラメータで人工無脳のキャラクター設定もできるのだろう。

「ここは俺の部屋で、俺のPC。お前はギャルゲーの主人公なの」

「違う。私は高瀬律子。人間よ」

 やっぱ、このギャルゲーソフトは不良品だ。

「お前が高瀬律子なら、今日、お前が俺に何と言ったか覚えているか?」

「サイテーって言ってやったわ」

 良く出来ている。この人工無脳ソフトには昼の会話まで記録されている。

「お前、本当に高瀬律子なのか?」

「だからさっきから言ってるでしょ。私は高瀬律子よ」

 どうやら本物と生き写しのような反応をする人工無脳ソフトらしい。ならば、日頃の恨み。ここでスカッと解消させて頂くとしよう。

「おい、律子よ」

 本物の高瀬律子様に律子などと呼び捨てにできるはずが無いが、こいつは人工無能である。呼び捨てで充分だ。

 俺は年下で背が低くて手も足も出せない無抵抗な奴には無敵なのだ。

「お前、このゲームがどんなゲームか知っているか。ギャルゲーなんだ」

「何よ、嫌らしい」

「ほれ、イベントシーンになったらお前の服を脱がせてやる」

「エッチ! スケベ! 変態! 絶対にイベントシーンなんか行かないでよ」

「甘いな。裏メニューでだ、いきなりイベントシーンを実行できるんだ。これから生意気なお前をその声でアヘアヘ言わせてやる」

 ほら裏メニューコマンドだ。

 一瞬肌の露出の多いピンク色のシーンが映ったが、いきなりゲーム開始画面に戻っている。

「お前、メニューに戻したろー」

「そうよ、どうして私がこんなイヤラシイ事をしなきゃならないの」

「お前はギャルゲーなの、全国の高校生に夢と希望とロマンを与えるのソフトなの」

「何が夢と希望とロマンよ。単なる変態じゃない。私はソフトじゃないわよ。人間よ」

「人間がPCに入るもんか、バカ」

「だって今、私はここにいる」

 俺は愛想が尽きた。

「ああ、そう、人間がPCの中のギャルゲーに住み着いているのね。じゃ、さよなら」

 こんなギャルゲー終わらせてしまおう。俺は終了ボタンをクリックした。

 耳に小さな笑い声が聞こえた。

「くすぐらないでよ」

「どうして終わらないのだ?」

 終了ボタンを連打すると、押した回数だけ笑い声が響いた。

「やめてよ、くすぐったいじゃない」

 終了ボタンで笑っているだと(怒)

 人間様をバカにしやがって。

「PCのギャルゲーのくせに終了ボタンが機能しないだと! ソフトを終わらすなだと! どこまで腐っているんだ。メーカー訴えるぞ」

 こりゃ完全に不良品だ。

「はいはい、律子さんね。じゃあ、さよなら」

俺の指はctrl+Alt+Deleteキーに伸びる。そう、タスクマネージャーを呼び出して、この不良ギャルゲーを強制終了させるんだ。

 再起動したら、マトモに動く、かも、しれない。

 タスクマネージャーの呼び出しキーを押した。押したがタスクマネージャーは出てこない。

 代わりにヘッドホンに甘い声が聞こえる。

「うっふん」

「どうしたの?」

 素で聞いた俺にPCの中の律子は素で答えてくれた。

「どうして両足の裏と右の腋の下をくすぐるの。やめてよ」

 俺の頭の中で裸電球が光った!

 キーボードの端にあるキーが足の裏と腋の下だと!

 考えろ、赤井白兎!

 俺はキーボードを見つめた。

 ThinkP○dのキーボードには真ん中にある赤いトラックポイントがある。

 これが体の中心ではないか?

 ならば、この赤いポッチを取り囲むキーには重大な意味が隠されているのではないか?

 G

 H

 B

 この謎を解けば真理に近づく事ができるはずだ。俺は俄然と真剣になる。

 無い知識を総動員して、英語でGとHとBが最初に来る単語を真剣に考える。それもギャルゲー英単語だ。

 Hとは、もしかしてヒップか?

 では、Bとは、バストなのか!?

 だったらGって言ったら、あのスポットなのか!

 妄想が先行してしまう。中央のBのキーの両隣にあるVとNのキーが問題だな。

 Vって、ヴィとかヴァだよな。

 Nって、エヌ、エヌが付く単語って言ったら、もしかして、あNNなあれ?

 絶対間違い無い。なにせこれはギャルゲーである。

 英語赤点高校生でも思いつく単語がキーにマッピングされていても何もおかしくない。

 これはギャルゲーである。そうであるべきである。作った奴だって同じ事を考えるはずだ。

 俺はボキボキと左右5本の指を鳴らした

「えへへ、律子よ、今からお前の体に自分がギャルゲーだとわからせてやる」

 俺の目は真剣である。俺の指使いも真剣である。

 まずは体の遠い場所、Hのキーを押しながら、パッドを触るか触らないかの絶妙なタッチでやさしくこすり上げてやる。

 俺の頭の中ではH=ヒップ=お尻の想定である。

「そんなトコ触るのやめてよ」

「そんなトコってどこだよ」

 返事は無い。

 次はBのキーを押しながら、不意に左右のクリックボタンタッチ攻撃。

 俺の頭の中ではB=バスト=胸の想定である。

 やはり効いてる。

 しゃべらないがモニターの輝度が微妙に揺らいでいる。

 電動ファンの音が大きくなった。発熱が増えたな。攻撃は効果的だ。

「おい、声が聞こえないぞ」

「マイクのスイッチがわかったから。必要が無い時はオフにしているの。アンタなんかに聞かせる声なんかないわ」

 ほほう、敵も進歩したか。しかし遅い。

 声が出なくてもモニターの画面が勝手に明るくなったり暗くなったりしている。

 敵の心理状態は全てお見通しだ。

 次はNのキーを押しながら、両手の指でパッドを撫でまわす。

 きっと中では鬼畜な拷問に身を硬くして我慢しているのだろう。

 俺の頭の中ではN=アNN=○△□な想定である。

「こんな事で終わると思うなよ」

 次はVのキーを押しながらパッドなでなで攻撃。

 俺の頭の中ではV=ヴァヴァヴァ=●▲■な想定である。

 最初はやさしく、緩急をつけて右と左のボタンとのダブル攻撃。

 まるで人間の心拍数のようにモニターが明るくなったり暗くなったりしている。

 返事は無い。

 返事は無いが俺は確信している。

 絶対に自称高瀬律子はPCの中でのたうち回っているに違いない。

 モニターの輝度の変化が段々と激しくなった。

 まるで点滅しているみたいだ。

 電源ファンは異常な程に回転している。

 手を置くパッドも異常な発熱をしている。

 モニターの点滅は、絶対に不可能な速度で点滅している。

「律子よ。学校では初対面絶交宣言ありがとな。ここで恨みを晴らさせてもらう」

 律子はマイクのスイッチを入れたようだ。

「待って、やめて、お願い」

「ふふふ、人工無脳が詫び入れるのかよ。食らえ!」

 とっておきのG攻撃。

 俺の頭の中ではG=Gなナントカ=○▼□な想定である。

 左右両手の指を総動員してキーをありったけ押して両方の親指でパットをこすってやった。

「あっ、あっ」。声が途切れた。

 マイクを切ったな。

 しかし、モニターの輝度の間隔が異常に短くなっているから心理状態は丸見えだ。

 PCが壊れるんじゃないかと思うぐらいにモニターが明暗を繰り返して、急に暗くなった。

 モニターの輝度が思いっきり下がっている。

 話し掛けても返事が無い。人工無能が意識を失ったのか?

 ヘッドホンに何か聞こえている。

 ボリュームを最大に上げてみると人の寝息だった。

 人工無脳がPCの中で寝る?

 失神したか意識を失ったか?

 そんな事があるのか?

 しかし実際寝息が聞こえる。

 俺は勝利したのだ。憎いタカビー女に報復する事ができたのだ。

 なんとめでたい一日だろう。

 テストの成績でもスポーツでも勝てない相手を完璧に叩き潰してやったのだ。

 俺は勝利の舞を踊った。


 しかし、空しい勝利ではないか。

 実際に俺は何をした?

 俺のした事は、音の聞こえないヘッドホンを耳にかけ、点滅する真っ黒なモニター見ながら俺は、キーを押し、クリックボタンを押し、パッドを触っただけだ。

 これがギャルゲーの楽しみ方なのか、なんか違う。

 点滅する黒い画面見て何が楽しい。

 俺は一体何やってるんだろう?


 ちょっと自己嫌悪して力無くゲームスタートを押すと今度は黒バックにヒロインの姿が現れた。正常に戻ったか、と一瞬思ったが、甘くは無い。

 ヒロインじゃねえ。高瀬律子本人の制服姿じゃねえか。

「赤井くんなの」

 ヘッドホンから声が聞こえ、テキストウィンドウには、聞こえる言葉通りのメッセージが表示されてる。

 全くの素面の答えだ。

「お前、さっきのキーボード攻撃は」

「今、急にこのPCの使い方がわかった。ダメージ回復もボタン一つね。

 キーボード入力を無効にする方法もわかったから、もう何押しても効かないから」

「なにいい。せっかく見つけた秘儀なのに」

 しかし今の言葉はだ、間接的にはさっきのキーボード攻撃は有効だったと語っているのだ。少しは復讐できた事にしておこう。

「外が見える方法がわかった。目の前にジャージを着ている赤井君が見える」

 俺はモニターの上に付いているカメラをしげしげと眺めた。

「つまりは、このPCの液晶にくっついているカメラから俺の顔が見えているって事か!」

「顔が近い! 離れてよ」

「ごめん」

「私が見えるのは、赤井君の顔と貴方の部屋の中だけよ」

「信じられん」

「信じられないのは私の方よ。私をここから出して」

 俺はPCの画面に映るギャルゲーの主人公、自称高瀬律子に向かって説得を始めた。

「なあ、律子、どうしてお前は俺のPCの中にいるんだ。ここ男子寮の俺の部屋で、俺のPCで、今から俺はギャルゲーがしたいの」

 けっこう間抜けな会話である。

「俺はだ、お前には関心ないんだ。素直に消えてくれ。そしたら俺は心置きなくギャルゲーを楽しめる」

「私も知らないわよ。気がついたら、機械の中にいるのよ」

「つまりは俺はPCで、この役立たずのギャルゲーを立ち上げっぱなしという事か。最悪だ。

 コンセント抜いてバッテリー外して、強制再起動しようか」

「ちょっと待ってよ。私はこの中にいるのよ。そんな事したら私死んじゃうわよ」

「死ぬ。死ぬのか?」

「そうでしょ。電源切られたら死んでしまうに決まってる」

「そうか。では死んでもらおう」


 コンセント抜いてバッテリー外して電源を落そう。

 コンセントを抜いた時点でPCの中の高瀬律子がギャーギャーわめく。

 それこそ殺されそうな勢いで騒ぐ。

 俺は心優しい男なのだ。

 これほど電源切るなと言われればギャルゲーでも人工無能でも電源切る事をためらってしまう。


「どうしてお前はここにいるんだ」

「覚えてないのよ。今日は放課後まで学校にいて、それから急に気が遠くなって、気がついたらここに居る」

「今日?」

「今日よ」

 こんな人工無脳にマトモな応対していたらコッチが疲れる。

「お前、もしかして今日学校で死んだの?」

「まさか、そんな。そんな事は。でも私、本当に死んでいたらどうしよう」

 PCの中の自称高瀬律子はうろたえている。

 俺は根拠無く断言してやった。

「お前はだ、今日学校で死んだの。お前の人生は終わり。で、成仏できずにここに迷い込んだのだな」

「私、死んだの? そんな」

 話を変えてくると簡単に乗ってくる。

 実物に比べて単純な人工無脳だ。

「お前は死んだの。死んでしまったの。お前の人間の人生は終わり。これからは、俺のPCの中で第二の人生を過ごすんだな」

 返事が無い。

 どうも俺の言葉を真に受けたようだ。

 所詮、人工無脳。人間様の知能には勝てるはずがない。

 PCの中の自称高瀬律子は泣き出した。話し掛けても泣き声ばかり。

 しかたがないので人工無脳にやさしく尋ねてみる。

「もしもし、自称高瀬律子さん、お元気ですかあ」

「大丈夫。もう大丈夫だから。泣いてごめんね。お願いがあるの」

 人工無脳のくせに人間様にお願いだと?。生意気な。

「頼み事? 人に物を頼むんだったら、それなりに言い方があるだろう」

「あっ、そうね。そうだよね。赤井君」

「違うだろ。様だろ」

「……」

 人工無脳にしてはリアルな反応だ。

 まるで本物の高瀬律子が俺に頭を下げて頼むのを嫌がっている感じがリアルに再現できている。

「他人様にお願いするんだったら、赤井様、お願いがありますだろ、人工無脳じゃ日本語もしゃべれないのか」

「そんな事言ったって、アンタ顔が笑っているじゃない!。人工無脳じゃないもん。高瀬律子だもん」

 そうか、俺の顔が人工無能な高瀬律子に見えている事を忘れていた。

 しかしリアルな反応だ。

 俺もPCの中に同級生が入っていると錯覚しそうになる。

「はいはい、タカビーな高瀬律子さん。なんでしょうか?」


「学校に行ってみて欲しい」

「はい?」

「本当に私、死んだの?。学校で死んだの? 本当の事が知りたい」

「お前はPCの中のギャルゲーなの。人工無脳なの。自覚してないの?」

「私は人間よ」

 俺の方が根負けした。なぜにリアル高校生がPCの中の人工無脳の言う事を聞かなきゃならんのだ。

「しかたがないなあ。この貸しは高いぞ。金払えよ」

「ここからお金なんか出せる訳ないじゃない」

 それもそうだ。

「お前、その声でイベントシーンな。アヘアヘ言えよ」

「バカ」

「じゃあ、着替えるから」

「私の見えない所で着替えてね。アンタの裸なんか見たくも無いから」

 一々うるさい人工無能だ。

「PCの中の人工無脳が持ち主様に命令するのか。スッポンポンになってやる。俺の全裸でも鑑賞してろ」

 PCのモニターの角度を微調整して良く見える角度にしてやると、PCの正面で男子高校生の全裸生着替えを見せ付けてやった。

 要も無いのにパンツまで脱いでPCの前でフリチンダンスを披露してやる。

 こんな事、同級生の女の子の前でやったら犯罪だが、相手はPCのギャルゲーである。何も問題は無い。

 一踊りしてからちゃんと見てるかと気になった。気になってスッポンポンのまま机の上のPCに近づく。つまりはスッポンポンの股間がWEBカメラの30cm前にある訳だ。

 この状態でヘッドホンをかけて、ここからが演技だ。

 PCに向かって善良な高校生風に話し掛けた。

「さっきは御免な。もう着替え終わったよ。WEBカメラで見てご覧」

 信じたらしい。

 WEBカメラを見たらしい。

 ヘッドホンから悲鳴が聞こえた。

 やっぱり人工無能をだますのは簡単だ。

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