NO 6.
―――【オブシディアン】
―――俺に与えられた称号
“キミは俺達ファミリーの要になるんだ”
「・・・【オブシディアン】・・・?」
「ああ、キミしかいないんだよ」
彼の言っていることが理解できず、言葉を鸚鵡返しに聞き返すことしかできない。
朱雀が微笑を浮かべた表情を真剣な表情に変えた。それだけの事で空気が変わったのだ。ああ、この人は本当に凄い人なんだ。と本能的に悟った。
ピリピリと張り詰めた空気の中、乾いた唇をなめる俺。朱雀がその茶色い一度瞳を閉じてゆっくりと話し出した。
「僕たちの世界がどんなに危険な世界かは・・・分かるね??」
「は・・・い」
「表の世界が平和な分、裏の世界は影として・・・時には人殺しも厭わない位 酷いこともする。僕たちの中にもルールはあるが何時でも敗れる様な状況。その、ただでさえ危ういこの世界の均衡。それが今、確実に崩れだしている。しかし、その危うい均衡を少しでも修正するために俺達は存在するんだ」
彼は自分の太腿にあるショルダーからアノ黒い物体を取り出した。酷く散漫な動きでその拳銃を目の前の俺にに向ける。俺は驚きと恐怖で体が固まった。零夜が“ボスっ”と呟いたのが聞こえたが、朱雀さんは零夜を手で制した。
「殺人や麻薬、他にも沢山の悪行。それを行いたいがために・・・。邪魔な俺達のような監視役のファミリーを潰して、悪をばらまこうとしている」
射抜くような視線と向けられた銃口。威圧感の中、夢だと信じ込みたくなる。
「俺はこの世界が嫌いだ。だけど、この世界でしか生きていけない悲しい奴がいる。そういう奴がいる限り、俺はこの世界を守りたいと思ってるんだ。彼らにこれ以上人を殺させないためにも・・・。表の世界が平和であるためにも・・・」
震える声を絞り出して、抗おうとしてみる。無駄だと知っていながら。
「ッ―――それと、俺達になんの関係があるんだ・・・?」
朱雀さんは口元に笑みを浮かべた。零夜のそれのようにぞっとする笑みだった。
「言ったろう。俺達のファミリーにはキミたちが必要なんだ」
ふいに朱雀さんは自分の手の中にある小型の銃に目を移して、目を細めた。憎しみの篭った瞳だ、と瞬時に思った自分に吃驚した。彼はもう一度俺と視線を合わし、それから くるりと持ち手を俺に向けた。
「こんなもの、平和を生きる君たちに持たせたくはなかった」
「・・・。」
「ああ零夜、そんなに睨まないでくれよ。ちゃんと言えるから」
零夜の視線を感じて・・・彼は本当におかしそうに、あまりにも不釣合いな明るい笑みを零した。
俺達は動かない、否動けない。一呼吸でもおけば彼らの闇に飲み込まれてしまいそうで。
「カタギである君たちをあえて俺のファミリーに引き入れようとするのか。君たちの才能は・・・悪いけど平和を生きるためにはあまりにも危険すぎる。いつか俺達のような闇の世界に巻き込まれていくだろう。実際何度もあったんじゃないか?その度に危機を乗り越えてきたことだろう。だからこそ、君たちは裏世界では重要人物としてマークされ始めている」
「っ・・・!?」
・・・確かに、朱雀の言うとおりだ。
俺は曖昧にしか覚えていないが、どう見てもカタギには見えないヤツラと乱闘して・・・一人で倒れる彼らの真ん中に立っていたこともあった。そのとき花梨と棗も少し離れた所でそれぞれヤツラを倒していた。
その数総数20名。一人約7人を相手に勝利を収めたのが・・・中学校1年のときだった。
「それぞれに覚えがあるはずだ」
隣を見ると二人は、目を見開いて朱雀を凝視していた。ありえないとでも言いたげな視線。彼の言っていることが真実だとありありと語っている。
「あえて闇の世界に引き入れるのは、君たちを護るためでもある。これ以上暢気に平和ボケしてられない。初見で俺が明らかに異質なオーラを感じるほど・・・君たちは危険だ。しかしそれは同時に大きな強みになる」
「強み・・・」
「俺の、夢。平和なんて甘い考えは捨てた。だけど、捨てちゃいけないものために・・・君たちが必要なんだ。俺の庇護下に入ってもらい、俺のために働いてもらう。君たちの能力は他のファミリーには毒になりうるが、俺達には必要だ。どういうことか、わかるよね?」
つまり・・・
俺達はこのままだと、殺されるかもしれないということ・・・か?
たどり着いた思考を裏付けるかのように、朱雀と零夜は頷いた。
「さて、今の話を聞いた上でよく考えてくれ。―――そしてどうか良い答えを・・・」
朱雀さんは銃を持っていないほうの手を自らの左胸に宛がう。
薄い色素の瞳を閉じて、落ち着いた声を出す。
「俺の手とこの銃を取り、俺のファミリーとなるか??」
それとも・・・死ぬか?
俺は思わず棗と花梨を振り返った。彼等の表情を見て心が定まった。
彼の血が通っていないかのような白い手を取って呟いた。
「俺達が朱雀さんの役に立てるのであれば・・・ボス、俺達は貴方のファミリーに入ります」
俺達が生き残るためにも。
朱雀さんはゆっくり目を開けて穏やかな笑みをみせた。
胸に下げたオブシディアンが一瞬熱くなった気がした。
・・・気のせいだろう。
どうして、俺はこの時“マフィアになる”といったのだろうか。
どうして、朱雀さんの穏やかな顔をみて安心したのだろうか。
今でも、理由は全然分かってないけど。
ただ一ついえること。
―――――俺は、後悔なんてしていない。