NO 5.
「行こうって・・・どこに??」
ベッドから立ち上がり問いかけた。というか、そもそも俺はまだファミリーに入るなんて一言も言っていないぞ。
扉を開けて朱雀を先に出してから、振り向いた零夜は俺に向かってニヤッと笑いかけた。背中に寒気が走ったのは言うまでも無い。それほどまでに彼の笑みは悪魔のように黒かった。
・・・余談だが、俺はコイツの笑い方が嫌いだ。
「黙って付いて来い」
・・・いや、こいつの全てが嫌いだ。
「それと、俺は先輩になるからな。敬語使えよ」
・・・・・・・・・大っ嫌いだ。
◇
三人で暗い廊下を歩く。
初めて通った時は恐怖で見る余裕が無かったが、ここは廊下の壁も白いようだ。ただ、辺りが薄暗いので廊下自体は暗い印象を受ける。それに・・・窓がない。閉塞的な空間。
コツコツと足音が鳴る。まるでトンネルの中のようによく響く。
「いぁーッ本当によかったよ。君たちが協力してくれて」
おいおい別にまだ協力するなんて言ってないぞ・・・。
やっと言えるチャンスが来てここぞ!とばかりに反論しようとした。しかし、その声は言葉になる前に喉につかえてしまった。
あの射撃場が見えたからだ。白い壁。人型の的。零夜とのやり取り・・・。
まさか・・・。
射撃訓練させられるのか??
「あの・・・」
情けなく震えてしまった体と声。俺の考えていることが分かったらしい零夜はフッと鼻から抜ける笑みをした。震える俺をあざ笑うかのように彼はスタスタとあの射撃場の前を通り抜けてしまった。
よ、よかった・・・。
心の中でそっとため息をついた。
「あ。そうだ」
前を歩いていた突然朱雀が振り返った。ほっとして少し気が緩んでいたため俺の身体は、ビクッと跳ねた。刹那言葉を止めたが彼は苦笑いで流してくれた。
「棗君と花梨君だけどね。二人は“隆也が入るんなら入る”と言っていたよ。・・・君は二人に信頼されてるんだね」
朱雀はそういって微笑んだ。その笑みが刹那寂しそうに見えたのはきっと気のせいだろう。
俺はすごく複雑な感情になった。俺が一つ頷けば、棗や花梨までもマフィアの仕事をさせられることになるんだ・・・。朱雀が言っていたことが本当ならば、俺達は人を殺さずにすむ。だけど、命を一瞬で消すことが出来る道具を持ち、闇の世界に飛び込むことにはなる。
そんなの、嫌だ。
だけど・・・どうして俺は、断りきれないでいるのだろう。
俺の感情を読み取ったのか、零夜がボソッとつぶやいた。元々小さい声がさらに小さくなったが、俺はその声を聞き取ることが出来た。
「―――お前の所為じゃねぇよ・・・。ソフィアが叶うまでの辛抱だ」
ソフィア・・・??
なんだろう。
人の名前・・・だろうか??
朱雀はその言葉を聴いて、零夜を鋭く睨んだ。零夜は一瞬不敵そうに笑った。
自分の思考に焦るばかりの俺は、その刹那のやり取りに気付くことができなかった。
「ついたぞ」
零夜がまた白い扉を開けた。何もなかった壁が突然開いたり閉まったり・・・どこに何があるか全然分からない。俺はやっぱりまだ、此処には慣れないな。
・・・いや、一生慣れてやるもんか、と心に誓った。
「「隆哉ッ!」」
扉の向こうに足を踏み入れた瞬間にまた同時に声が。今度は叫ぶだけで終わったお馴染みの二人は零夜が耳に指を突っ込んで“うるせぇよ、静かにしろ”と言って黙らせた。
「ぁれ??棗、花梨、そのカッコ・・・?」
「ハハハ・・・どーよ、これ」
棗が両腕を広げて自分の姿を見せた。その顔には自嘲の笑み。花梨は俺が見詰めると目線を逸らした。
二人の格好は普段とは全く異なっていた。
此処に来るときは制服だったのに、今は二人とも黒い服を着ていた。
棗はノンフレーム眼鏡をかけていて、いつも無造作に固めてあった黒髪を後ろで緩く束ねていた。
花梨は棗と同じ黒髪だったのが、赤茶けた髪ピンで後ろに上げていた。
全く雰囲気の違う二人。もしも知り合いが俺達を見ても一瞬では誰か分からないだろう。
その二人を見ながら、俺は急に世界が近くなったように感じた。今度こそ“違う世界に来たんだ”と分からされた気がした。
二人とも何処かでそう感じているのか、硬い笑みを浮かべていた。
「よく似合うよっ二人とも」
朱雀が目尻を下げて二人に言った。二人は小さく“ありがとうございます”とお礼を言った。今まで反抗的だった態度が一変していたことにまた驚いた。
「隆哉。お前、コレ着ろ」
いつの間にか部屋の奥にいっていた零夜が俺を手招きして呼んだ。俺は無言で近づいて指を指されたクローゼットの中を覗く。意外にもそこには沢山の服がかけてあった。俺はどれか分からなくてちょっとだけキョドると、零夜はまた鼻で笑って色々と取り出してきた。
零夜が取り出したのは、とても動きやすそうな黒い服。ただ実用性を求めただけのもので、こんな服を着た人が街中にいたら何かあったのかと勘違いしてしまいそうな・・・。よく見ると零夜の服はこれと同じだった。
頷いて着替えだそうとすると朱雀が止めた。
「あーだめだめっ!隆哉はカッコイイからこっちだろ?」
胸の部分が大きく開いたシャツと穴の開いたジーンズ。俺が無言でその服を眺めていると、朱雀があれこれとアクセサリーとかを出してきた。
「ほれっ!!早く着ろよぉ」
手をヒラヒラふって朱雀が微笑む。
・・・なんだろ。いや、普通にセンスはいいんだけどさ。空気がチョット凍ってる・・・。
なんで??
俺はそれ以上深く考えるのを止めて、素直に返事をして着替えた。
服は少し大きく、今時って感じのスタイルになった。
「おー似合う似合う!!」
「あ、りがとうございます・・・」
そしてすべて着替え終わった今、やっと空気が凍った理由がわかった。別に服に問題があったわけではなかったのだ。
問題はアクセサリーだ。
皮ひもで作られたネックレスのトップは黒曜石になっていた。しかも相当でかい、本物の宝石。輝きは黒く妖しいが、凄く高価なものだろう。
「・・・俺・・・こんな高価なもん着けられないッス・・・」
恐縮して声が震える。冷や汗がだらだら出てくる俺をみて零夜はまた笑った。
ニコニコと柔らかな笑みを絶やさなかった朱雀が、一言でその暖かい雰囲気を一蹴した。
「君に与えられる称号だよ【オブシディアン】。君は俺達ファミリーの要となるんだ」
ああ、俺達は・・・もう逃げられないな。
鋭い視線を感じながら頭の片隅で冷静にもう一人の自分が呟いた気がした。