NO 11.
「あははっ“大嫌い”か・・・まあそうだよね、うん。それでもいいよ」
重苦しい空気にやけに明るい朱雀の声だけが響く。彼の言い放った言葉に誰も反応を返さなかった。否、返せない。
ああ、KY・・・いや、わざとやってるから、この場合AKYって言うのか。とか何とか考えるくらい自分も相当混乱してる。一度俺と視線を外して、もう一度俺とそれを合わせた伊織はもう怒りと悲しみを奥に隠していた。だけど双子も、京さん達も・・・もちろん俺も、誰も伊織から目を離せなかった。
「・・・死んでも、遂げたい想いがある。何を使ってでも私はその想いを遂げる。だから、ここが私を利用するように私もここを利用するしかないの」
彼女は最後にそう呟いて“もういいですよね”と言わんばかりに朱雀を睨みつけてから踵を返した。部屋を出て行く銀色の少女の背には大きな闇が圧し掛かっている気がした。
重い重圧だろうに。
決して救いを求めない・・・唄わない少女の姿。
◇
自室のベッドに勢いよく転がりこむ。妙に柔らかいそれは俺の身体をフワッと包み込んだ。頭は脈打つように痛んでいるが目が冴えてしまって眠れない。
「グループの名前を決めろ、か」
部屋に入る寸前に朱雀に言われた言葉を反復する。
伊織がメインボーカルで・・・俺がサブとベース。花梨がキーボードで、棗がギター。花梨はピアノできるから大丈夫だけど・・・。俺はベースも歌も出来ないと言ったのに、ボスが“決定事項だから”とかいって押し切ってきた。
棗だってそうだ。アイツもサックスとかしか弾けなかったはずだ。あー・・・でもアイツもうサイボーグ化してきてるからなぁ。意外とあっさり弾いちまうかも。
いやいや・・・そんなことより、伊織だ。
・・・もう歌って大丈夫なのかな。あんな・・・辛いことがあったのに。
親のための復讐、か。そんなことしなくていいのに。
ずっとカタギの世界で暮らしていれば、もう辛い想いしなくてよかったのに。
アイツは俺達とは違う。俺達は朱雀や零夜に拉致られて、もう戻れないと知って・・・ほぼ強制的にファミリーに入れられて。初めは何もかもが只管怖くて、慣れなくて。だけど気がつけば一ヶ月たって・・・全部当たり前になってた。
こんな非常識ばっかの世界なんかに、伊織自らが飛び込んでこなくていいのに。
そもそもどうしてマフィアになろうと思ったんだ。
死んでも遂げたい想いって・・・親のことだろう。復讐なんてマフィアじゃ無くても出来るはず。いや、そんなのはして欲しくないけど。
「だぁぁ!!もうわっかんねーよ」
勢いよく仰向けに転がると真っ白い天井が見える。白い天井は開放感があるはずなのに、どうしてか 俺には圧迫感しか感じない。
大きく深呼吸した瞬間、白い扉がノックされた。
「隆哉・・・ちょっといいか」
「どーぞぉ」
返事を返すと“間抜けな声出すなっての・・・”といいながら苦笑する幼馴染、花梨が入ってきた。
花梨は素早い動きで俺に歩み寄ると、ベッドに腰掛けた。そこで漸く俺が上体を起こして見るが、花梨は暗い顔つきで沈黙する。
「どした??」
何が言いたいかなんて分かりきってるけど、あえて聞いてみる。
「・・・わかってんだろ??」
ほら、やっぱそうだ。
「お前は、いいのかよ ・・・伊織がファミリーに入るなんて」
「・・・いいもなにも、俺が決められることじゃないだろ。俺達がどうにかして変わる 弱い意志じゃないだろうしな」
花梨は眉間に深く皺を寄せて苦悶の表情を浮かべる。伊織の辛い過去を知っているからこその顔だ。今の俺もきっと同じ顔をしてるんだろな。
隣に座る幼馴染は白い天井を見上げて、独り言のようにポツリポツリと呟く。
「伊織の御両親・・・マフィアに殺されたんだな。俺は・・・二人が伊織の目の前で、死んだってことしか知らない」
「ッ・・・」
もともと伊織の家族と仲がよかった俺達は、彼らが殺人事件に巻き込まれたと連絡があって、すぐ病院に駆けつけた。そこで俺達が見たのは親戚や俺達の親に囲まれた伊織だった。
いろんな人に声をかけられているのに、彼女は無反応、無表情でただずっと横たわる両親を見詰めていた。
俺達のほかに誰も居なくなった部屋に夕日が差し込むとき、彼女はずっと俺達の隣で佇むばかりで。声をかけようとしたけど、どう言えばいいのか分からなくて。幼い俺達は少しだけ俯いて夕日に佇む伊織を見詰めることしか出来なかった。
『もう・・・二度と唄わない』
一粒だけ零した涙とか細い声で言った言葉が忘れられないままずっと目に焼きついた。
「もうやめよう」
「え??」
思いがけない言葉に間抜けな返事を返す花梨。
「伊織の過去のことを考えるのは。伊織の気持ちは伊織にしかわからないだろうし、無理矢理干渉しても伊織を悲しませるだけだろうしな」
「ッお前!!」
目を見開いて一瞬で目を怒りに染めて、俺の胸倉を捻り上げて顔面同士を近づける。
「伊織を助けたくないのか!?」
「助けたくないわけがないだろうが!!」
俺も負けじと睨み返す。
「・・・助けたいからこそ俺は何も言わない。アイツが今何を考えていて何をしたいかなんて、情報の無い俺達がいくら考えてもわかんねーだろ。だったら俺達は伊織を支えてやるしかできねーじゃんか!!」
「でも・・・そんなことしても、なんの解決にもならねーじゃないか!!」
わかってるよ。そんなこと。
だけど今・・・俺達に出来ることは
「今の俺達には伊織の意思を変えることはできない。今の俺達は伊織が復讐に燃えて・・・人の道を外させないように、アイツのサポートに回るしかない。何時か、アイツが俺達に話したくなったときに、ちゃんと話してくれるように・・・今、俺達がアイツの心を否定しちゃダメだと思う」
そう。アイツを支えるしかできないんだ。
そんな自分が悔しい。俺には力がないんだって改めて思い知らされる。俺だってアイツはこの恐ろしい道に来て欲しくない。だけど、どうしようもないんだ。
アイツを護って上げられる力が欲しい。
花梨は苦虫を噛み潰したような複雑な表情を浮かべた花梨は、俺と目線をそらせた。
「―――ッかんねーよ。おれは・・・アイツを・・・」
「・・・わかってるよ、花梨」
泣きそうな目で俯く幼馴染の肩を一回叩いて、立ち上がった。
「俺達は、強くなんないといけないみたいだ。伊織や俺達自身を護るための力が要る。マフィアでも、業界でも、何があっても動揺しちゃいけない。隙を見せればマフィアでは殺されるし、業界では潰される」
「・・・ああ。そうだな」
花梨はゆっくりと顔を上げて緩く微笑んだ。
もう大丈夫だ。不安で一杯だった、こいつの目には小さいが決意の色が見えている。
座っている花梨に手を差し伸べる。
「・・・一緒に頑張ろう。何があっても、負けるな、殺されるな、潰されるな・・・上に上り詰めるための翼をもがれるな。上に行けば、耐えてきた全てが、俺達の“チカラ”になる」
今決めた。
「俺達のグループ名は【ツバサ】だ。皆で飛べるように。勇気が持てるように」
重圧なんかに負けてたまるか。