9話
別人格の自分から解放されたフェルド。再び彼が気がついた頃には、すでに自分は村長の就任式を受け終わっていた。
「新村長おめでとう!お兄ちゃんっ!!」
彼の口からこぼれ出た最初の言葉は、
「は?」
という、なんともマヌケな声だった。
泣きながらフェルドに抱きついてくる妹のイリル。彼女にどう反応すれば良いのか分からず戸惑いを隠せない。
「だから、お兄ちゃんが村長に決まったんだよ!おめでとう!これからは大変だけど一緒に頑張ろうね!」
「あ、ああ……そうか……ありがとう……?」
(俺が……村長?何かの間違いなんじゃ……?そうだ、ハルツさんはっ?)
「そういえばハルツさんは?いまどうしているんだ?」
彼がハルツの名前を出すと、いつも天真爛漫なイリルは珍しいことに顔をしかめた。
「知らないよあんな裏切り者なんか。牢屋に入れられたって誰か言ってたと思うけど……」
「う、裏切り者っ?ハルツさんが裏切り者だって!?」
「お兄ちゃんなに言ってるの?あの人の裏切り行為をみんなに教えてあげたのはお兄ちゃんでしょ?変なお兄ちゃん」
「え……?あ、ああ……?そ、そうだったかな……」
「そうだよ。ーーて、そんなことよりね今日はお祝いだよっ?皆んな集会場に集まってね、食べ物を出し合ってパーティーをするんだって!なんたってお兄ちゃんは村の英雄だもん!皆んなお兄ちゃんに感謝してるんだよっ?」
「あ……ははっ……それは参ったな……」
フェルドはなんとかイリルの会話に相づちを打つが、頭の中は全く整理がついていなかった。
(俺が意識を失っていた間になにが起きた?なんとなくというか、間違いなくもう一人の俺の仕業だということは分かるが……)
そう思って心の中で何度も彼を呼んでみたが、一向に声は帰ってこなかった。
(くそ!無視しやがって!一体この村も俺の頭もどうなっているんだ!)
叫びたくなるのを堪えて彼は家を飛び出した。
イリルが「パーティーにはちゃんと来てねー!」と叫んでいるのを背中に受けながら村の中を走る。
すると、フェルドの姿を認めた村人達がすぐに彼に集まって来た。
「よおフェルド!ーーじゃなかったな。村長!おれは最初からお前を信じてたぜっ?」
「あ゛あ゛?なに言ってんだラクティ!お前嘘ついてまで村長に媚び売る気かよ!……て、オレは本当にお前を支持してたんだぜ?」
「お前こそ嘘言うな!」
「なにおうっ!?」
そうやってケンカをし始める村人や、
「村長!アンタは英雄だ!帝国なんか俺たちの力でやっちまおぜ!」
「村長!これからどうするんだ!武器は?どうやって戦う!?」
「兵力は帝国の方が圧倒的だぞ!近くの同胞と手を組むのが先だとおれは思うんだがっ!?」
などと、訳のわからないことを尋ねて来たりする村人達。
皆んなが皆んな。フェルドに対して「村長」「村長」と呼びかける。
(もう……本当にどうなってんだよ……)
話の中心に居るべき自分自身が話の流れについていけない。
思わずその場で頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
皆んなが彼の異変に気がついて「大丈夫かっ!?」と声をかける。
(もう……壊れてしまいそうだ……!)
「村長?しっかり!」
「おい、なんか変なモンでも食っちまったんじゃないのかっ!?」
「最近野菜に毒虫がつくようになったからな、もしかしたらそれかもしれん」
「と、とにかく医者に連れて行こう!それがきっと一番だ!」
あまりに長くその姿勢でいるものだから、心配になった村人たちは彼を担ぎ上げて医者の家に連れて行くのだった。
むむむ……っ!癒しよ、早く来いっ!