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2話

 次の日。イリルを家に残して農場へ向かったフェルドは、いつもの場所でレリンが立っているのを見て足を早めた。


 彼女は彼に気が付いて、昨日と変わらぬような笑顔で手を振った。


「もう大丈夫なのか?」


「うん。皆んなには迷惑かけられないからね」


「そっか」


 レリンはよく笑う少女だ。彼女が笑顔を作っているのをフェルドは分かっていた。


 だが、本人が大丈夫と言うのであれば引き止めることもない。ただでさえ人手が足りないのだから。それに、ウルクルフでは皆んなそうやって大人になっていくものだ。


「じゃあ行こうか」


「うん……」


 農場までの山道。どこか上の空なレリンを見たフェルドは頭の後ろを掻いた。


(うーん……やっぱり止めた方が良いのかな……。ーーよし、そうだっ!)


 フェルドは歩くレリンの前に立ち塞がった。ぼうっとしていた彼女が彼の胸元に頭をぶつける。


「ーーいたっ!?ごめんなさいっ!……て、フェルド?」


 黙って見下ろしてくるフェルドに首を傾げると、彼は突然レリンのモチモチの頬を指でつまんだ。そして伸ばしたり捏ねくり回したりする。もちろん優しくだ。


「ふぉふぇ?どうひたのフェルふぉ?」


 意味が分からず戸惑う彼女に向かって、フェルドは「ぷふっ……」と噴き出した。


「スゲエ面白い顔!キミん家に出てくるタヌキにそっくりだ!」


「ひゃによほれ!ひきなりヒドヒじゃなひっ!」


 ちゃんと喋りなよ。そう言いかけて摘んでいた手を離してやった。


「顔が面白いってなによっ!いきなりヒドイじゃないっ!」


「ごめんごめん。でもこうした方が良いかなって思って」


「えーっ?ちゃんと理由言ってよ!そんなに変な顔だったのっ?」


 コロコロといつもの可愛らしい自然な笑顔を浮かべるレリン。フェルドはホッと胸をなでおろした。


「キミはやっぱりその顔の方が一番良いと思うよ」


「え?」


「だから。笑ってる顔の方が良いって言ってんの。作るくらいなら今日は休んだ方が良いよ」


「あ……」


 レリンは気まずそうに頬を掻いた。


「えと……バレちゃってた?」


「そりゃね。最初から分かってたよ」


「そ、そっかぁ……。うん、そうだよね。ずっと一緒にいるんだもんね……」


 彼女は照れ臭そうに「へへっ……」と笑って歩き出した。


「レリン?」


 名前を呼ぶと、彼女は悪戯っぽく笑って言った。


「もう大丈夫!ありがとうフェルドっ!……それと言い忘れてたけど左肩に鳥のフンがついてるよ?帰った方が良いのはそっちの方だと思うなーっ?」


「ええっ!?」


(ウソだろっ!?)


 慌てて左肩を確認してみると……なんてことない。鳥のフンなんてついていなかった。


「なっ!よくも騙したなーーって!逃げんの早っ!?」


 フェルドがレリンを見つけた時には彼女はすでに山道を駆けていた。そして尻尾を振って挑発してきた。


「ほらほら!捕まえてみなさいよーだっ!」


「言ったな?着く前に捕まえてやる!」



 人狼は走るスピードそのものは驚くほど速いというわけではない。だが、長距離を一定の速度で走ることにかけては非常に優れていた。


 レリンを追うフェルドは顔に小枝が当たらないように注意して走る。


「あともう少しなんだけどなぁ……っ!」


 フェルドから逃げるレリンは、我慢強くペースを落とさないように粘る。


「ううっさすがに疲れて来たかも……っ!」


 農場があるのは山の反対側近く。距離は約5㎞。しかも上下急な勾配をいくつか乗り越えなければならない。


 フェルドはレリンの背中をかなり近くで捉えているのだが、彼女は少女にしてはなかなか粘り強かった。神経を小枝を避けることに集中していると引き離され兼ねない。


 同じく負けん気の強いフェルドは怪我を気にすることをやめて腰に力を入れた。レリンとの距離がみるみるとその差を縮める。


 ゴール直前で、フェルドの気配に気づいたレリンは驚いて振り向いた。


 そして、


「わわわっーー!?」


「ちょっ!えええっーー!?」


 レリンが木の根に足をつまずかせて盛大に転んでしまった。彼女の動きなんて予想だにしていなかったフェルドも急には止まれずに、倒れたレリンの足に引っかかってしまい、バランスを失って大木に顔面を激しく打ち付けてしまった。


 幸いにも二人とも大きな怪我はなく、鼻血が出た程度で済んだ。


「……ぷっ!」


「ふふっ!」


 お互い鼻血で血まみれになった顔を見てお腹を抱えて笑い合った。


 しばらくそうして笑い合い、次第に疲れて仰向けに寝転がる。


 木々の間から静かに流れる雲をいくつも数えていると、不意にレリンが「ああっ!?」と声を上げて勢いよく飛び起きた。


「どうしたんだよ?ムカデにケツでもでも刺されちゃった?」


 呑気に首を傾げるフェルドに向けて、レリンは冷や汗を垂らして呟いた。


「農場……行かなきゃ……」


「あ……」


 ………………………………。


 長い沈黙が続いた後、二人は最善の言い訳を議論しながら農場へ急いだのだった。



 ここから農場へはほんの1キロもない。考えがまとまらず、二人して頭を抱えていると、フェルドの耳に、農場の方から微かな怒声がしたような気がした。


 フェルドは隣で「あ〜!う〜っ!」などと項垂れているレリンの口を抑えて、しっ!とよく聴く様に手でジェスチャーした。


 いきなり口を塞がれて一瞬驚いたレリンだったが、彼女もなにか察したらしく静かに耳を傾けた。


「この……じん……がっ!ゆる……ぞ!」


 しかし、ところどころしか聞き取ることができず、会話の全貌が聞き取れない。だが口調的に男が怒っているということはなんとなくつかめた。


「この距離じゃ上手く聞き取れないな……もう少し近づこう」


「もしかして村長かな……。私たちが来るの遅いから怒鳴ってるんじゃ……?」


「確かに……仁王立ちしてるところなんか目に浮かんで見えるよ」


「食事抜きなんてなったらどうしよう……」


「それはマジ勘弁」


 苦笑いを浮かべてフェルドたちは声の聞こえる所までなるべく音を立てずに忍び寄った。


 やがて会話がハッキリと聞こえる農場と草むらの境界線にやって来てあちらの様子を伺った。


 そして息を呑んだ。


「一体これはどういう事だ!貴様らいつからこんな農場を隠し持っていたっ!」


 がっしりとした銀色の甲冑を身にまとい、腰には長大な剣をぶら下げた数十名の兵士たち。兵士が持っている帝国の旗が風でなびき、その存在感をありありと誇示していた。


 ーー人間だっ!


 恐怖と絶望で二人の足が小鹿のように震えだす。


 兵士のうち一人だけ馬に跨った隊長らしき男が再び村長に詰め寄る。


「貴様らいつからだ……。いつから隠し農場なんてやっていたんだ……?」


「こ、これは来年の種となるもので決して食べるものでは……」


「ええい黙れ!よくも俺様を出し抜きやがって!どうせ租税を免れようと企んでいたんだろうが!」


「た、頼む、後生だ!これがないとワシら皆んな飢え死んでしまう!今回だけは見逃してくれ!」


「黙らんかっ!貴様らはそこの土でも喰っていろっ!」


 周りの大人達と同じ様に必死に土下座をする村長の頭を兵士達に踏ませる隊長。


「あ……あ……っ」


(ーー村長っ!)


 思わず叫びそうになったフェルドは必死にその場で堪える。


 今までも人間達に頭を下げてきた村長は幾度となく見て来た。だが、彼がこれほど酷い仕打ちを受けているのは見た事がなかった。


(む、村に……村に知らせなくちゃ!)


 レリンにそう言おうとした時、彼女が突然叫び声を上げて草むらから飛び出して行った。


(え……?)


「ーーうわぁああああっ!!」


「レリンーーっ!!」


「なんだ?ーーっ!?」


 村長の声に反応して後ろを振り返った隊長はレリンのスピードに乗ったタックルをまともに受けて馬から転げ落ちた。


「ーーあがっっっっ!」


 腰を強く地面に打ち付けた隊長はその痛みで呻いた。部下の兵士達が慌てて彼を抱き起こして武器を抜き放つ。


 隊長に突っ込んだレリンはすぐさま一人の兵士に髪の毛を掴まれて引っ立てられた。


 あまりの痛みにレリンが悲鳴を上げる。


 一連の動きが終わるまで身動き一つ出来なかったフェルドがようやく息を吹き返したかのように息を吐き出し、ストンと腰を抜かした。


(レリンが……レリンが捕まった……?)


 状況が飲み込めずフェルドは頭を抱える。


(そ、そうだ……!逃げなくちゃ……殺される!)


 抜けた腰で地面をバタバタと手足をばたつかせてもがく。


(逃げなくちゃ!逃げなくちゃっ!!)


 真っ白になった頭で必死に前に進もうとしていると、彼の耳に微かな声が聞こえて来た。


「フェルド……助けて……フェルド……!」


「れ、レリン……?レリン!」


 フッと思考が蘇り、腰の力が戻って来た。


 そして額で強く地面に殴りつける。


(俺はなんて情けないヤツなんだ……!彼女に会わせる顔がないっ!)


 額から血が流れ、その血が地面に染み込んでいく。


(レリン、村長、皆んな……。今……助けに行くからな……っ!!)

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