1話
123件の殺人歴。計1025名の殺人容疑によって16歳で逮捕された少年は、死刑判決から2年後に刑が執行され、僅か18歳という若さでこの世を去った。
死後、神に問われた。
神はまさしく女神と呼ぶにふさわしく美しい容姿の女だった。
「貴方は愚かなことを致しました。理解していますね?」
「社会の掟において罪を犯したことは認めるさ。けどさ、愚かなこととは思わねぇなぁ。ま、人は人を傷つける生き物だからな」
「それを貴方の世界では屁理屈と言うのです」
「はっ、そりゃ他人が決めたルールだろ。俺には俺の倫理ってもんがあんのさ」
神は少年の言葉にヤレヤレと首を横に振ってみせた。
(神ってヤツも案外お堅い頭をしていやがる)
「にしても暇だなーここ。なんかオモロイもんでもねぇのかよ。なぁ神様ー」
「……それならば、貴方にぴったりのものがありますよ?」
「えっ?マジで?なにそれ!?」
「ええ、私と一つゲームを致しましょうーー」
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「ーーあぁイタタタ……。朝くらい気持ち良く起きたいもんだなぁ……」
「お兄ちゃん、大丈夫……?」
横で寝ていた妹が心配そうな面持ちでフェルドを見上げていた。
彼は安心させてやろうと頭を撫でて笑って応える。
「あー……ごめんイリル。大丈夫、なんでもないから。……それよりほら、早く着替えてご飯食べなくっちゃ。また村長にどやされる」
「うん、そうだねっ。今日も一杯頑張ろうねっ!」
「ああ」
着替えと食事を済ませて小屋を出る。向かう先はいつも決まっていて近くにある畑だ。ジャガイモなんかが植えられている。
……彼はこの頃、13歳になった去年頃から変な夢を見るようになった。内容はほとんど覚えていないが、その夢を見たときだけ頭が痛くなるのだ。それに身体が怠くて疲れが全く取れない。
村の医師の人に聞いてみたが原因は分からず、痛みがひどくなったらまた来るように言われただけだった。
(悪い病気の前兆でなければ良いんだけれど……)
と、畑へ向かう途中で広場を通るのだが、中央に建てられた村旗の支柱にもたれかかっていた少女がこちらに気が付いてピョンピョン飛び跳ねて手を振っているのを確認した。
「フェルドくーん!イリルちゃーん!おっはよーっ!」
「おはようレリン。キミは相変わらず元気だね」
「レリン姉おはよう!」
イリルはレリンに会うなり彼女に抱きついた。
嬉しそうに灰色の尻尾と耳を動かしている。
ーーそう、彼らは人間ではなくオオカミ、人狼族だ。
人狼は人間よりも優れた聴覚と嗅覚。そして持久力も兼ね備えている。
だがその数は著しく少なく、中央大陸に約2万人いるとされ、この村ウルクルフではわずか300人しかいない。故に数で勝る人間には頭を下げて従っている。
「今日は早いじゃない。どうしちゃったの?」
珍しいものを見たかのように感心するレリン。
「いやぁ。今日はなんだか早く起きちゃってね」
「でもお兄ちゃんね。なんかしんどそうだったの……」
フェルドやレリンのこととなるとすぐ敏感に反応するイリルは心配そうに見上げてくる。
それにつられてレリンもフェルドの顔を覗き込んだ。
「眠れなかったの?熱でも出た?」
「いや、だから大丈夫だって……てか顔が近いよ」
「あ、ごめんごめん……。まぁ顔色は良さそうだから大丈夫そうだね」
「だから行っただろ?そんなことより、せっかく早く来れたんだからチャチャッと仕事終わらせようよ」
「そうね。じゃあ行きましょうかっ!」
畑へ向かうと、村長が仁王立ちしてフェルドたちが来るのを待ち構えていた。
人狼族の様な獣人は、顔の見た目だけでは判断しづらい事もある。そんな時は耳と尻尾の色が鮮やかであるか、それともくすんでいるかで判断することができる。因みに男女の性別の区別もこれで分かる。
村長は確か今年で103歳になるらしいが、見た目は本当に強面のおっさんだ。
「げ、いつもと同じ格好なんだけど、俺達ちゃんと間に合ってるよな?」
「う、うん。そのはずなんだけど……」
「今日もお尻叩かれちゃうの……?」
3人揃ってビクビクと肩を震わせながら村長のもとへ集合する。
村長はクワっと目を見開いて一同を凝視した。
「「「ヒイッ!?」」」
雷が落ちた。
そう思って耳を塞いで縮こまった。だが、恐れていた怒声はいつまでたっても降ってこない。
「なぁにやっとるでオメェら。ほれ、さっさと手伝えっとー」
「いっーーて!って……あれ?」
代わりにどデカイ手のひらで背中をバシッと叩かれて畑に送り出された。
フェルドの後をイリルとレリンが付いて来る。
「村長って案外優しいのかも……」
「俺は叩かれたんだけどな」
「お兄ちゃんあれは喝を入れられたんだよきっと!」
各々が村長について話しながら大人たちの手伝いへ向かった。
「ほれお前たちは雑草抜きだ」
よしっ!一番簡単な雑草抜きだ!
3人で小さくガッツポーズしていると、隣の家の青年ーーハルツが「あーそうだ」と振り返った。
「地面にケツつけた分だけ可愛がってやるからな?言っとくけどちゃんと見てるから志願者はいつでもどうぞ」
「「「はーい……」」」
物事はそう簡単に上手くいかない。
しぶしぶながら真面目に草むしりを開始。しっかりと草の根を持って引っこ抜く。抜いた雑草は背中に背負った籠の中に放り込んだ。
この雑草は当然捨てる物かと思いきや実は食べるのだ。昨日や今日のフェルドたちの朝食は雑草汁だった。
ウルクルフではこのように年中食料を倹約しなければならない。そうしなければ、冬山に位置するこの村は冬を越す前に村人が全滅してしまうからだ。
フェルドが草むしりをしている所から遠くの山道を五人ほどの男たちがおぼつかない足取りで村に降りてきた。
彼らは木の棒に一頭の鹿をぶら下げて担いでいた。男たちの表情はどこか疲れ切ったように曇って見える。
「おい!狩りに行ってたヤツらが戻って来たぞ!」
「本当だ!やっと帰ってきやがったな」
「お、おいっ!人数少なくねえか?」
「様子が変だ!行くぞ皆んなっ!」
ハルツを始め、皆んなが男たちに向かって駆けて行った。フェルド、イリル、レリンたちもそれに続く。
息を切らして追いつくと、ハルツが「そんな!」と声を上げて頭を抱えているのが目に入った。
フェルドにはまだ状況が飲み込めていなかったが、良くないことが起きたんだなと瞬時に悟った。
後から村長も走ってやって来る。
「一体なにがあったんじゃっ!?」
村長に両肩を掴まれた一人の男が、うつむいたまま消え入るような声でポツリと口を開いた。
「ライックとサロンが魔獣に襲われて……」
「俺たち、逃げるので精一杯で……!」
それ以上言えなかった男たちを村長は優しく肩を抱いた。
「よう帰った。よう帰ったなお前たち……」
「そん……ちょ……!」
この場にいる者たちも揃って涙を流した。レリンは顔を覆い、イリルはフェルドの腰に顔をうずめる。
泣いていなかったのはフェルドただ一人だけだった。ただ泣いている大人たちをぼうっと眺める。
仲間が死んだ。それは彼にとっても、とても悲しいことだった。
それなのになぜか泣けないのだ。
フェルドは物心がついてから泣いた記憶がなかった。まるで泣き方を知らない鬼のように……。
やがて何事もなかったかのように、泣いているイリルとレリンの背中を押して農場へ戻り、草むしりを再開する。その姿を見たレリンが必死に涙をこらえながら笑ってみせた。
「フェルドは本当に強いんだね……私もがんばるよ……っ!」
「無理はしない方が良い……泣きたい時に泣いておくものだよ。こっちは俺一人でもやれるからさ。落ち着いてからよろしく、ね?」
「うんっ……うん……っ!」
レリンはそう頷いてまた泣き出した。
無理もない。ライックという人はレリンの叔父さんなのだから。
(俺やイリルも、ライックさんにはよく遊んでもらったなぁ……)
彼との思い出を思い出しながら、フェルドは淡々と仕事をこなすのだった。
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