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調律師  作者:
2/2

〈下〉

「おーう、ミツノ」

「…」

肩に衝撃が走り、体勢を整えようとした瞬間に背中を押される。バランスを崩した僕は、グレーの固い廊下に倒れこむ。途端に、背後から弾かれたように笑い声が飛び交った。

「だっせぇ恰好してんな、お前」


僕は、所謂いじめられっ子だった。

僕の陰気な性格が災いしてか、始めは単なるいやがらせだったのが、今や集団での完全なるいじめだ。見下される視線、憐れまれる視線、笑われる視線、全てが僕に突き刺さる。


しかし、僕は幾分かまともだった。

皮肉にも、調律師を任されてから、精神は大木のように安定していたのだ。歳も今いるどの人間よりも年上であり、"これら"も子供たちの戯れだと思えば大して辛くもなかった。辛くはなかったが、そう言った僕の余裕の態度は、火に油を注ぐようなものだったらしい。


"すかした"態度は、お気に召さないようだ。


「てめぇ、その目はなんだ!!」

高校生にもなって、こんな子供じみたことをされるとは思っていなかった僕は、不意に笑ってしまったのだ。馬鹿にされたと思ったのか、いじめの主犯格である梶谷(かじや)は僕を睨みつける。

「悔しかったら、言い返してみろよ」

「別に、悔しくないよ」

僕はすぐさま返す。


「てっめ…」

梶谷は、僕の態度が気に入らなかったのか、足で僕の顔を蹴る。

視界がぶれ、がつんと音がした。顔面が熱く、倒れた後に蹴られたことに気付いた。

「ッ…つ」

口の中が、鉄の味。鼻はほぼ感覚がなく、ただただ熱い。

ぐらぐらした頭で、どうやって仕返してやろうか考えた瞬間、足音とともに先生の叫び声が聞こえた。どうやら誰かが先生を呼んできたらしい、状況的には助かった。


「大丈夫か?」

仰向けになって倒れていた僕へ、声が落ちる。

「え、あー…はい、まあ」

この状況が大丈夫に見えるのか、なんてそんなことは言わない。すると、声の主は楽しそうに笑った。

「大丈夫なわけないね、立てる?保健室行こう」

僕の心の中をを読んだのかと思った。それくらい、考えていたことをそのまま言われた。

うっすら目を開けると、金髪碧眼の男子が僕の顔を覗いていた。

耳にはシルバーピアスがいくつもついていて、ワイシャツの首元から覗く白い肌には入れ墨が彫られている。見るからに、普通ではない。が、手を貸してくれると言っている手前、嫌がるにもいかず。僕は力強く引っ張られ、担がれ、保健室まで連れていかれた。


「何してんの…」

保健室につき、ベッドに放られた僕。金髪碧眼のそいつは、投げた僕は気にも留めず、ワイシャツを脱いだ。この状況、まずくないか。と、一瞬感じたが、どうやらそいつは"ソッチ系"ではない。

そいつはワイシャツを水道まで持っていって、洗い出した。

「お前、鼻血垂れ流したろ。俵担ぎしたら、俺の背中に鼻血垂れたわボケ」

「あーまあ、不可抗力だけどとりあえずごめん」

上半身裸のそいつは、水道でせっせとワイシャツを擦る。

流暢な日本語。こいつは風貌から根っからの日本人ではないだろうが、根っからの外国人でもなさそうだ。

そいつの背中を眺め、僕はぼんやりと問う。

「そのさ、いかした入れ墨どうしたの」

「ん?ああ、これ?いかす?」

「いかす」

「これね、ちょっといろいろあって。ていうか、お前俺が怖くないわけ?」

「は?」

「は?って、俺のこと、知らないわけでもないだろ」


そう言われても、と言いながら僕はそいつを眺める。

金髪碧眼、ピアスに入れ墨、確かに噂の種としては十分な外見である。けれど生憎、僕は他人には興味がなかった。噂を聞き入れる(たち)ではなく、そもそも噂を流す相手もいない。

「本当に知らないのか…」

「自分が有名だと思ってるの、痛々しいね」

「確かにな」

そいつは、けらけらっと笑った。

「俺は玄太(げんた)

「玄太って顔かよ、お前」

不意打ちを食らい、僕は噴き出す。玄太は一瞬眉を顰めたが、耐えられなくなったのか、すぐに笑った。

「そうなんだよな。俺、この名前大嫌い」

「いや、いいんじゃないの。インパクトあって、覚えやすい」

「お前の名前は?」

「遊星」


不思議なくらいに、僕たち二人は馴染んだ。


後々わかったことだが、玄太はここら一帯の有名な不良らしい。近づいただけで殴り掛かる、という凶暴な人物。誰も玄太に近づかない。玄太は一匹狼であり、誰も玄太に近付かない。


けれど、つるんでみるとわかる。

玄太は人懐っこく、更には話が通じる奴だ。

殴り掛かる、というのは噂。玄太自体は、僕から見ればとても"できた"人間である。

ただ、噂の根源はやはり外見にあるらしい。隠そうともしない入れ墨や、ごついピアス。更に金髪碧眼のその風貌は、明らかに異質だった。

髪の毛や目はしょうがないとしても、入れ墨やピアスに関しては、生徒指導の先生は放ってはおけない。

先生の呼び出しは、しょっちゅうだった。そして、そのたびに玄太は、決まってワイシャツで見えない腹の部分に、大きな痣を作ってくる。


「朝飯がそっくりそのまま出るところだった」

「てかさ、その怪我、先生に殴られたの?明らかにすれば問題になるんじゃない?」

「蹴られたんだよ。周囲にばらしたとこで、俺の言うことなんて信じないっしょ。俺の、こんな姿じゃあな。しっかし、あのクソ教師、俺が反撃しないのをいいことに…」


玄太は、自分の姿のせいで周りから忌み嫌われていることに、完全に気付いていた。

しかし、腐るでもなく、学校に来なくなるでもなく、入れ墨を隠すでもない。目立った姿は、標的になることを知っているはずなのに、玄太は周囲に溶け込もうとしなかった。


でも、それならば尚更。

「なんで僕?」

「ああん?」

「玄太って一匹狼だったって聞いたよ。まあ、玄太が僕といてくれると、梶谷たちも僕にちょっかい出さないし、都合はいいけど」

「色男捕まえて、虫よけにするなんて。遊星、お前いじめられっ子のくせにやるじゃないの」

「それほどでも…ある」

「あるのかよ」


尚更、僕とつるむ理由がわからない。僕と一緒にいても、楽しくないだろう。

その理由を聞くと、決まって玄太は言う。

"わからない"


いつもなら素通りするところ、何故か僕に手を貸した。

関係ないはずの僕を、まるで長年の友人のように駆け寄り、助けた。

本人ですら、理解ができないのだと言う。



「玄太」

「なんじゃい」

「あのさ」


僕は、未だに"仕事"をしていない。そして、今後もしようとは思わない。

けれど、長く生きていれば、もしかしたら、"そんなとき"が訪れるのではないか。途方もない時間の先、僕が僕であり続ける確証はどこにもない。そのことに、微かに恐怖を覚える。


「玄太はさ、人を殺したいって思ったことある?」

「あるよ」

「あんのかよ」

「俺の父親…だった、人間のクズ」

「は」

「この入れ墨、お前も気になったろ。あのクソ野郎、結構やばいところの組織に身を置いててな、暫く音信不通だったのにいきなり家まで押しかけて、無理矢理俺の体に入れ墨いれたんだよ。縛りつけてるつもりかね、"お前は一生俺の下僕だ"って言われたよ。結局母親と一緒に逃げてきたから、今はもう関係ないがな」


あっけらかんと言った玄太は、大して気にも留めていないようだった。ぐいっとワイシャツの襟を広げ、胸元から首にかけて伸びる刻印を、あっさりと他人の僕に見せる。


「でもな、実際実行に移すことはなかったなー」

玄太は続ける。

「俺、昔のクソ親父が頭から離れないんだよね。腐っても親って言うの?あんな人間のクズでも、優しかった頃もあったしな。もし今会ったらどうなるのか、自分でもわからないけど」

「自分に、"そうするだけの力"があったとしても?」

「…」

「罪に問われない、自分に実害はない。自然に、円滑に殺せるような力があったとして、それでも玄太は、その"クソ親父"とやらを殺そうとは思わない?」


不審に思われても仕方がない、そんな具体的で気味の悪い質問をした。

玄太は不可解そうな表情を浮かべていたが、やがて笑った。


「さあ、どうだろうね。その状況に立ってみないと、見当もつかない」

人懐っこい笑顔、目元の皺が見える。

懐かしい気分になる。

「そりゃそうか」

「でも、」

玄太は、僕に手を伸ばした。

そして、僕の頭に手を乗せ、ぐりぐりと強引に撫でた。


「もしもお前が、"その力"を行使したとしても、俺はお前を見損なわないよ」


息が、一瞬詰まった。

まるで、僕が"調律師"であることに気付いているかのような、その口ぶり。焦って玄太を見るが、玄太は既にそっぽを向いて他の話題を切り出していた。気にしすぎだったかもしれない、僕もその話題に乗った。


気付いてしまった―――僕は、逃げ道を作ったのだと。

"何も知らない"玄太に許されることで、今後変わりうる僕の心に保険をかけた。僕がこの先変わってしまったとしても、僕が罪悪感にまみれて壊れてしまわないように。僕は、果てしない時間の先での僕に、既に自信を失くし始めていたのだ。


ざまぁないね。

神様に啖呵切ったばかりなのに。



玄太とつるむようになってから、いじめられっ子というレッテルは解消されつつあった。むしろ、狂犬とも表せる玄太を抑える人間として、陰ながら恐れられているらしい。あれ以来、梶谷たちは僕に構うことはなくなった。好都合である。


「やあ、高校生ライフ楽しんでいるかい?」

「不審者だ、通報しなきゃ」

「こらこらやめてお願いします」


校門で玄太を待っていると、幸成さんが声をかけてきた。

相変わらずの着物。しかし線の細い幸成さんは、着物がよく似合う。


「相変わらずの反応じゃないか」

「ええ、おかげさまで」

「連絡が来ないから、様子見に来ちゃった」

「すみません、生憎悩みなどはないもので」

「寂しいこと言わないでおくれよ」


幸成さんは、困ったように笑った。


「あれ以来、"彼"にも会いに行ってないらしいじゃないか。"彼"も寂しがっていたよ」

「ああ、神様ですか。神ならば会いに行かなくたって、こちらの状況を把握できるでしょう。会いに行く理由がないんですよ」

「そりゃそうか…あ、ところでさ、友達ができたようだね。よかったじゃあないか」

「それも神様からですか?」

「まあそんなとこ」


「よう、お待たせ」

「玄太」

小走りで駆け寄る玄太は、幸成さんをちらっと見てから僕に近寄る。

「…どちらさん」

「半分不審者で、半分知り合い」

「ちょっとちょっと。聞こえてるよ、遊星くん。ま、元気そうだしよかった。それじゃ、私は行くね」


幸成さんは、不審そうに見つめる玄太に会釈をして、立ち去った。

幸成さんの姿が見えなくなると、玄太は僕に詰め寄った。

「何あいつ、なんか、なんだろ、うーん、よくわかんないけど、ちょっと気味悪い。お前、気をつけろよ」

気味が悪い、と言うあたり、本当に玄太は勘が鋭い。

大方当たっている。だが、惜しいな。

その勘の鋭さは、僕に対しては向かなかったんだね。


「遊星、今日どこか遊びに行こう」

「どこに」

「そうだなあ、河原で水遊び」

「この冬に入りかけた時期にそんな発想が出る玄太は嫌いじゃないけど、僕は御免だ」

「ええ、じゃあ―――」


言いかけた玄太の口が、止まった。足も、止まった。

肩を並べて歩いていた玄太が、突然足を止めたので不審に思った僕は、振り返って玄太の名前を呼ぶ。けれど玄太は視線を一点に集中させていて、僕の顔を見ない。

玄太の視線は、玄太の前にいる僕のもっと先にあった。呆けたような顔で"そっち"を見ていた玄太は、やがて生気を取り戻したように険しい顔になり―――やがて、憎しみの顔へと変わった。

激しい憎悪、人の良い玄太の初めて見る顔。

何が、こいつにこんな顔をさせているのだろう。

気になって、玄太の視線を辿った。


そこには、一人の男が立っていた。

大きな図体、だが服装は汚らしい。まるで、何かから逃げ(おお)せてきたかのように、汚らしくみすぼらしい。年齢は、四十代程だろう。ボサボサに伸びた白髪の混じった髪が、目元を隠している。だが、口元は笑っていた。欠けた歯が、不気味さを一層際立たせていた。

「見ぃつけた」

下品に笑ったその男もまた、僕の向こう側―――玄太を見ていた。

「俺が入れてやった入れ墨、似合ってるじゃあねぇか」


その言葉で、全てを悟った。


僕は反射的に、玄太の腕を引いて駈け出した。

あの男は、玄太の―――そうであるならば、あの男に玄太を近づけてはいけない。そう、咄嗟に判断した。僕に腕を引かれた玄太は、素直に僕についてきていた。玄太の顔を見てみるが、玄太は俯いている。


憎いだろうか。

殺したいほど、憎んでいるのだろうか。

玄太は、"わからない"と言っていた。今会ったら、殺したいと思うのかどうか、わからないと。

どうなんだろう。


ふっと、玄太が足を止める。引いていた腕が急に引けなくなり、僕はバランスを崩した。

「あんの、クソ親父…」

僕は、玄太を改めて見て、驚いた。

泣いている。

玄太は、泣いていた。

震えた声は、涙をこらえようとしているためのものだった。


「殺してやりてぇ…やっぱ、殺してぇよ…憎い、俺たちを苦しめたあいつを…」

「…僕が、」

絞り出た声に、僕は言いかけた言葉を喉に詰まらせた。


おい、今、なんて…

なんて言おうとした、僕。


"僕が殺してやろうか"


見損なわない、と言った玄太だからこそ、気が緩んでしまったのかもしれない。

僕は口を押さえ、息を吐いた。


「でも、」

玄太は続けた。

「やっと、会えたって、思っちまった…憎いはずなのに、やっと…会えたって。父親らしいことなんて、指で数えるほどしかしてもらってねぇくせによ」


玄太は、父が好きだったのだろう。

もう思い出せないくらい薄れた記憶の中で、優しかった父の像を捨てきれずにいる。腐っても、親子。憎み切れていない、だから尚更苦しいのかもしれない。


「俺、やっぱ」

こういう親子の絆すら、僕はやがて大切に思えなくなっていくのだろうか。


「あんなッ…」

これから続くであろう長い年月は、僕から"人間の僕"を奪っていくのだろう。


「あんなクソ野郎でも…」

そうして僕は、


「尊敬し―――」


人間で無くなっていくのだ。



ドスッと、嫌なくらい耳に残る音がした。

涙を流す玄太の口の端から、赤が流れた。途端に、顔を歪める玄太。

僕は、玄太を見てから、玄太の背後に視線を動かした。汚らしく、下品に笑う顔。

「逃げるなんてぇ、ひでぇなぁ」


玄太の父の顔。


「なあ、おい、玄太ぁ」

力なく僕の方に倒れてきた玄太を、必死に受け止める。背中には包丁が刺さり、ワイシャツは赤い染みが大きく広がっていた。手には、濡れた感触。水とはまた別の、感触。


「父さんを置いて、よくも今まで逃げてくれたなぁ」

僕は玄太をうつ伏せに地面に寝かせるけれど、他には何もできなかった。ただ頭の中が真っ白になり、目からは涙が滲んだ。


「親不孝者には、それなりの罰が下るんだ」


玄太の顔が、頭を過った。

あいつは、こんなクソ野郎でも、父だと思っていた。尊敬していた。

その思いを受けてなお、こいつはクソ野郎なんだ。


そんな奴なら。


脳裏で、シノの顔をした神様が笑った気がした。

お前も、やはり思い通りに動くんだな。そう言って、笑った気がした。

もしかしたら、"このこと"すら、神様が仕組んだことなのかもしれない。


ああ、やはり僕は。

変わってしまうんだ。

僕の仕事で他人が死んでもいいと思える人間に、僕はなってしまった。


―――俺はお前を見損なわないよ。

いいや、見損なっていい。

僕は玄太を理由に、心の逃げ道を作った。そのくせ、未だに踏み切れていなかった。


ごめん。



「なんだぁ?お前、玄太のトモダチか?」

「ええ、まあ」

「ははッ…こんな奴に、トモダチなんて出来たんだな」


そう言って笑う男に、僕は近づいた。


冷たくなっていく、玄太の体。

玄太は父を、少なからず大事に思っていた。僕がその父を殺したら、きっと玄太は悲しむ。


けれど、

「玄太とどっちを取るかって訊かれたら、さすがに迷わないよ」


そして、怪訝そうな顔をした男に向かって一言、吐き捨てた。



「―――死ねよ」



「―――そうして、玄太に、玄太の父親の生気を渡して、玄太は致命傷から奇跡的に回復。お前もハッピー、玄太もハッピーってわけだ。"調律師"の、初の仕事はどうだった?」


"今際の地"では、相変わらずシノの姿をした神様が、僕の周囲をぐるっと回る。

僕はその質問には、答えなかった。代わりに、他の質問をぶつけた。


「僕が自殺をしたら、また新しい"他人"として生まれ変わるのか?」

「ん?まあ、そうなるな。なんだ、死ぬのか?」

「僕はもう、玄太には会えない」

「ほう、そういうことか。しかし、玄太はお前が父を殺したなんて思っていない。なんせ、"心臓麻痺"という不慮の事故だったのだから。それでもお前は、会えないと?」

「会えない」


シノの顔をした神様が、ふうむ、と顎に手を当てる。この人間臭さが、気に食わない。


「しかし、それは残念だ」

「なにがだ?」

「お前の親友が懇願したから、"特例"でもう一度生を与えてやったというのに」

「親友?どういうことだ?」

「この姿の、ええと、シノって言ったか?こいつは、お前の先代"調律師"だった。無事仕事を終え、長い生を終えるはずだった。だが、お前が気がかりだったのだな。やはり、取り消せと言ってきた」


こいつは、何を言っている?


「しかし、俺も一人の人間の優柔不断な選択に付き合っている暇はない。お前に与えた"調律師"の資格を、引きはがして再びそいつに渡すなど…お前も、なかなか面白そうだったしな。

そこで、考えたのだ。それならば、新たに生を与えよう、と。

シノの魂を、再びこの世に落としてやった。お前ら人間で言う、生まれ変わりってやつだ」


おい、待て。


「シノはシノの記憶を持っていない、新しい人間になった。けれど、魂はそのままにしてある。もしかしたら、面影があったりするのかもしれないな。懐かしくは、なかったか?」


こいつは、一体何を―――


「しかし、お前らは妙な力を持っている。別に俺が細工をしたわけでもなく、お前らは見事互いに引き寄せあった。お前らの出会いは、俺ですら想定外だったんだよ。まったく、初めてだよ、こんなことは」


「待てよ、お前、誰のことを言って…」

「うん?気付いていなかったのか?玄太は、シノの生まれ変わりだよ」


思えば、玄太の笑い方は懐かしく感じた。

目元の皺に、よく視線が向いた。

なんとなく、馴染みがあった気がした。


気のせいだと、思っていたけれど。


「馬鹿、やろ…」

涙が、溢れた。


「お前は、もう」

溢れる涙が、止まらなかった。


「こんなクソみたいな世の中から、解放されてよかったんだよ…!!」



「―――…」


目が覚めると、病院で寝ていた。

ずっと母親が看ていてくれたらしい、母はベッドの脇で眠っていた。

やつれた様子の母に、胸が痛んだ。


のちのち話を聞いたことだが、相当深手を負った俺は、助からないくらいの致命傷だったらしい。であるにもかかわらず、助かった。医者からは"奇跡だ"と熱弁された。全然、実感は沸かなかったけれど。


父は、俺を刺した後に急死した。心臓麻痺だった、とか。

人が駆けつけた時には、もう死んでいたらしい。


「遊星…」

遊星は、病室に来なかった。

一回は見舞いに来てくれる、と思っていた分、少しだけ落ち込んだ。結局退院しても、遊星に会うことができなかった。学校にも、来ない。俺は、不安が過った。


急死した父のように、遊星に何かあったのではないか。


「そんなの…」

そんなの嫌だ、俺は意を決して、事情を知っている可能性のある先生に訊きに行こうとした。


「遊星のくそったれ…!!」

「誰がくそったれだ、誰が」

「!?」


俺の背後で、妙に懐かしい声が聞こえた。

「ゆ、遊星ッ」

「退院オメデトウ」

「おまッ…見舞いくらい来いよ!!」

「悪いね、ちょっと立て込んでた。いろいろあったんだよ」


俺は、安堵の息を漏らした。

父に連れていかれるように、遊星が死んでいたら、と思うと、怖かった。

「死んだと思った?」

「…知るか」

楽しそうに笑う遊星に、俺は苛立ちを感じた。


「シノがそこまで僕を思ってこっちに戻ってきたのなら、僕も無責任に命を捨てるのはよくないよね」

「ん?」

「こっちの話」


遊星は訳のわからないことを言うと、一瞬困ったように眉を下げ、すぐさま笑った。



「ま、いいさ。先のことは、先になって考えよう。"今の僕"の命は、今のところは玄太のために使うよ」

そしてまた、相変わらず、遊星は変なことを口走ったのだった。

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